仕事で行けなくなった友人T嬢の代わりに、上野の東京文化会館で英国ロイヤル・バレエ団『眠れる森の美女』を観る。舞台正面4階席の1列目。オケピも見渡せて、隊形(というのだろうか)の変化もよくわかる。T嬢との共通の友人であり、バレエ公演で何度か顔を合わせているカヨちゃんとお姉さん(いまいまさこカフェ日記の愛読者)と並びの席で、バレエに詳しい二人に解説してもらいながら観る。「ロイヤルバレエ団は世界三大バレエ団のひとつって言われてて、クマテツがいたとこ」とカヨちゃん。「今日はクマテツは出ない?」「今はいないからね」
バレエを観るたび、動く絵画のようだと思う。幕が開き、静止していた人物たちが動き出す瞬間、絵に生命が吹き込まれたようで胸が高鳴る。ロイヤル・バレエ団の衣装は草木染めのような渋い色合いで、和菓子を思わせる。プロローグが終わった休憩のときにカヨちゃんにその話をして、「でも、洋物だからマカロンかな」と言うと、「マカロンはパリオペだね」と言われて納得。たしか『パキータ』を観たのがパリ・オペラ座公演だった気がするが、おいしそうな色があふれて、砂糖菓子のようだと思った。
予備知識のありなしで理解度は大違い。「いちばん拍手もらってた紫の人がオーロラ姫?」とカヨちゃんに聞いたら、「今のは、オーロラ姫が生まれたお祝いに妖精たちがかけつけてた場面。紫の人は、妖精頭みたいなもの」とのこと。眠れる森の美女ってどんな話だったか……糸車が出てくる話だったっけ。プロローグの最後で魔女のような人が出てきて王を激怒させたのは、「この子が16歳になったら呪いがかかる」と不吉なお告げをされたから……ということは、入口でもらった別な『眠れる〜』公演のチラシで知った。
「空席が目立つのはコジョカルが出ないからかな」とカヨちゃんとお姉さん。オーロラ姫役を予定していたアリーナ・コジョカルが首の故障のため来日を断念。バレエに疎いわたしでさえ名前に覚えがあるので、彼女目当てでチケットを買ったファンは多かったはず。休憩が開けて第一幕、今日の代役に抜擢されたロベルタ・マルケスのオーロラ姫が登場。後ろの席の女性二人が文句をヒソヒソ。わたしが見ても、ヒロインの華がなく、「小さい」という印象。舞台の大きさに飲み込まれそうだ。16才という設定だからいいのか、いや、きっとよくない。第一幕の後の休憩はこの話で持ちきりで、「手足が伸びてない」「リフトの位置が悪い」「安心して観てられない」と通な観客たちの手厳しい意見がロビーを飛び交った。「オペラグラスで見たらね、オーロラ、すごい汗かいてたの。すっごく緊張して、強ばっちゃってるんだよ」とカヨちゃん。
そして第2幕、フロリムント王子と夢で戯れるオーロラ姫からは固さがずいぶん抜け、眠りから覚めた第3幕では、これがあのオーロラ姫?と見違えるほど手足がよく伸び、大きく見えた。彼方の4階席からでも表情がやわらかくなったのが感じられるほど。オーロラ姫の成長を見届けて安堵した観客からは心からのあたたかな拍手と「ブラボー!」の賞賛が贈られた。今日が公演最終日ということで、カーテンコールには「SAYONARA」の幕とともに色とりどりのリボンが下がり、有終の美が飾られた。
「オーロラ、どんどんかわいくなったね」とカヨちゃん。「呪いが解けて恋をした変化と考えれば、役作り成功?」「よく眠れて、緊張がほどけたのかもね」などと話す。今後「ロベルタ・マルケス」の名を見つけたら、今日のことを思い出して親近感を抱いてしまいそう。彼女が代役を務めたのは今日が初めてだったのかどうかわからないけれど、昨日は違うオーロラ姫と王子の組み合わせだったらしい。王子は頭髪が薄かったので、上階から見下ろす観客たちは感情移入し辛かったとのこと。以前イギリスで観た『美女と野獣』の野獣の魔法が解けた王子が現れた瞬間、「野獣のままのほうがよかった!」とがっかりしたのを思い出す。イギリス人は日本人ほど頭髪を気にしないのかもしれない。
カヨちゃんとお姉さん、お二人のバレエ教室仲間という初対面のナイトウさんと上野バンブーガーデン二階にある『音音』というお店で、夕食。「今井ちゃんがギエムにサインもらったのってこの店だよね?」などと話していると、隣のテーブルに青い鳥(ジョゼ・マルティン)とフロリナ女王(ラウラ・モレーラ)と思われる二人がやってきた。青い鳥も出演予定だったスティーブン・マックレーがアキレス腱を損傷したため代役だったけれど、堂々たる存在感だったので、「よかったですよー」と日本語で声をかけると、席を立ってお辞儀をしてくれた。
家に帰って調べると、シルヴィ・ギエムに会ったときに観た2005年の『マノン』もロイヤル・バレエ団の公演だった(>>>2005年7月16日の日記 )。バレエ団の名前を失念するぐらいバレエのことはちんぷんかんぷんなのだけど、ロンドンに行かないと観られないすごいものがはるばる上野まで来てくれて、主役交替のハプニングも含めて二度と観られないものを今夜つかまえた、という興奮の余韻はしばらく続きそう。
2007年07月14日(土) マタニティオレンジ146 コンロの火を消した犯人
2002年07月14日(日) 戯曲にしたい「こころ」の話
2000年07月14日(金) 10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)