華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜 | ||
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2002年12月02日(月) 203号室のフィリピーナ。 〜非常事態〜 |
午後5時30分。 営業部の部屋に掛けられた時計は、今日の業務終了時刻を示した。 しかしまだ誰もが仕事に集中し、帰り支度を始める者はいなかった。 各自のノートパソコンから細波のように聞こえるキーボードを打ち込む音。 室内LANで繋がった印刷機から次々と刷り上がる書類の束。 絶え間なく鳴り響く電話の呼び出し音。 誰もが暖房要らずな程の熱気溢れる仕事振りを見せる。 商売繁盛。 この不況下、誠にありがたい光景である。 その中で一人、俺は帰り支度を始め、ふら付く身体で立ち上がった。 「すみませんが・・・お先に失礼します」 一人先に帰る無礼。 しかし業務時間を過ぎているので、恐い上司も何も言わない。 発熱する身体を車の運転席に押し込み、会社を出た。 いつもよりスピードを落とし、慎重すぎる程の運転を試みる。 夕焼けに照らされた帰宅ラッシュの渋滞も、 いつもなら激務からの解放で気楽な時間なのだが、今日ばかりは勘弁してもらいたい。 俺は風邪で体調を崩していたのだ。 彼女なしの独り暮らし。 こういう状況でも誰に甘えるわけにもいかない。 俺は帰り道のコンビニで冷凍の味噌煮込みうどんを買った。 運良く玉子が冷蔵庫にある。 そして炊飯器には昨日の残りの飯がある。 半熟の玉子が入った味噌煮込みうどん。 残った出汁にご飯を入れて食べるのも美味である。 これで身体を温めて、今夜は早く寝よう… アパートの裏手にある駐車場に車を停め、俺はふら付きながら自室へと向かった。 アパート前の道路では、この時間も数人の作業服の男達がまだ働いている。 その日は業者がアパート前の道路拡張工事の測量を行っていた。 幅や距離だけでなく、騒音調査のような集音マイクも立てており、 何やら念入りな調査を行っている。 俺は当時住んでいたアパートの201号室に入る。 そしてコンビニの袋から早速冷凍の鍋を取り出す。 ガスレンジに掛け、火を点けた。 その途端だ。 俺の部屋の外でガラスの割れる音がした。 それも凄まじい勢いの音だ。 ガス爆発か?! 俺は思わず頭を抱えて悲鳴を上げた。 しかしうちではなかった。 何かが外から当たって割れるような遠慮がちな音ではない。 明らかに人の意思で打ち破った音だ。 何事かと俺は外へ出た。 仕事をしていた測量士達が手を止めて様子を伺っている。 騒動は203号室で起こった様子だ。 俺はさらに詳しい様子を伺おうと測量士に話を聞こうと近づいた。 そこで俺は、逆に質問されたのだ。 「このアパートに、外国人が住んでいるんですか?」 「・・・いや、いない・・・はずですよ」 このアパートは全部で10部屋あり、それぞれの立場の人が住んでいる。 特に住人同士での交流は無い。 しかし外国人が住んでいる、という話は聞かない。 「いや、我々は今朝からここで働いているんですが・・・」 その日の昼頃。 いきなり下着姿の外国人女性があの203号室から飛び出して来た、という。 何やら日本語ではない言葉を発しながら、興奮気味だったそうだ。 後で部屋から出て来た熟年の日本人男性が何とか捕まえて部屋に連れて入り、 その場は収まった。 その出来事から数時間。 「それで、ここには外国人の女性が住んでいるんかな、と」 「いや、そんな女性は見たことはありませんが・・・」 その時、外の様子を伺おうとドア横の窓から一人の女性が顔を出した。 地黒で強いパーマを掛けた、肉つきの良い若い女性だ。 明らかに泣き腫らした後のやつれ顔。 肩にはスリップの細い紐が掛っていた。 「あの人か・・・」 俺は彼女を何度か見たことがあった。 数ヶ月前。 新しい住人として熟年の男が引っ越してきた時に、 甲斐甲斐しく手伝っていた女性だった。 たまに見かけて挨拶すると、いつも俯いて逃げるように去っていく。 相当な恥ずかしがり屋だった印象がある。 彼女は外見から見て、日本人ではなかった。 顔立ちからフィリピン系の女性だと推測できた。 そのアパートと同じ町内には、当時フィリピンパブがあった。 「結構ハードなサービスもあるってよ、平良!」 大学時代、また卒業して間もない頃に悪友からそう何度も誘われたが、 結局店に入る勇気が出なかった。 一本路地を奥に入った所にあり、夜な夜な薄汚れたネオン看板が 妖しく輝く、そのフィリピンパブ。 その店の駐車場には高級な外車や国産セダンが並んでいた。 また連れ出して店外デートしている客の話もよく聞く。 彼女はそこの店の女の子かも知れない。 俺達を訝しげに見つめる彼女は、何かを持った右腕を振り降ろした。 俺と測量士はとっさに身を屈める。 俺達の後ろ、ガレージの壁に何かがぶつかり、砕けた。 その破片を見遣り、唖然とした。 彼女は手に持った湯飲み茶碗を俺達に投げつけてきたのだ。 すでに足元には、幾つものコップや茶碗らしき破片が散らばる。 何の躊躇も無く、部屋の中の割れ物をこちらに投げつけてくる。 危険を察知し、すぐに助手らしき若い男が近寄ってきた。 「もう一度、警察に電話しましょうか?」 昼の段階で、彼らは警察に通報していた。 警察は様子を見に来たそうだが『事件性が無く、民事不介入』だと、 すぐに引き上げたという。 終始横柄な態度だった警察でも、やはり頼らざるを得ない。 「今日は騒音調査も兼ねているんですが・・・日を改めないといけないなぁ」 昼からの騒動、そして茶碗などが割れる音まで集音マイクが拾ってしまう。 この騒動で調査が出来ないからと、測量に携わる係員は帰り支度を始めた。 俺は自分の部屋に帰ってガスレンジの火を止めて、もう一度外へ出た。 風邪を引いていることはすっかり忘れていた。 203号室の非常事態に、俺は成り行きが気になって仕方なかった。 <以下次号> |
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