「ちひろって名前もね、パパとママがいちばんいいと思ってつけたんだから」
自転車がわたしの脇を通り抜けた一瞬、聞き取れたのはその台詞だけだった。5才ぐらいの女の子を乗せたママチャリが去って行くのが見えた。言葉が途切れがちに聞こえたのは、ペダルを漕ぎながらだったからだ。母親の言葉の前に、女の子は何と言ったのだろう。その答えになるような母親の言葉に、女の子は何と反応したのだろう。「ねえママ、どうしてあたし、ちひろって名前なの? 同じ組のちひろ君と同じで、けっこんしたら同せい同名だってみんなからかうんだよ」とすねて見せたのを母親が諭したのか、「あの犬、タマって変な名前だね。ネコみたい」と笑ったのを母親がたしなめたのか。台詞の前後に思いを馳せると、それを口にした人物の人となり(キャラクター)が見えてくる。「生きた人物」が発した「生きた台詞」を手がかりに前後のやりとりを考えてみるのは、「生きたキャラクター」作りのいい練習になる。それをシーンとして書き起こす余力があれば、なおいい。
わたしの場合、夢想癖のある子ども時代から想像スイッチが入りやすい体質ではあったけれど、「人の台詞」を聞き取ることを意識するようになったのは、「頭のテープレコーダーを回せ」(この表現に時代を感じる。今ならICレコーダーかも)とコピーライターの先輩に言われてから。そして、その台詞の背景(どんな人がどんな気持ちで言ったのか)に思いを馳せ、台詞の前後を想像するクセがついたのは、脚本を書き始めてからのように思う。
以前、ある売れっ子CMプランナーが創作の極意を聞かれて、「とくに何もしてませんが、感情を突き詰めて考えるようにしてます」といったことを語っているインタビュー記事を読んだことがあった。悔しいとき、悲しいとき、うれしいとき、面白いと思ったとき、なんでそんな気持ちになったのかを突き詰めて考える。泣いている人、怒っている人を見たら、何があったのか想像してみる。なぜ人は心を動かされるかが見えてくると、15秒、30秒という短い時間で人の心を動かすCMにつながる……。記事を読んだ当時はピンと来なかったのだけど、脚本と広告の二足のわらじを履くようになってからコピーを書きやすくなったのは、「台詞の背景」を掘り下げるという脚本作りでの作業が反映されたから。そこからの逆算でいえば、心を動かされるCMにはドラマの核があるわけで、そこからストーリーを膨らませるという勉強法も考えられる。今受けてるCMの台詞の前後を考える修行を積めば、今の時代感覚も自然と身につくかもしれない。
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