華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2002年11月19日(火)

晩秋に駆ける。 〜顎紐〜



<前号より続く>

 

サトミは先日、10歳以上年下の彼との別れを経験していた。

熱くなり過ぎた彼の行動が、秘め事で済まされなくなる危険を招く。
人知れず迷った挙句、サトミは彼に別れを通告した。


嫌いじゃないのに告げなければならない、別れ。
去られる立場も辛いが、好きでいるのに去る立場も辛い。

それ以上の詳細は聞かなかったが、
彼女は心に大きな穴があいていたのは容易に想像出来る。

結果的に最悪の事態・・・秘め事の発覚・・・は避けられたようだが、
その引き換えに失ったものは、彼女にとってはあまりに大きい。



俺も数多くの不倫や浮気を見てきたし、女性側の立場の話を聞いてきた。

しかし今回の件ではもし結論が「離婚する」だとすれば、
普通の話し合いだけでは済まない。


役員婦人の不倫とは・・・発覚すれば会社的にも大きな騒動になる。
旦那の積み上げてきた会社人としての人生を根底から崩しかねない。


そこまで理解しているはずのサトミが敢えて走った、不倫。
約束された、恵まれた生活。

その旦那への背信行為には、一体どういう意図があったのだろうか。


「俺、貴女に興味あるなぁ・・・どういう人なのか」
 「私?どこにでも居る普通のオバサンよ(笑)」

「みんな同じような事言うよなぁ(笑)」
 「私もね、平良さんに興味あるな・・・」

「本当?」
 「だって、私の話を優しく聞いてくれるもの・・・」

「そうかなぁ?」
 「こんな話まで優しく聞いてくれる人、誰もいなかった・・・」


やはりふと寂しそうな口調になるサトミだが、
俺の軽口も好意的に受け止めてくれる。

話は弾み、逢おうという段階まで進んでいた。


「俺ならいつでも構わないよ(笑)」
 「・・・本当にいつでもいいの?じゃあね・・・」

「今夜っていうなよ(笑)」
 「・・・すごい、何で分かったの?今夜逢おうか?」

「今夜?!今から?」
 「だって・・・思い立ったが吉日っていうじゃない・・・」

「今夜かぁ」
 「ダメ?だったらいいよ、ゴメンね・・・」

「・・・分かった!行くよ!」
 「本当に?」

「でもね、俺、車無いんだ・・・バイクしかない」
 「バイク・・・なの」


サトミは俺が自動車で行動するものと思っていたようだが、
俺は当時バイクしか持っていなかった。


 「後ろに乗れる?」
「それは大丈夫。じゃあ、寒くない厚着の格好と手袋を準備しといて」

 「それだけでいい?・・・」
「車じゃないから・・・ゴメンね」

 「いいよ、でも気を付けて来てね」



今から1時間後に、岡崎市のとある中学校の正門前に行く事になった。
閑静な住宅街、そこが最も外れにあり、外から目に付きやすいという。

俺は道路地図でその中学校を確認し、そこまでの一番単純なルートを探る。


バイクの冬用の重装備は着替えるだけで一苦労だ。
身体が冷えて操作に支障をきたすのが最も危険なので、しっかりと着込む。

ヘルメットを2個持ち、俺はドアを開けて部屋を出た。
鉄板の階段を駆け降りて、ロックを掛けてあるバイクに向かった。


ロックを外し、イグニッションキーを差し込んで右いっぱいに廻す。
ライトに明かりが、二連メーターに全ての警告灯が点る。

底冷えする深夜。

俺の愛機が目を覚ます瞬間だ。


サトミに渡す予備のヘルメットをラゲッジネットで固定する。
重装備に着込んだ身体でバイクに跨り、シフトをニュートラルに入れる。
そしてクラッチを握り、右手の親指で始動ボタンを押す。


モーターが冷え切ったエンジンを廻す。
数秒後、自らの燃料でエンジンが動き出した。

寒気に冷えた複雑な構造の鋼鉄が内燃熱を帯びる。

ハンドル脇のチョークレバーを手前に引く。
重低音の直列4気筒が白煙を吹き上げつつ、力強く歌い出す。


俺はクラッチを再度握り、シフトをローに落とす。
右手でアクセルをふかしながら、クラッチを繋ぐ。


唸りを上げるエンジンの動力が太い後輪に伝わり、
愛機は唸りを上げて、鞭を入れられた馬のように前へ飛び出した。

住宅街の路地を曲がり、国道248号線に繋がる細い市道へ出る。

こうして俺は未だ見ぬ待ち人の所へ向かった。



さすがに通行量も減った深夜の国道を、俺は飛ばしていく。
そして地図でチェックした交差点を左に折れ、さらに奥へ進む。

岡崎市内とはいえ、ここは豊田市との境あたり。
北側にオレンジ色にライトアップされた工場群や車道が見える。
遠くの東名高速、近くの国道に走る、まばらな車が見えた。


サトミの住む住宅街に入り、
入り組んだ細い道を細かく地図で確認しながら進んでいく。


細い道や一方通行の表示に手間取り、
チェックした中学校の正門にたどり着いたのは、
約束の時間から僅か3分前だった。

新しい住宅街の中にあるその学校は新設校なのか、
タイル貼りで飾られた、綺麗な外観である。


俺は街灯の下でバイクを止め、エンジンを切った。
途端にその周辺は元の静寂に包まれた。
遠くで車の音はするが、それ以外はほとんど音がしない。


俺はヘルメットを脱ぎ、バイクにもたれてサトミを待った。

吐く息が水銀灯に照らされて、さらに白く見える。
吹く風も無い住宅街は、街路樹の葉の揺れて散る音さえ聞こえない。


約束時間からすでに10分が過ぎている。
路面からの冷気が確実に俺の身体を冷やしていく。

すっぽかされたか、騙されたか…
予想していたとはいえ、良からぬ思いがよぎり始める。
あと10分、いやあと5分待って来なければ・・・帰ろうと思った。


空しい時間が過ぎていく、そんな中・・・

遠くから微かに足音が聞こえる。


俺がふとその音の方向を向くと、一人の女性が近づいてくる。
やがて街灯に姿が浮かび上がってきた。
メガネをした、小柄な女性だ。


 「平良さん・・・ですよね?」
「ええ、サトミさん?」

 「ごめんなさい・・・突然子どもが起きちゃって、遅くなって・・・」
「そうか・・・取りあえずどこかへ行こう・・・寒いから(笑)」

 「良いけど・・・近所じゃまずいけど遠くへも行けない」
「だったらどこかファミレスで」

 「うん」


サトミにヘルメットを渡す。
しかし上手く顎紐を留められない彼女は、四苦八苦していた。

俺はグラブを脱いで、サトミの顎紐を留めてやる。
偶然顎先に俺の指が触れ、彼女はキュッと身をすくめた。

俺は見逃さなかった。



<以下次号>








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