「……服、お借りしていきます。じゃあ、お邪魔しました…。」
何か言いかけていたはずなのに、彼は止めてしまった。上っ面だけ普通を装った含みのある言葉でぴしゃりと俺の言葉を撥ね付けて。目にはいつもと同じ笑ったような表情を作って。
かちゃりとドアが閉じられる。
拒絶されたんだ。
そう分かった。
きちんと、はっきりと言うべきだったんだ。ざあっと身体のそこかしこから血の引くような、嫌な感覚がした。酔った勢いからとはいってもやることはやったんだから何か言わなくちゃいけなかったはずなんだ。
でも
でも。なんて切り出したらよかっただろう。
ドアは閉じたばかりで今飛び出せばすぐに追いつける筈だ。
しかし気力が無い。何て言う。謝るのか?正直細かいいきさつは憶えていない。例え憶えていなくたって起きてあの状態で何も無かった筈は無い。いや、あってもなくても。何か言うのがフツウだった。
俺はアナタと、……セックスをしました。 恋人というワケでもありません。 嫌じゃあ、ありませんでした。 アナタがちょっと、好きに、なったかもしれません。
思ったことを羅列してみても、そのどれひとつとして口にすることは無理だ、と思う。
追いかけて、話し掛ける。ただそれだけのことに足がすくむ。 俺も、彼も、男だ。恋人同士にはなり得ない。 少なくとも俺は、そう思う。 たとえ俺が望んだところで彼がどう思っているのか……
ただ一度、身体を合わせただけだろう。 追いかけていって、わざわざいったい何をどうしようと言うんだ。 最初に。最初に冗談交じりにでも何か言えば…
ぽーん、ぽーん、ぽーん、ぽーん、ぽーん…………
ぐるぐると思考が渦を巻く。 鐘が鳴っていた。
ああ、もう追いつけない。
そうホッとする自分が惨めだった。
何か一言あのことについて彼に言えたら良かったのにと思ったがどういうふうに言うか、見当も付かない。
のろのろと振り向いて風呂場に向かう。じわじわと二日酔いの症状が襲ってきた。気分が悪い。 脱衣所の洗濯機には自分がついさっき、突っ込んだ彼の服が裾をはみ出していた。酒と、汗の匂いがして、ますます気分が悪くなった。
(こんなとき俺が女ならこんな匂いにもうんざりしないんだろうか)
ただただ、気恥ずかしいだけだった。 起き出した時は、平静なつもりでいて、動揺していたんだろうか。 大の男が、気恥ずかしいからといって、言うべきこともいわず、ぐずぐずとして機を逃してしまった。 だらだらと引き延ばすような会話をして。
自分の馬鹿さ加減に今更、顔が赤くなってくる。
最低だ。
(イルカ、後悔って言う字を見てごらん。)
昔、こう諭されたことを思い出した。
まったくそうだ。 そのときは分かってない。
後で悔いるんだ。
[一応続いてるということです。]
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