2009年07月04日(土)  整骨院のウキちゃん8 ノオッ!プリーズ!サンキュー!編

今井雅子日記の隠れた人気連載「整骨院のウキちゃん」、このところウキちゃんがかなり人間の掟を学習してしまってカルチャーショックを受ける機会が減ったせいでお休みしていたが、相変わらず整骨院通いは続いている。娘のたまを保育園へ迎えに行った帰りに子連れで寄ることが多く、先日、ウキちゃんがたまの診察券を作ってくれた。たまがいつも背伸びをしてわたしの診察券を箱に入れたがるのを見て、気をきかせてくれたらしい。

たまは大好きなウキちゃんに会いたくて、喜んでついてくるが、わたしは院長と助手のウキちゃんの掛け合い、さらに患者の皆さんを交えた会話を楽しみに通っている。ウキちゃんがダイエット話をしていると、「ウキちゃん、腰に浮き輪ついてるんです」と口をはさむ院長は、口が減らない患者さんに「ウキちゃん、口にテーピングしといて」と軽口で命じる。長屋のようなにぎやかなおしゃべりをうつぶせで聞きながら、肩凝りのついでに頭の凝りもほぐしてもらっている。

「頭の中のレコーダーを回せ」というタイトルで先日提出した「月刊ドラマ」8月号掲載の「セリフと寄稿」の原稿に、「会社を辞めてフリーになった今は、電車やカフェで過ごす時間がめっきり減ったが、整骨院で肩こりをほぐされながらテープを回す。うつぶせで施術されているので、台詞から人物を想像する練習になっている」と書いた。字数の関係でこのくだりを削ることになってしまったが、今のわたしにとって整骨院は格好の台詞収集の場。今日、隣のベッドで舌好調だった患者氏と院長のやりとりが、最高におかしかった。

患者「雷門のバス停に行ったらよ、外人のでかい女が、三人かけられるベンチを横向きで二人で占領してたんだよ。それで俺がノオッ!って言ってやったんだ」
院長「外人さん相手に、ビシッと言ったんですか」
患者「だって詰めりゃもう一人座れるんだよ。ベンチの横にいたんだよ。びっこのばあさんが」
患者「びっこは放送禁止用語ですけど」
患者「とにかくよ、かわいそうじゃない。それでノオッ!って言って外人さんどかして、プリーズ、サンキューって座ってもらったんだよ」
院長「ちょっと待ってください。そのおばあさん、日本人ですよね」
患者「ああ、そうだよ」
院長「だけど、プリーズ、サンキューですか」
患者「そうだよ」
院長「その外人さんもびっくりしたでしょうね。雷門に行ったら雷オヤジがいて」
患者「近頃はみんなガツンと言わないだろ。一人ぐらいうるさいのがいねえと」

隣のベッドでうつぶせになって笑いをかみ殺しながら、おいくつぐらいの方なんだろうと想像する。声の調子や言葉遣いからは高齢だと思われるが、やたらと他人を年寄り扱いするので、実は若いのだろうかと予想が揺れる。患者氏は雷門バス停のおばあさんの話を続けて、

患者「今日は4がつくババアの日だから、でかけてたんだな」
院長「ババアの日って……巣鴨の4の日のことですか」
患者「4の日はババアが多くて、バスなんか大変なことになってるよ。こないだも急ブレーキかけたら、杖ついて立ってたばあさんが腰でスピンして飛んできたからな。運転手に言ってやろうかと思ってよ。バスの前んとこに『4の日』って貼っとけって」

とバスの運転手をしかった後、話題は公園での健康体操に移った。

患者「公園でばあさんたちが体操してんだよ。人よりちょっとでも長生きしようと思ってさ、いじらしいじゃない」
院長「でもそのひとたち、年下なんですよね?」
患者「戸籍抄本とったわけじゃねえけど、八十過ぎてるってことはないだろ」

それを聞いて、隣の患者氏が八十を超えていることがわかった。

患者「俺は無駄なおしゃべりしてるヤツを見ると、注意するんだよ。口の体操はよそでやってくれって」
院長「口の体操……うまいこと言いますねえ」
患者「体操するときは、集中しろってんだよ。いじらしくやってるばあさんの横で、老いらくの恋だかなんだか知らねえけど、毎日しつこくしゃべりかけて邪魔している野郎がいるから、昨日注意してやったんだ。いい加減にしろって」
院長「話しかけられて困ってるって相談されてたんですか?」
患者「いいや」
院長「じゃあ、もしかしたら、その人、おばあさんのお知り合いだったかもしれないじゃないですか」
患者「知らねえよ、そんなこと。でも、今日はそいつ、現れなかった」

いいなあ、この怖い者知らずな独走ぶり。こんな威勢のいい80代を脚本に書いてみたい。「明日は休みか? 行ってらっしゃい」と院長とウキちゃんに威勢良く告げ、患者氏は風を切って出て行った。「いつ来たら、さっきの人に会えるんですか?」と思わずウキちゃんに聞いてしまった。

「整骨院のウキちゃん」バックナンバーはこちら。
2007年11月06日(火)  整骨院のウキちゃん1 伝説の女編
2008年01月08日(火)  整骨院のウキちゃん2 首都得意なんです編
2008年02月08日(金)  整骨院のウキちゃん3 となりのトトロ編
2008年02月20日(水)  整骨院のウキちゃん4 「ティ」ってどうやって打つの?編
2008年03月19日(水)  整骨院のウキちゃん5 東京の首都は?編
整2008年03月24日(月)  整骨院のウキちゃん6 ナターシャは白いごはんが大好き編
2008年06月25日(水)  整骨院のウキちゃん7 赤道ぐらい知ってますよ編
【お知らせ】『ぼくママ』ノベライズ予約受付開始

ノベライズ版『ぼくとママの黄色い自転車』(小学館文庫)が完成し、見本誌が到着。新堂冬樹さんの原作『僕の行く道』の映画化脚本(今井雅子)を藤田杏一さんがノベライズ。間もなく書店に並ぶ模様。ぜひご予約を。原作(文庫版が出て売れ行き好調だそう)と読み比べるのも、「ここが変わったのか」の発見があって面白いです。

2008年07月04日(金)  マタニティオレンジ308 パパのせつない片想い
2007年07月04日(水)  肉じゃがと「お〜いお茶」とヘップバーン
2006年07月04日(火)  2年ぶりのお財布交代
2005年07月04日(月)  今井雅之さんの『The Winds of God〜零のかなたへ〜』
2003年07月04日(金)  ピザハット漫才「ハーブリッチと三種のトマト」
2002年07月04日(木)  わたしがオバサンになった日
2000年07月04日(火)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/28)

<<<前の日記  次の日記>>>