華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2002年05月16日(木)

タマノコシ。 後編


<前号の続き>


店に帰り、もう一度入店の手続きをした。
客はやはり俺1人。


またしばらく待たされる。
店内放送がまた流れ、オークション開始を告げた。

医者の嫁の源氏名は由紀(仮名)だとみゆから聞いた。
由紀だと、即落札だ。



画面に女性とそのプロフィールが映った。
「由紀 27歳 OL」


映ったのは、あの『医者の嫁』といわれる由紀だった。
しかしプロフィールにはOLとなっている。
年齢詐称は業界の常としても。


俺は実験にうって出た。
落札するには、ある程度の金額を書かなければならないらしい。
平均で4〜6千円という。
俺は幸運にも平均以下で全て落札したことになる。

女性にも実は拒否権があり、乱暴そうな雰囲気の客や、
あまりに小額の入札なら断ってくるそうだ。


俺は「2000円」と書き込んだ。
店の張り紙には「2000円で落札したのは過去1人のみ」と書いてある。
だったら本当に2000円で落札できるのか・・・

だめなら、もう少し上乗せして交渉するつもりで店員に出した。
戸惑いつつもフロントへ持ち帰る店員。



数分後、「落札」の返事が来た。

さらに数分後。エレベーター前で待つ俺のもとに現れた実物の由紀は色白で細身、
そして何より上品さを感じる美人だった。



もう食事は終えていたので、喫茶店で一時間過ごす事にした。


住吉町近辺のコメ○珈琲店に由紀を連れて入る。

店の奥のテーブルに着き、アイスコーヒーを2つ注文した。
堅い雰囲気の由紀は未だあまり話し掛けてこない。


先ほどみゆから聞いた由紀の話と、本人のプロフィールが違う。
その店では、経歴に『主婦』と堂々と掲げて落札されるのを待つ猛者もいるらしい。
アピールする者、求める者もいる限り、人妻もブランドなのだ。


俺は何も知らない振りをして、彼女の話を聞き出す事にした。


「OLさんなんですか」
 「はい」

「すごく上品そうなんで驚きました。本当は違うお仕事なんじゃないですか?」
 「いいえ、普通のOLです」

「今日のファッション、結構決まってますねぇ。ブランドでしょ?」
 「ごく普通の服ですよ」

「今、彼はいるんですか?」
 「いいえ、いないです」

「落ち着いているんで、最初主婦の方だと思っていました」
 「まだ独身です」

「ご趣味は何ですか?」
 「絵画鑑賞と音楽です。ロック系が好きです」

「今、一人暮らしですか?」
 「実家で暮らしています」


何とか由紀の尻尾を掴もうと誘導尋問的な質問もぶつけたが、顔色も変えずに
全てかわされた。
みゆの話のほうが作り話かと思うくらいに。


俺は質問を続けた。

「よくこのクラブを利用するのですか?(表向き女性は自由に集う形式)」
 「最近ですね。今日で4回目です」

「どうでした?出逢った男性は?」
 「素敵な方ばかりでした」

「その中で、由紀さんを口説いてくる男性。いたでしょう?」
 「いませんねぇ」

「僕が口説いてもいいですか?」
 「(頬を緩めて)良いんですか?私なんかで」


やはり正体を表さない。
落札金額から糸を手繰る作戦に変えた。

「本当に申し訳なかったんですけど・・・2000円で由紀さんを落札しちゃって」
 「私、お金が目的で来ているんじゃないんです」

「でも金額って、気になりません?過去の男性とも比べても、他の女の子と比べても」
 「大丈夫ですよ。本当にお金じゃないんです」

「じゃ、変なこと聞いちゃって悪いけど・・・なぜここに来られるんですか?」
 「私、人と話すのが好きなんです」


俺の瞳をじっと見つめて、由紀は真摯に話す。
ここまで完璧に答えられると、もう突き崩す手段が無い。
この女の本音を探りたいばかりに落札したのだが・・・


しかし俺は見逃さなかった。

俺と由紀を見て、店員達がカウンターで嘲笑している事を。


由紀はこの近辺では有名なのだろう。
一時間ばかりのデートでは遠出するわけにも、ホテルに誘うわけにも行かず、
大抵喫茶店か居酒屋で話すのみで終ってしまう。

毎晩違う男と何度もこの店に来ていてもおかしくはない。
それなら店員も由紀の顔を覚えるだろう。


やけに店員が近所のテーブルを拭きに来る。
やけに店員が水を入れにテーブルに来る。
やけに店員が俺たちを遠目で見ている。こそこそ話してクスクス笑っている。
他に客のいない、遅い時間帯。



由紀は何のために毎晩違う男と、デートを勤めるのだろうか?
少なくとも、金銭的に不安はなさそうだ。

5,000円前後が相場のオークションに参加する中で、
たった2,000円で納得したのだから。


由紀の白いソフトスーツ。
仕立てが良いのが素人目に見ても分かる。

きちんと手入れされたたおやかな黒茶の髪。
高級なブランドのバッグ・・・


一時間のデート権だったが、時間はまだ40分しか経っていなかった。
さすがにもう話すネタもない。

由紀は何も自分から話してこない。
俺の質問やネタに、絶対に素性がばれないように答える当意即妙な頭脳。


「せっかくなんだけど・・・明日早いんで、今日はこのくらいでいいかな?」


降参だ。
俺はデートを切り上げ、店を出た。


「今夜はどうされますか?」
 「このまま帰ります」

「車なの?」
 「いえ、地下鉄で」

「じゃ、駅まで送りますよ」
 「結構です、ここで」


相変わらずな一問一答。

横断歩道脇で話していると、乱暴な車が飛び出してきた。
俺がその車に驚き思わず悲鳴を上げると、由紀は初めて声をあげて笑った。


「これで今度逢った時は、もっと打ち解けて話せるね」
 「私、あんまりお店にいないかも知れないですけど・・・」

「そうか、何時居るか分からないんだね・・・」
 「でも、次の機会があったら宜しくお願いしますね」


由紀は決して感じの悪い人ではない。
目がなくなる笑顔はさらに由紀の魅力が引きだされる。

由紀は地下鉄駅の方面へ、俺は駐車場へと分かれた。



駐車場に戻り、車内へ乗り込む。
携帯電話にメールが入っていた。
遅ればせながら返事を打とうと、シートを倒して携帯をいじる。


数分後、メールの返事を出してシートを起こした。


顔を上げた瞬間・・・
フロントガラスの向こう側に、俺は見つけた。

いや、見てしまった。

こちらに独りで歩いてくる女性がいる。


その人は、赤いサングラスを掛けた由紀だった。

駐車場はその店の通りに面している。由紀はその脇を歩いていく。
由紀は車内の俺に気付いていない様子だ。


由紀は帰るふりをして、遠回りをして店に帰ってきたのだ。

周囲を気にしながら、ビルに入り、エレベーターに乗り込む。
そこのビルのエレベーターはガラス張りなので、外からも様子が見える。


由紀1人を乗せたゴンドラは、店のある3階に止まった。
そして人影の無くなったゴンドラは、無人のまま下に降りて行った。


時計はすでに11時前。
彼女はあくまで、店の閉店時間まで待機するつもりだろう。



俺は、みゆの話が真実だったと悟った。



由紀は「お金が目的じゃない」と強調していた。
では、何が自分の時間を犠牲にして、こんなクラブに入り浸らせているのだろうか。


何の苦労もしなくてもいいはずの生活なのに、何が彼女を駆り立てているのだろう。

寂しさを紛らわせるには、あまりに実りの少ない方法だ。
旦那はそんな愛妻の現実を知った時、一体どう思うのだろうか。


どうにも切ない気分で駐車場を出た俺は、
帰宅途中のコンビニで店の会員証をビニール袋に包めて捨てた。


その由紀が次は誰に買われていったのか。

今となっては、もう知る由もない。



☆長文駄文にも関わらず、ご愛読大変感謝します。
 今後の励みに、My追加&投票を宜しくお願いします。


備考・・・20020921  加筆修正


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