2009年04月02日(木)  御伽話な法螺話が気持ちいい『フィッシュストーリー』

伊坂幸太郎原作×中村義洋監督作品第2弾『フィッシュストーリー』を観る。前作『アヒルと鴨のコインロッカー』を気に入った伊坂氏から中村監督に映画化をお願いしたのだとか。伊坂幸太郎作品はわたしもいくつか読んでいるけれど、一読者として心底楽しみながら、一制作者として「映像化は難しそうだなあ」といつも感じる。だから、前作で原作者を唸らせ、次につなげた中村監督の力量にわたしも唸ってしまう(脚本は前作が中村監督と鈴木謙一さん、今作が林民夫さん)。『チーム・バチスタの栄光』に続いて公開中の『ジェネラル・ルージュの凱旋』も海堂尊原作2連発。

中村義洋監督がデビュー作『ローカルニュース』をひっさげて函館山ロープウェイ映画祭(翌年から函館港イルミナシオン映画祭に改名)に現れたとき、わたしは初めてシナリオの賞をもらい、授賞式のために映画祭に参加していた。『ローカルニュース』の設定のバカバカしさと登場人物の愛らしさに「こういうのも映画なのか」と驚き、同じ1970年生まれの監督がその後脚本家としても活躍するのをひそかに眺めていたのだけど、ここ数年はとくに注目作が続き、ますます目が離せない監督になった。

そんな中村義洋監督の最新作に朝ドラ「つばさ」でご一緒している多部未華子さんが出演とあって、これは観ねばと池袋シネ・リーブルへ向かったのだった。ちょうど連載エッセイ「出張いまいまさこカフェ」11杯目が載ったbuku(池袋シネマ振興会のフリーペーパー)が3月下旬に出たばかり。表紙は多部さんで、『フィッシュストーリー』のインタビューと出張いまいカフェを続きで読める。


さて、期待十分の作品の中身は……。原作はまだ読んでいなくて、あらすじの情報はチラシだけ。早過ぎたパンクバンド「逆鱗」の最後のレコーディング曲(1975年)が時代を超えて誰かの人生に影響を与え、最後は2012年の地球滅亡の危機を救うという壮大なストーリー。』時代がどんどん飛ぶということで、ついていけるかしらと不安になったが、一度も混乱することなく物語に入っていけた。

忘れられた「逆鱗」の最後の曲『フィッシュストーリー』は、無音の間奏部分に女性の悲鳴が聞こえるという噂とともに呪いマニアの間で生き残るが、消された間奏部分には元々何が入っていたのか? 意味不明とも哲学的とも取れる『フィッシュストーリー』の歌詞の出典は? 歌に影響を受けた大学生は、合コンで出会った霊感の強い女子大生の予言通り人類滅亡の危機を救う人物となれたのか? 冒頭から何度か出て来る「正義の味方ゴレンジャー」の意味するものは?……それまでの約100分でちりばめられた数々の謎や伏線のパズルのピースが一気につながるラストが実に気持ちいい。

多部さん演じる「眠りこけてフェリーを下り損ねた名門私学理数系の修学旅行生」の伏線も見事に回収され、人類滅亡の絶望が晴れるのと観客の頭の中の疑問符が吹き払われるタイミングがうまく合って、目の前がすっきりと開けたような爽快感。それは伊坂幸太郎作品の読後感によく似ていて、ラストは原作とは変えているらしいけれど、作品の持つ空気の映像化に成功していると感じた。

見逃せないのは、作品で重要な役割を演じる音楽の説得力。『フィッシュストーリー』が力のある曲でなかったら、「誰かの人生を動かす埋もれた名曲」であることが嘘っぽくなってしまう。伊坂氏が多大な影響を受け、強い絆で結ばれているという斎藤和義氏の音楽がなければ、この映画は成立しなかったと思う。劇中で何度聴かされてもしつこさを感じさせず、むしろ病み付きにさせる旋律と歌詞(伊坂氏との共同作詞のよう)。加えてボーカル役の高良健吾さんの声に哀しみと色気があって、ゾクゾクした。

タイトルのフィッシュストーリーとは、法螺話のこと。「逃した魚はでかかった」と釣り人の話は大きくなりがち、というのが語源らしい。その連想もあって、ティム・バートン監督の『ビッグフィッシュ』を観終えたときの何ともいえない幸せな気持ちも思い出した。自分たちの曲はきっと売れないとわかりつつも、もしかしたら誰かの心に届いて、その人生を変えて、何年か後に人類を救うかもしれない。そんな法螺話のような未来を語るバンドメンバーが愛おしい。その「ありえない未来」が映画という嘘の中でかなったとき、人生バンザイな気持ちになった。めぐりめぐって、まわりまわって、何が起こるかわからない。だから、人生はやめられないし、明日が今日より楽しみになる。彗星が地球に衝突する直前の地球を舞台に、法螺話で御伽話をこしらえてしまう伊坂幸太郎氏にもあらためて感心した。

ところで、彗星が地球にぶつかって人類滅亡の危機といえば、わたしが一晩に二度読むほど惚れた『終末のフール』を連想させる。調べてみると、原作『フィッシュストーリー』は、後に単行本『終末のフール』に納められる連作短編を小説すばるに連載していた終盤、「演劇のオール」(2005年8月号)と「深海のポール」(2005年11月号)の間、2005年10月号の小説新潮に掲載されている。単行本『フィッシュストーリー』には他に4編が所収されているから、原作は短編らしい。ぜひ近いうちに読まなくては。『終末のフール』も中村義洋監督なら映像化できるかも。

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