華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2003年01月11日(土)

年下の男の子。 〜手紙〜


<前号より続く>



秋から冬へと季節が移ろう頃の、ある夜。

いつものように朗らかに話す真知子は、もう店を辞めると俺に言った。
お店にはまだ言わないでね、という注釈をつけて。


「えぇっ?頑張ってこの店で稼ぐんじゃなかったの?」
 「うん、でも・・・もういいの」

「どうしたの?急に・・・」
 「私ね・・・泰之と付き合っていくことにしたから・・・」

「もう決めたんだ・・・?」
 「この仕事も彼に話したの。でもすごく嫌がって、すぐ辞めてって」


真知子は泰之にテレコミの仕事を話したところ、相当嫌がったという。
彼と付き合う決心を固めた彼女は、テレコミを辞める選択をした。


「生活は大丈夫なの?」
 「・・・また別の仕事を見つけるわ」

「じゃ、俺とも・・・もう終わりだな」
 「・・・うん」


俺は相談したい事があったらいつでも電話しておいで、と言った。

そして受話器を置き、最後の会話を終えた。


たった一人に戻った、俺。


電話だけとは言え、どこかで思いを寄せていた真知子との突然の別れ。
会った事も無い女に深入りするほど、俺もつまらない男ではなかったはず。
しかし心の中で、誤魔化しきれない深い思いが俺に圧し掛かる。

布団に潜り、明かりを消し、一人ぼっちの部屋で続く溜め息。
暗闇の中で考える事は、会った事も無い一人の女の姿。

失恋にも数えたくない程の、浅はかな儚さ。
しかし充分に心に重く圧し掛かる、切なさ。


俺も何時の間にか・・・つまらない男に成り下がろうとしていた。



それから1ヶ月半ほど経ったある日。
不意に真知子から電話があった。


「久しぶりだね!彼とは順調かい?」
 「・・・・・・うん、お陰さまでね(笑)」


順調だと言いながらも、俺のところへ電話をかけてくる。
すこし躊躇した返事も何か引っかかる。


真知子はどちらかと言うと、甘え下手なタイプな女だ。

責任感が強く、自分が頑張れば全てが丸く収まる、と思いがちだ。
自分の至らないせいで他人に心配や迷惑を掛けたくないと思い、
その余りつい自らの許容量以上に頑張ってしまう。

結果、人知れず疲れ果ててしまうのだ。

彼女にそういう傾向があるのは今までの話でも聞いていた。


真知子は本題とは言えない程度の他愛もない話を続ける。
俺も糸口を見つけようと、何かと大袈裟気味に相槌を打ち、話題をふる。


 「実は私ね、一度平良君を見てみたいなぁって思ったの」
「じゃ、デートしよっか(笑)」

 「ダメよ(笑)、彼に怒られるもの・・・だから見るだけでいい」


彼・・・泰之は相当なヤキモチ妬きなのだという。

例えば、友達の話題でも真知子が男に関わる話をしようものなら、
その途端に拗ねて不機嫌になるそうだ。

例えば、彼女が近所に住む如何なる男性に出会って挨拶しようものなら、
その途端に彼女を引っ捕まえ、その場で関係を問い正すそうだ。
人ごみでも、大声で恫喝された事もあったという。

どんな人であっても、俺以外の男には絶対に色目を使うな、と。
そして俺と一緒に居る時は俺以外の男を見遣るな、と。


テレコミの仕事を嫌がったのは、自分以外の男と知り合う接点が出来るから。

それが何よりも泰之を苛立たせた要因である。


テレコミでのバイトとはいえ、強いて言えば風俗嬢や水商売に就く女性でも、
職業意識の高い人は決して浮付いていない。
どんな客と話をしようと、欲望を満たそうと・・・それが仕事なのだから。

真知子はそのバイトを自分と家族を支える収入の足しにしていた。
外部の、それも学生の泰之が何も働きもしないで拗ねるのは、筋違いも甚だしい。

それに相手を信頼出来ていないのなら、愛情など成立するはずも無い。

自分の我が侭や妄想で彼女の人間関係や生活まで抑えつけてしまう男。
自己中心的で幼児性の抜けない、大人になりきれない男。

そんなものは若さでも、幼さでもない。
稚拙で我が侭、他人の事情を思い遣れない「器」の小さな男。


俺が最も忌み嫌うタイプの男だ。


しかし女という生き物は時として、
男の理不尽なヤキモチでさえも可愛いと受け取るようだ。

当時の真知子も泰之の度を越えた嫉妬や干渉を「可愛い」と感じていたようだ。
女心とは、本当に男の頭脳では理解出来ない。


「そんな男と付き合ってもこの先、ろくな事にならないよっ(笑)」
 「何?拗ねてるの?(笑)・・・彼にはね、私が付いてなきゃいけないの」

「何それ?君は母親か姉貴かね?」
 「・・・そうでもあるのかな。だって私が居るとすごく嬉しそうなんだもの」

「そんな男より、絶対俺のほうが大人だと思うけどなっ」
 「ダメったらダメよ(笑)・・・でも平良君の写真、送って欲しいな」

「いいけど・・・じゃ真知子の写真も送ってよ!」
 「そりゃいいよ、でも・・・ほとんどが娘と写ってるよ(笑)」

「いいねぇ、それ!是非送ってよ。でも・・・」
 「でも?」

「彼と写っている写真は要らないからね(笑)」


俺は彼女に、まず自分の家の住所を教えた。
私の住所は手紙に書くからそれを見て・・・と言われた。

こうして手紙を貰う約束をして、その日は電話を置いた。


俺は仰向けに寝転がり、真知子のとある言葉を思い返していた。


 「彼には私が付いてなきゃいけない・・・」


真知子と泰之の関係について、俺はこの言葉を何度も聞いた。

過剰な嫉妬に焦げ付いている泰之に対する過保護気味の愛情なのか?
俺は当時、そう感じていた。



そして数日後、真知子からの最初の手紙が届いた。

そこには丁寧な文字の手紙と、一枚の写真が入っていた。


朗らかで優しい笑顔で写真に収まる真知子。
大きくて聡明な瞳が印象的だった。

そしてベビーカーに乗る女の子が娘。
手紙によると名前は「みらい」というそうだ。
キョトンとした顔の目元や表情が、やはり母の真知子に似ている。


差出人の住所は天白区最大の公団住宅だった。
その団地内で撮ったのだろう、コンクリート壁の前で写っていた。

同封された手紙には、丁寧な字で彼女の思いが綴られていた。


『 前略  平 良 様 

  先日の突然の電話、大変失礼しました。
  その時の約束通り、私と娘の写真を送ります。

  娘の名前は『みらい』といいます。  
  私に似てるかな?
  私の最も大切な宝物です。


  平良君には電話で本当に色々な話をしましたね。
  私にとってはとても素敵な時間でした。
  たくさんの思い出をありがとう。

  これからはあまり電話も出来ないだろうけど、
  今後ともどうぞよろしくお願いします。

  草 々 
                真 知 子   

  追伸・・・泰之が手紙を見つけるかも知れないので、
      差出名は女性の名前でお願いします。  』



嬉しかった半面、俺は困った。
実は最近、自分の写真を撮っていなかったからだ。
アルバムを引っ張り出し、古い写真から写りの良い物を選んだ。

2年程前の大学祭の頃に撮った、バイクに跨ってポーズを決めた写真。


俺は類い稀なる悪筆だが、履歴書を書く以上に丁寧な字で返事を書いた。
短い文章ながらも何枚も便箋を丸めて捨てる。
そしてようやく書き上げた。


『 拝復  真知子 様 

  先日は写真と手紙をありがとう。
  想像以上に可愛かったので、ちょっとショックです。
  だって、俺と付き合えなかったから・・・なんてね。
  
  電話でも楽しい話が出来て楽しかったよ。
  こちらこそ、楽しい思い出がたくさん出来ました。

  彼とも幸せにして欲しいけど、たまには電話下さいね。

  これからも、いい付き合いが出来ればいいですね!
  こちらこそ、今後とも宜しくお願いします。

                       平 良   』


俺はその手紙と写真を封筒に入れて送った。

その際、差出人のところは俺の名前を一文字変えて女性名にして。
その点が俺には複雑だったのだが。




<以下次号>







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