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■ 温度差の限界
最近ふと思うこと。 人の考えや思いはそれぞれなんだということ。 例え、それがどんなに正しいことであったとしても、その意見が100%真ではないんだなと、行きつけのHPを見つつ、つくづく思ったのでした。
正論を振りかざすのが悪いと言っているわけではありません。 私だって、私なりにそれが正しいと思えば押し通す事だってあります。 でも・・・だからと言って一個人を公の場で非難してはいけないと思うんです。 (私的な場であれば非難して良いというわけでもありませんが)
自分のやっていることが常識範囲内の認識として間違っておらず、相手がやっていることが常識に反することや認識として欠落したものであったとしても、それを非難という形で攻撃してよいと言う事はないのです。 (何だか、昨日の日記とは真反対の反対のことを書いているような・・・汗) 何かを理解してもらいたいからと声高々に訴えるのは間違いではないと思います。 ただ、自分の訴えを理解してもらえないからといって、その理解してくれない人を過剰に攻撃したり非難したりするのはいかがなものかと思うのです。 人にはそれぞれ自分なりの考えがあります。 それが誰かの耳には正論に聞こえ、誰かの耳には言い訳や反論に聞こえるかもしれません。 誰かの意見が異論に聞こえたとしたら、自分の意見もその誰かには異論として受け止められるのです。 そうなると、どちらの意見も真なのでしょう。 モチベーションの差、認識のズレですね。 こういうのを温度差の限界と言うのかもしれません。
以前、私には、とても反りの合わない同僚がいました。 それは周知の事実で、私から悪口を言うことはありませんでしたが、良く言うこともけっしてありませんでした。 互いの意見をぶつけ合い、言い争いをするばかりで、どちらも引くということを知らなかったので、当時の二人の関係は険悪そのものでした。 別に今でもそれほど仲良しではありませんが、少なくとも、今では以前のような険悪さはもうお互いの間にはありません。 雑談や冗談を言い合えるぐらいになりました。 その険悪さがいつ頃からなくなったのかは定かではありませんが、よくよく考えてみると、私が“ありがとう”の言葉を多く口に出すようになってからのように思います。 私の職場では、共同作業を行っているわけではなく、どちらかと言うとスタンドプレーでも十分にやっていける職場です。 ですが、そんな中ででも、やはり私一人の力ではどうにもならない事や、手が回らないことがあります。 それを誰かに代行してやってもらった時や、日々の何気ない行動に対しても、有り難いなと思ったら、即ありがとうと声に出して言うようにしています。 そうするようになってからでしょうか、相手が私に頼み事をしてくる時には、以前のような嫌らしい命令口調ではなく、ちゃんとお願い(依頼)の姿勢で接してくれるようになったのは。 こちらが礼を尽くせば、相手もそれに応えてくれますし、きちんと礼を尽くした対応をしくれるのです。 相手の意見だって、固定観念を捨てて聞けば、自分が思いもよらなかった新鮮な意見として受け止めることが出来ますし、今では良いアドバイザーだと思って進んで意見を求めるようにもしています。 お互い持ちつ持たれつです。
こうやって考えてみると温度差って縮まらないのかもしれませんね。 非難の内容も変わらないのかも。 ただ、面子が変わるだけで。
いささか眠たいので、今夜はここまで。 おやすみなさい。
2008年03月05日(水)
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