華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜 | ||
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2002年09月05日(木) 過ぎし夏のmemories。 『衝動』 |
<前号より続く> 「だって、トラウマって逃げてるだけじゃ解決しないもんな」 「私、弱いよ。ダメだって」 「でも試行錯誤してでも、そのトラウマに立ち向かっているじゃんか」 「私・・・もがき苦しんでいるだけ。前へ進めないの」 人間は自分の「過去」というどうしようもない呪縛に囚われることがある。 大抵の人間はただ封印したり、割り切ったり・・・と過去から逃げようとする。 しかし当人の心の奥にヘドロのようにべったりこびり付くトラウマからは、 どのような手段を持っても、決して逃げ切れるものではない。 時には自ら「過去」を実力で断ち切る、勇気と行動が必要になる。 大抵の人間は頭で分かっていても、つい逃げ腰になる。 『人間は忘れる能力のある動物である』と言った識者がいる。 人間が忘れるような事は、実はその場となってはどうでもいい事ばかり。 本当に忘れなければならない、忘れた方が良いトラウマや記憶は決して消えない。 特に他者から深く刻み込まれた恐怖や不信感、嫌悪感や悲しみなどは。 『過去』は忘れるものではなく、乗り越えるもの。 誰もがその方法が見えずに、皆もがき苦しみ、逃げ回る。 無責任なインテリが吐いた格言など、俺は大嫌いだ。 自らの過去に追われ、些細な欲望におぼれ、 自分に克つことさえもままならない。 人間というのは脆く弱い動物である。 藤崎の酒好き、格闘技好き、風俗やAVへの興味・・・ アルコールで自らの弱った心を鼓舞し、勇気付ける。 画面に移るプロレスラーの勇姿に、自分のトラウマとの闘いを見出す。 AVや風俗を見つめる事で、彼女が最も心を痛めた「男の性」と対峙する。 彼女の深奥にある点と点が、俺の中で線として結ばれていく気がする。 「藤崎・・・その話がさ、今度は笑い話で話せるようになるといいな」 「・・・」 きっとそんな過去の話が笑って話せるようになれば、 彼女の『過去』からの呪縛が断ち切れたことになるだろう。 「あははは、何か、酔っ払っちゃったかも・・・」 藤崎は安心したのか、糸を垂らしたあやつり人形のように脱力し、 その場で後ろに倒れて床の上に寝そべった。 「平良ぁ、このまま寝かせてよぉ・・・」 「ダメだって、風邪引くだろう」 俺は部屋の押入れを開け、タオルケットを引っ張り出し、藤崎に掛けた。 いくら室内でも半袖のブラウスとスカートでは身体が冷えると思った。 無防備に寝息を立てる藤崎を尻目に、俺は後片付け。 そして布団を引き、藤崎を寝かせた。 六畳一間の狭い部屋だ。俺は藤崎の布団の横で雑魚寝をする。 「・・・何そんなとこで寝てるの?」 「起きてたのか・・・俺だって男だぞ、いくら藤崎でも・・・」 いくら藤崎でも、一緒に寝れば俺の「男としての欲望」が押さえきれなくなる。 「布団においでよ」 「だからダメだって・・・」 「じゃ、私が出るもん」 起きていた様子の藤崎は、そう言うと布団から横に転がり、出ようとする。 「分かった、寝てろよ」 俺はちょっぴりの動揺を押さえて、藤崎と同じ布団に入った。 彼女の肌の温もりが俺の肌に染み入るようで心地良い。 「平良・・・ありがとう」 藤崎は俺の首に腕を廻し、抱きついてきた。 決してチョーク攻撃ではない、柔らかい抱擁だった。 「なぜお礼なんか?」 「私・・・自分が不安だった・・・」 髪形を変え、服装を変え、格闘技に没頭し、酒を飲む・・・ それ以外も含めてのトラウマを断ち切るための一連の行動も、 実は無意味なのでは、と不安で一杯だった。 何も変われない自分自身を見て、自分は無能なのかと絶望しかけていた。 彼からも昔の方が良かったよ、と言われたという。 しかし変身した経緯とその理由は言えない。 その彼と過去の先輩は知人同士でもある。 安心したのだろう。 少しでも睡眠を取る為に、俺は部屋の電気を消した。 そして先程と同様に藤崎を抱きすくめる。 交流会での飲み会では、決して感じることのなかった気持ち。 いつしか俺は眠りに落ちた。 近所を走る新聞配達のバイクの音で目が覚めた。 ほんの1〜2時間の睡眠。 先程と同じ格好で寝息を立てる、藤崎の髪をそっと撫でる。 そして手串で髪を掻き上げた。 手入れの行き届いた髪は、何の引っかかりもなく指の間からサラサラとこぼれる。 俺の腕の中にある藤崎の顔と俺との距離は、ほんの20センチ足らず。 俺は藤崎に口付けしたい衝動に駆られた。 しかし20センチ足らずの距離の克服に、何度も躊躇してしまう。 下手すると、今までの関係が水の泡となるから。 俺も過去に恋愛感情のこじれともつれから、 異性の友人やその関係の友達を失った苦い経験がある。 人間とは・・・特に男とは、本当に弱い生き物だ。 過去の教訓も、湧き立つ欲望を押さえる歯止めにはならない。 考えてみれば、俺にとっても・・・ 過去のトラウマと対峙し、乗り越えるきっかけになったのかもしれない。 藤崎をぎゅうっとさらに抱き締める。 腕の中の藤崎と俺の距離は、数センチ。 俺の早鐘のような鼓動が、聞こえて伝わるのではないか・・・ それほど早く、激しく脈打つ。 <以下次号> |
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