華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2002年11月18日(月)

晩秋に駆ける。 〜ギャンブル〜 


晩秋の深夜。
吐く息の白さは真冬並に濃く、暗闇でも微かな光に反射して存在を表す。


身を切るほどの冷気に凍えながらバイクを操り、
俺は国道248号線を南へと走っていた。


冷える路面に喰らいつく二輪の間に抱く、
HONDAの直列4気筒エンジン。

充分温もったエンジンは俺のアクセルワークにレスポンス良く答え、
心地良い唸りを上げた。


市街地を離れるほどに、行き交う車もまばらになる。
街灯だけの静寂を切り裂いて、俺と愛機は突っ走る。


冬用の牛皮グラブを着用していたとはいえ、指先がすぐにかじかむ。
冬場でのバイクの体感温度は、間違いなく氷点下になる。

それなりの重装備をしてからの搭乗でも、自動車のようにはいかない。



何もツーリングではない。

突然の約束、とでもいうのだろうか。


それが親友や恋人なら、無理して突っ走るのもわかるだろう。
俺を待つ相手は、未だ見ぬ女だった。

無頓着なものだ。
名も顔も知らない女の存在には、何の保証も無い。


しかし、女の言葉と自分の直感を信じてみた。


これまで何度も空振りを味わい、すっぽかしを喰らった。
それでも懲りずにこんな愚業を繰り返す。

千に一つの大当たりを求めて、自らの身を削る。


これも言わば『ギャンブル』であろう。




2時間半ほど前だ。
俺は風呂から上がり、一人でくつろいでいた。


煌々と部屋の隅々まで照らす蛍光灯。
音を立てて吹き出す、電気ストーブのスチーム。

その中で、俺は独りテレビを眺めていた。


身にしみて感じる、人肌の恋しさ。
寒い中での孤独は、あまりに辛い。

誰かと話したい・・・それだけの軽い気持ちでテレコミに電話した。



 「新しい人を登録しましたねぇ・・・岡崎の人ですね」


受付の男はそう言った。

俺のアパートは岡崎市から遠くない。
岡崎の新人に興味を持った俺は、その人を指名する。

コレクトコールでの電話。
テープでの案内の後、電話が繋がった。


「もしもし、はじめまして」
 「こんばんは・・・」

「平良です、宜しく」
 「あ、サトミです・・・」


電話の向こうの、サトミと名乗る女は緊張からなのか少々枯れた声だった。



「ハスキーな声、なかなかセクシーだね(笑)」
 「嘘、誰にも言われた事ないよ・・・」

「本当だって、ちょっぴりドキドキしちゃうよ」
 「そうかなぁ、綺麗で可愛い声のほうが良かったな・・・」


サトミは緊張していたものの、
しっかりと自分の言葉で話が出来る女だった。


彼女は37歳の専業主婦。
もうすぐ中学生になる息子がいる。
旦那と3人で、ごく普通の暮らしをしている様子だ。


「専業主婦かぁ、毎日家事で大変だね」
 「それほどでも・・・上手くやれば楽なものだよ(笑)」



「本当にご苦労様だって。今は息を抜いてて良いからね(笑)」


専業主婦を経験する事のない夫などは「女は楽そうで良い」と思うだろう。
しかし思ったよりも重労働なのだ。


朝から夜まで年中無休で働き、基本的に無報酬。
それも自分のためでなく、旦那と子どものために働くのだ。
同居する旦那の親がいれば、さらに苦労は増す。

さらに相手の親と同居なら尚更苦労が増す。
いくら結婚したとはいえ、他人の親と家族として暮らすのだ。

例え旦那の親とはいえど、その年寄りは赤の他人なのだ。
その他人と共に時間を過ごすストレスは計り知れない。
気苦労も並大抵ではなかろう。


おまけに大多数の亭主からは、その労働に対して感謝の言葉すらない。

人類で最も報われない肉体労働、と言っても過言でない。


一通り家事を済ませ、子どもも寝た深夜12時過ぎ。

旦那から掛けられた事のない「ねぎらいの言葉」を受けたサトミは、
どこか照れながらも俺に心を開いてくれた。


「今夜から始めたんだよね。何故なの?」
 「う〜ん、お小遣い稼ぎと・・・気晴らしかな」

「あまり深刻な理由じゃないんだ(笑)」
 「まぁ、良い暮らしをさせてもらってるからね・・・」

「旦那さん?どういう仕事なの?」
 「うちね、自動車会社の役員なの・・・」

「・・・どこの?(笑)」
 「・・・うちで乗ってる車は・・・この間新型になったセダン、かな(笑)」


彼女の旦那は某大手自動車会社の本社の役員だという。
年俸も高いが仕事も忙しく、宿泊を伴う出張も多いという。

今日も旦那は出張で留守。
そして子どもはすでに就寝済み。


ようやく訪れた彼女一人の時間。

その間を縫って、気晴らしと小遣い稼ぎにテレコミのバイトを始めたのだ。


サトミは将来の世界的大企業の重役婦人、という立場だった。

とんでもない人と当たってしまった。
そういうギャンブル性が、こういう遊びの醍醐味でもある。


「いい生活してるんだぁ、貧乏な俺とはえらい違いだなぁ」
 「確かに裕福な生活だろうけど、それだけじゃないんだよ・・・」


話していて、気が付いた事がある。
話をするサトミの語尾が、いつも消え入りそうになるのだ。

子どもが寝ているのは二階の自分の部屋。
彼女は居間に居るという。
声の心配だけでは無さそうだ。


「何だか自信無さげだね、寂しそうというか」
 「実はね、別れたばかりなの・・・」

「旦那さん?」
 「違う、もう一人いたの。若い男の子が・・・」

「不倫、ですか?」
 「(笑)・・・でもすごく満たされていたものが抜け落ちて・・・」



<以下次号>








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