書き散らし

2001年06月30日(土) 嘘は吐いてない

【嘘は吐いてない】


どうしようかな、というのが最初に思ったことだった。


昨日はしたたかに酔っていたし、売り言葉に買い言葉ということもあったけれども、だからといってやってしまったことに変わりは無い。激しく口論したことは覚えていたが、何が原因だったかとかそれからどんな流れでこんなコトになってしまったのか。全く、まるきり覚えが無い。まだ酔いの抜けきっていない頭で思い出そうとしてみるが、…駄目だ。ただひたすらに疲れを覚えるだけで何も思い出すことができない。ただ言えるのが、あの人が、目を覚まして最初になんと言うか。今はそれが一番の気がかりだ。
 窓の外の風に揺れる木をぼうっと眺めていると視線を感じた。

「……」

「………」

振り返り見下ろすと毛布から顔を半分だけ出し、さらにその半分が髪で隠れている。いつもは眠たげなその目が今は妙に無表情で何も言わずに凝っと自分を見つめている。

「おはよう…ございます…」

「………」

取りあえず挨拶してみたが特に反応が無い。

「あの、朝ご飯、食べていかれますか?少し待っていただいたら簡単なものですが出来ますけど。」

もう一度声を掛けてみる。色素の薄い瞳がゆうらりと彷徨って自分のほうに戻ってくる。

「今、何時です。」

この部屋に時計はあったがこの人の真上にあって見えないのだ。

「6時、半です。すぐ戻られます?」

言うとすうっと目を閉じて

「まだ眠いから一時間ほどしたら声掛けてください。」

という。それきりなにもない。よかったな。と、ほっとした。何と言ったら良いか分からなかったから当り障りの無いことを言っていただけだった。少しだけ、時間が稼げる。
しかしなぁ。先延ばしにしたところで大して変わりは無いのだし、いったいどういう態度を取ったものか。とりあえず服を着ないとな。 





 …マズいな。もっと早く起きてもう消えてる予定だったのに。
しかしもっと取り乱すかと思ったのに全っ然平然だった……。(全裸で朝ご飯どうしますだって!)本人、否定してたケド結構遊んでんじゃないの?なんかさ、随分良かったんだけど。とりあえず寝床から離れてくれて良かった。毛布をめくられて顔見られたら顔が赤くなってるの、分かっちゃうもんなぁ。
 一時間か。別にしらばっくれるつもりも無いけど、これからも子供絡みで顔合わせるのに、ちょっと気まずいかな。相手が女性ならどうにでもやり方があったんだけど。あ〜それはあっちの方がそう思ってるか。だけど。まじめな話してた筈なのにどぉしてああなるのかなぁ。あぁ、…そうだ。あの人が卒業する男子生徒の一人に告白された事があるとか言う話から、オレがからかって、挑発して。

なんか大人気ないなぁ。お互いに。

 ……あ。箪笥の前で悩んでる。そういや今日は予定あんのかな?とっさに後で起こせとか言っちゃったけど悪かったかな。

ん、あの傷。例の事件のか。触った感じはかなり痛そうだったけど見た目はそうでもないんだなぁ。何か傷のまわりにばっか跡付けて。オレって傷フェチだった?
 …でも、どうしようかな。オレ、こんなことするつもりだったっけ?「イルカ先生」は元生徒のことがあんまり心配そうだから、話でもしておこうか、と思っただけだったような?





 ……まいったな。今日は休みだったんだよな。あ〜だから酒なんか出しちまったんだ。カカシさんも休みだっていうからじゃあとか言って…だけどなんであんなことしたんだ??最初はカカシさんが子供相手にするのはこれが初めてだ、というのから始まって子供の話をしたりして、子供たちが手を離れるのはどんな気持ちかなんて聞かれてたんだよなぁ。で、卒業の課題のこととか。普通のこと話してたよな?何をオレはあんなにむきになっていい合いをしてたんだ?なんだってそんな、……気持ち良かったけど。

…って何考えてんだよオレは!

ボーン・ボーン・ボーン・ボーン・ボーン・ボーン・ボーン……

柱時計が7時を告げた。我に返る。剃刀を水で流しながらぼうっとしてしまったのだ。顔を洗いなおして自分の顔をなんとなしに見る。昨晩の彼の様子を思い出して今更赤面してしまう。何であのヒト、傷跡ばかり触りたがったんだろう?まだ裸の上半身を鏡で見ると大きな傷跡には必ずぽつり、ぽつりと跡が付けてあった。もう気恥ずかしくて堪らなくなって慌ててシャツを被った。





……さっきから水音が止まらない。最初は顔でも洗ってるらしい音だったのに。様子を見に行くか?どうしようか。年頃の女の子じゃあるまいし貧血で倒れてるって事は無いだろうけど。ってさぁ、昨日の様子じゃ倒れるのはオレの役だな。ああもう、なんだよなぁ。
あ…良かった。止まった。なんかあったわけじゃないみたいだ。
そうだ。もう7時過ぎたろ、マジでどうするよ?これから。何にも無かったコトに?ちょっとそれはなぁ…それとも謝る?いいやなんで。じゃあコイビトか??それって違く無い?ならセ、セックスフレンド…?




ヤだな。それ。





ぽーん



オレにしては珍しくもうじうじと悩んでいた。その間に飛ぶように時間は過ぎる。無常にも鐘が鳴る。決断を迫り、審判を下すその鐘が。
なんてな。しまったよ、着替えておこうと思ったのに。
ものすごいスピードで服を身に着ける。さっき彼が箪笥の前で悩みながら出してくれたものだ。途中で彼が来たらさぞ間抜けなコトだなぁと思ったが幸いにも来ない。薬缶がシュウシュウ言う音がしてそれをポットに移しているのかコポコポという水音もした。オレを起こしてあのヒト、なんて言うつもりだろう。
起こされるまでなんか待ってらんないよな。台所に出て行って挨拶でもするか。先手必勝って言うだろ。


でもどうするかは決めてないんだが。



…あ。もう時間だ。起こしにいかないと。でも湯が沸き始めたしコーヒー淹れてからにしようか。
全く。なんて挨拶したもんかなぁ?体の具合はどうですか?なんて言うのか?いいや。もしかしたら酔った上でのことだから触れないでおいたほうがいいのかもしれない。でも起こしてくれって言ったし。別に気にしてない、たいした事じゃないっていうことなのか??…きっと呑み過ぎたからこういう事になったんだ。
「あち!」
ったくなぁ、さっきから何ボーっとしてるんだよ、オレ。




「大丈夫ですか?」

え?

「おはようございます、すっかりお世話になっちゃいまして。」

彼がやってきていた。いつものように覆面をし、額当ての代わりに長い銀髪が左眼を隠している。台所に入るのを躊躇するように引き戸の桟の上で立ち止まっている。先ほど選んだオレのまだあまり着てないチノパンとシャツを着ている。覆面にアレでははっきりいって思いっきり怪しい。というかヘンだ。状況も忘れて笑いそうになりコーヒーを拭くついでに俯く。

「あ、おはようございます。スミマセン、もう時間でした?」


一瞬だけ目が合ったがこぼれたコーヒーを拭いて俯いたまま答えて来る。なんか随分とフツウだなぁ。こっちはなんて言おうかドキドキしてるのにさ。ナンだろ、まさか覚えてないってこたぁ、無いんだろうけど。そうだとして目が覚めた時あんな状態でなんでもないとはアカデミーの一年坊主だって思わないだろ。ちょっとくらいはな〜、なんかないのかな。それとも、まるきりしらばっくれてる??



自分で起きてくれたんだな、良かった。起こして、服を着てくださいなんて言いづらいし。

「昨日は随分つき合わせてしまって。調子に乗りすぎてしまって、ホント、済みませんでした…」

あれ?


「イイエ、オレも散々煽ってましたから。気になさらないでください。」


ん?



「………」

「…………………」


いつものように覆面をした、彼は目だけでも分かるように笑っている。なんか流しちゃったカンジだぞ?言おうと思ったのってそれだけじゃない筈だろ!?



困ったように笑いながらそう言う彼にそのせりふに見合った答えしか返せなかった。調子に乗っちゃったって、何について言ってんだ?えらい、大雑把な会話じゃないか。返したオレの答えだって、酒の事だけじゃないつもりだがどうとも取れる。ちょっと待て、これだけでいいのか!?



次に何を言おうか思いつかない。


次の一言が出てこない。



「「あの」」


とりあえず口を開きかけ、黙る。


昨日のことはね、と言おうと思ったが相手が何か言おうとしたので黙る。


「…………」

「……」




二人して何か言いかけたので相手を待とうと黙った。


口を開きかけたのにまた黙ってしまった。

「…なんです、どうぞ?」

どうぞ、とオレを促すその目はまた無表情に戻っていた。

ナニゆうつもり?
とか思うってことは自分よりも彼に責任があるって思ってる?おいおい、アレはお互い様の筈だろう。煽ったのオレだし。



言わなくちゃ、言わなくちゃ駄目だろ、言え!言うんだ!



どうしよう、どうするつもりなんだ、オレはどうしたいんだ!?



「き、昨日は・・・その、何か口論をしてしまって、実はあの辺りから記憶があやふやで。お恥ずかしいですが何を話していたとか憶えてないんです・・・だいぶ失礼だったんじゃとないかと思うんです、済みませんでした。」


「はぁ」


「ええと、オレ、カカシさんと話せて楽しかったです。だからもし良かったらまた昨日みたいに付き合っていただけたら嬉しいです。」


違う!!あと一言だ、後一言を言え!


うっそー…あやふやって何よ?ていうか、ナニについて云ってんの?


「その、それと…」
 「あのね、オレも楽しかったですよ。とっても。」








えっ…何?怒らせた?






遮るように言葉をかぶせた。マズイな、ムカついてきた。

「楽しかったですよ、ええ。また昨日みたいにね。気兼ねなくやりましょう。口論って言いましたけどね、そんなのじゃないですよ。面白かったですよ、気にしないでください。今度オレの気に入ってるのを一緒に呑みましょうよ。ええ、昨日みたいにやりましょう」




昨日みたいにって…




昨日みたいに、ってどう取るかなこの人は。もういい。これ以上白々しく会話を続けたくない。なんなんだ。忘れてんなら忘れてるって、なにがどうだかはっきり言えよ!


「あの」

「オレ、これから用事があったんですよ、ですんで、これでおいとまします。」

ち、ちょっと待ってくれよ、そんな、畳み掛けるみたいに。




「すっかりご迷惑を…服、お借りしていきます。じゃあ、お邪魔しました」

俯いたまま部屋を出た。
…嘘は吐いてないよ。センセイ。
オレは嘘なんて吐くつもりは無いんだ。
聞かれたら素直に言うつもりだよ、でもなぁ。なんなんだよ、のらくらと…ハッキリさせたくないような、後悔してるって事か?


ムカつくなぁ。






そんな、どういうことだ?“また昨日みたいに”って。そんなこと云ってもなんか、怒ってるみたいじゃないか?

あれは、昨日のあれは、なんだったんだ!?





白っぽい朝の光に苛立つ。なんでか泣きたくなる。
オレは馬鹿だ。誰も見ちゃいない、照れて見せるくらい、したって良かったじゃないか。
でも

嘘は吐いてないよ。



ドアは静かに閉じられたのにその音がやけに大きく耳に障る。
どうしたらいい、どうしたら良かったんだ。

いや。
どうする?

少なくとも、嘘は。嘘は吐いてないんだ。



                         

















[カカシとイルカです。解かりにくかったかも…]


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