ダンナの実家で夕食。ダンナ両親、ダンナ妹、ダンナとわたしの大人五人の注目を独り占めして、たまはご機嫌。普段は母一人子一人で食事することが多いので、大勢に囲まれるにぎやかな食卓はわたしもうれしいし、たまも楽しそう。各自が話しかけ、ちょっかいをかけ、だっこし、おんぶし、遊び相手が五倍。笑い声も五倍。わたしは子育て負担率が5分の1になり、ゆっくり食事できて大助かり。
ダンナの実家の食卓は掘りごたつになっていて、床は畳。たまはハンカチ落としのように、五人のまわりをぐるぐる走り回る。必ず反時計回り。そういえば、トラック競技も左回り。「心臓が内側のほうが回りやすいんだよ」とダンナ父。たまも本能的にそれがわかっているんだろうか。
「たまちゃん、通せんぼ」とダンナ母が後ろの壁に手をついて、たまの行く手をふさいだときの、たまの反応が見ものだった。最初は腕を押しのけようとしていたが、「ばあば、ねんねしたら?」と寝かしつけ作戦を入れ知恵すると、「ネンネ」と言いながらダンナ母をたたきはじめた。ばあばが寝たふりした瞬間、「今だ!」「行け!」と野次馬の指令が出ると、あわてふためいて関門突破。また掘りごたつのまわりを一周回ってダンナ母のところに戻ってきて、再び通せんぼを食らうと、今度は自分も壁に手をつき、通せんぼ返し。そして、三回目の通せんぼ。押しても引いても腕が動かないと見るや、たまは四つん這いになり、腕の下をハイハイして通り抜けた。「くぐった!」「かしこい!」と野次馬は大騒ぎ。こんな風に知恵をつけていくんだなあ、と進化の瞬間を目撃した興奮で、掘りごたつの温度は急上昇。道を切り開く力を身につけるには、道に行き詰まることも必要なんだとしみじみ思った。
2007年02月24日(土) マタニティオレンジ82 たま6/12才と応援団
2006年02月24日(金) 金曜日の夜の開放感
2005年02月24日(木) だいたい・キラキラ・インドネシア語
2002年02月24日(日) PPK