華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2002年09月04日(水)

過ぎし夏のmemories。 『表情』


<前号より続く>


深く濃い青の空にそびえる、白い雲。
その空の天井と同じ高さに浮かぶ、鰯雲。

攻撃的な夏の日差しも、夕暮れになれば心地良い北風が舞い込む。


三次元の夏空と、二次元の秋空が重なり合う。
夏と秋が出逢い、溶け合い、やがて別れ行く。

そんな季節になった。



大学の夏休みというのは、本当に長い。
俺の通う大学も、9月半ばまで夏休みで休講だった。


盆明けのゼミ合宿から帰ってきた、9月はじめの事。
藤崎から久しぶりに電話があった。


 「平良?久しぶり!」
「ああ、お久しぶり。無事生きてたか?」

 「私は実家だからね。平良みたいに寂しい一人暮らしじゃないから」
「放っといてくれっ」


話は他愛も無いもの。数十分経った頃だ。

 「また飲みに行こうよ、ちょっと発散したいし(笑)」
「ああ、いいよ。何時が都合いい?」

 「う〜んとね・・・3日後の火曜日」



藤崎と会う約束をした、3日後の火曜日。
前回と同じように待ち合わせし、前回とは違う店へ向かう。

藤崎は肩まで髪が伸び、さらに女性らしくなった。


乾杯の後、酒が進んできた時に、藤崎はカバンの中から手帳を出した。


 「今日は平良に、私が女だっちゅう証拠を見せようと思ってね」

その手帳は、彼女が高校生の時の生徒手帳だった。

 「見てみぃ」


手帳の表紙裏に貼ってあった写真は、高校3年生だった頃の藤崎。
現在の彼女とは違い、ロングの髪で可愛く写っている。

今の彼と付き合いだした頃の藤崎は素直に可愛かった。

さらにカバンから出してきた数枚の写真には、クラスでの放課中のひとコマ。
無邪気な友人達のピースサインに楽しげな雰囲気が伝わる。

しかしどの写真も藤崎の少々表情が暗い気がする。


「何か、藤崎の表情暗いなぁ」
 「分かる?・・・この頃って、何だか素直に笑えなかったんだよね」



今まで俺が抱いていた藤崎のイメージとは明らかに違う一面を垣間見る。


「何か、色んな悩み事があったんだ」
 「そういう深刻・・・なものでもないかな」


そう否定してはみるが、思い出したのだろう、表情が一気に曇る。


この真相はのちに彼女の口から断片的に語ってくれた。


藤崎は当時付き合っていた先輩と高校2年の冬に初めて結ばれた。

そして何度目かのSexの時。
調子に乗る先輩に、避妊具無しで中に射精された。


その後生理が遅れた彼女は妊娠かと疑い、精神的に落ち込む。
男と違って女性には妊娠をはじめ、様々なリスクが生じる。

親にも学校の先生にも、友達にさえも話せない悩みが重く圧し掛かる。

妊娠、中絶、手術費用、学校中退・・・彼女の脳裏には様々な言葉が飛び交う。
とても高校生活を満喫できる状態ではない。


その事を先輩に話したところ、責任を取り切れないと感じたのか、
その男はおかしな理由や因縁を付けて一方的に去っていった。


そうして彼女は誰にもこの事を打ち明ける事が出来ず、
自分一人で全てを抱え込み、憂鬱な時間を過ごしていた。

表情の暗い一連の写真は、この時期に撮られたものらしい。
無理に平静を装う藤崎の表情は、どこか痛々しい。


結局、生理不順により遅れただけで妊娠に至らずに済んだのだが、
先輩の心無い振る舞いなどで受けた恐怖感と男性への不信感は相当強く残っていた。

それからしばらくして告白して来た別の男と新しく付き合うようになる。
それが今の彼だ。


藤崎に優しく接し、献身的な態度をとる彼のことは大切に思っているのだが、
過去のトラウマから抜け出せず、男という性を信頼できずに今に至る。


藤崎の意外な過去の告白に、俺はいつものように茶化さずに黙って聞いていた。


 「優しいし、いい奴なんだけど。ダメだね・・・どうしても・・・」

どうしても、の続きの言葉は出てこなかった。
何が言いたかったのかはわかっているつもりだが。


「藤崎、店変えようか」
 「いいよ」

湿っぽい話が続いていたので、気分を一新したいと思い店を変えようと思った。


「どこ行こうか?」
 「私ね、平良の部屋に行ってみたい」

「俺の部屋?いいけど・・・」
 「そこで飲みなおそう!」

「それはいいけど、終電は?」
 「いいよ、明日の朝まで飲んでれば」

どうせ学校もバイトもないし、と笑う藤崎の横顔は幾分か安心している様子だ。
俺は次の日はバイトがあるのだが。


近所の酒屋を兼ねたコンビニで酒と肴を買い込み、俺の部屋へ連れて行く。
たまたま掃除したばかりで綺麗にしていたのが幸いした。

俺は藤崎を招き入れ、冷蔵庫を開けて準備をしていた時。


 「平良ぁ!これ見るよぉ!」

俺が部屋を覗くと、藤崎は俺が隠し損ねたレンタルAVを手に持っていた。
たまたま観た後、デッキの脇に放ったらかしにしておいたものだった。

ほんの数秒の片付けをサボったことを後悔した。


缶ビールや水割で唇を濡らし、肴をつまみつつ、藤崎とAV鑑賞。

 「すごいねぇ、この体位!私やったことないなぁ・・・」
 「ちょっと、この声派手過ぎない?」
 「演技下手だなぁ、この子」
 「思ったよりもつまんないなぁ」

口うるさい姑のように事細かく揚げ足を取る藤崎を尻目に、気まずさに黙る俺。


一通り見終わって、ようやく落ち付いた飲み会になる。
テレビに向かって二人並んでいたが、位置も変わらずそのまま飲み続けた。

 「彼とは見ないんだ、AVは」
「なぜ?一緒に見て試せばいいじゃん」

 「だって、恥ずかしいじゃん!」


明るい話をしようと心がけるも、会話は自然と過去のトラウマに関する方向へ。

藤崎は俺に過去を清算するように、一つ一つの出来事や当時の感情を吐露する。


大学に入って髪形を変えたのも、過去のトラウマを断ち切るためだという。
それまでスカートしか穿かなかったのにジーンズにしたのも。
高校時代の思い出の品だって多数捨てたそうだ。


全てはあの頃の鬱な自分を殺し、生まれ変わるため。


「藤崎・・・」
 「うん?」

「強いな。頑張ってるな」
 「え?何が?」

彼女は自分の思いとは違う俺の言葉に、思わず耳を疑い、聞き直す。



<以下次号>








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