2007年10月11日(木)  Sky fish公演 Vol.6『二神(ふたかみ)』

大阪出身でコピーライターを経て脚本家になった、という経歴が似ている川上徹也さんから、「また芝居書きました」と案内が届いた。川上さんの書くものはとても好きだし期待を裏切られることはないのだけれど、今回はメールの行間に「いい作品なので、ぜひ観に来て!」という自信と意気込みがいつも以上にうかがえ、ひさしぶりの川上作品と川上さん本人に会えるのを楽しみに劇場へ向かった。初めて降り立つ有楽町線の「地下鉄赤塚」という駅のすぐ近くのビルの三階にこの秋オープンしたばかりの『Pure Stage』という空間。そこを活動のホームグラウンドに移したSky fishという劇団の第6回公演であり、Pure Stageのこけら落とし公演でもある。

開演前にチラシに目を通すと、主演の千野裕子さんに川上さんが初めて会った帰り道、彼女が巫女姿で裁きを受けている場面が啓示のように閃いたのだという。巫女について調べるうちに、天皇に代わって神に仕える身である伊勢の斎王(いつきのみこ)に行き当たり、斎王であった大伯皇女(おおくめのひめみこ)が千野さんのイメージとひとつになるや物語が迸った。さらに出来上がった脚本を読んだ千野さんは「いつか大伯皇女を演じてみたかった」と言ってのけ、天智・天武時代のオタクであることが発覚したというから神懸かっている。運命に導かれるようにして誕生した作品と知り、いつにも増して期待が高まった。

現代を生き悩む女子高生に、飛鳥時代の大伯皇女の魂が乗り移り(二重人格のような状態)、人物配置が絶妙に二重写しになっている二つの時代を行き来しながら物語は進行する。大伯皇女と一体化した女子高生は、大伯皇女の弟である大津皇子(おおつのみこ)へのあふれる思いを切々と語る。女子厚生には幼くして事故で死んだ弟がおり、その死に彼女は少なからず責任があるらしいことが浮かび上がってくる。

主人公は女子高生(=大伯皇女)なのだけれど、わたしはその母親(大津皇子と皇位継承争いをした草壁皇子の母であり、大伯皇女と大津皇子の養母となった大后と二重写し)に乗っかって観た。かわいがっていた息子には死なれ、権力者である夫は家に寄りつかず、かわいいとは一度も思えない娘との二人暮らしに母親は追い詰められていく。しかも娘は不登校でひきこもり、意味不明の古語を操り「大津」だの「大后」だの口走っている。娘を何とかしたい、と精神科医にすがる母親の精神のほうが危なっかしくなってくる。夫に見放され、子どもとも心を通わせることができない母親の孤独と絶望。妻というもの、母というものの切なさ、悲しみ。あれほどすべてを捧げて尽くしてきたのに、仕返しのように空回りする現実に立ちつくす姿……どうしてこんなに妻心、母心がわかり、それを痛々しいまでに切実に描けるのか、川上さんに聞こうと思って聞きそびれてしまった。男として愛してしまった弟の結婚を知って身悶える大伯皇女の嫉妬も、「男の作家がこんなにうまく書いちゃうなんて、ずるい!」とこちらが嫉妬するほど、心を揺さぶられる場面に仕上がっていた。

大伯皇女が大津皇子を思って詠んだ歌をはじめ万葉集の歌がいくつか紹介され、先日審査を終えた「万葉ラブストーリー募集」で万葉集づいているわたしにはタイムリーだった。古語まじりの台詞も耳に心地よく、上杉祥三さんの演劇ユニット・トレランスの芝居を観たときも感じたけれど、「心臓」を「心の臓」と呼ぶだけで臓器にハートが宿るような気がするし、「せんない」と聞くと「仕方がない」とは諦めきれない「なるようにならないもどかしさ、切なさ」が伝わってくる。川上さんに聞いて知ったのだが、現代語から古語を引く辞書があるらしい。調べてみると、『現代語から古語を引く辞典』(芹生公男)というそのまんまな題名の本が出ている。

川上さんの作品にはコメディという印象を持っていたので、「万葉ものも手がけられるとは」と守備範囲の広さに脱帽。コピーライターはどんな注文にも応えて書くのが仕事なので、ジャンルを特定せず器用に書き分ける人が多い。わたしもそれなりに引き出しは持っているつもりだけれど、川上さんとは箪笥と倉庫ほどの差がある。

役者さんたちは初めて観る方ばかりだったけれど、それぞれが役にのめりこみ、自分のものにしていて、見ごたえがあった。生演奏の音楽も趣があって贅沢。笙の響きが何とも妖艶。公演は日曜まで。興味がある方は、間に合えば、ぜひ。

Sky fish公演 Vol.6『二神(ふたかみ)』

作:川上徹也
演出 :竹内晶子
出演:千野 裕子 入交 恵 安藤 弘子 綾 貴士 佐原 哲郎 増田 英敏 三上 高央
演奏:太田豊(横笛ほか) 豊明日美(笙) 佐藤えりか(Bass)
照明:平松 篤
音楽・舞指導:太田 豊
舞台監督:村岡 晋 坂野 早織
宣伝美術:入交 恵
舞台美術・企画制作:Skyfish

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