2007年08月24日(金)  半年ぶりに髪を切る

脚本に専念するため会社を辞めるとき、ああ、これで美容院に行ける、と思ったのに、時間ができたらできたで、その時間を他のことに使ってしまう。子どもが生まれるとなおさらで、よっぽどのことがない限り、髪のことは後回しになる。明日、写真スタジオに家族写真を撮りに行く予約を入れて、ようやく美容院が優先順位のトップに急浮上。誕生日割引のハガキを使って以来、髪を切るのは半年ぶり。

向田邦子さんのエッセイに、美容院を代える気持ちを浮気にたとえたものがあった。とくに不満があるわけでもないけれど、なんとなく美容院を代えてしまう、ということがわたしはよくある。今の町に住んで7年目。一年に数えるほどしか行かないくせに、今日新しく行った美容院で6軒目になる。最後に行った美容院に気が向かないのは、半年もほったらかしにしてたのがみっともないからで、せっかく半年ぶりなんだからと張り切る気持ちもあって、一駅離れたちょっと垢抜けた美容院にちょっかいを出してみることにした。

このお店に存在する色の9割ぐらいはわたしのワンピースが占めているのでは、というぐらいすっきりとシンプルそしてモダンにまとめられた店内を、白いパリッとしたシャツと黒いスリムなパンツの店員さんたちが広々とした店内を颯爽と動き回っている。このセンスがカットの腕にも反映されることを期待。「いかがいたしますか」と聞く担当の女性美容師さんの髪型もいい感じ。サンプルのヘアスタイル写真を見つつ、「長さはあなたと同じぐらいで」「前髪はあなたみたいに」と目の前の立体見本を指差していたら、「わたしとそっくりな髪になっちゃいますけど」と美容師さん。「はい、じゃあ、そんな感じで」とすっかりおまかせすることに。

「せっかく伸ばしたのに、いいんですか」と気遣ってくださるが、こちらは勝手に伸びたセイタカアワダチソウぐらいにしか思っていないし、次に切るのはまた半年後かもしれないので、遠慮なく行っちゃってください、とお願いする。以前、別な美容院で「刈ってください」と口が滑ったときに、「カットする、という気持ちでやらせてください」とたしなめられ、反省した。広告会社でコピーライターをしていた頃、「捨て案を書いてください」と営業に言われて、「捨てるコピーなんか書けない」と暴れたくせに。「適当にでっちあげてください」という脚本の依頼が来たら、へそを曲げてしまうくせに。プライドを持って仕事をしている人に、敬意を欠いた発注をしてはいけない。

シャンプー係の若いお兄さんに引き渡され、シャンプー台へ。まだ続くか、そこまでやってくださいますか、と感動の洗い上げの仕上げには丁寧なヘッドマッサージ。思わず「今までのシャンプーで最高でした」と告げると、シャンプー係のお兄さんの顔がぱっと明るくなった。このお店はシャンプーにこだわりがあり、厳しく指導されているのだそう。

カット台に戻り、いつものように雑誌占い。わたしの元に運ばれてきた雑誌三冊のいちばん上は「CREA」。あとの2冊はタイトルが半分隠れていたが、アルファベットである。女性自身でなかったことに安心するが、もとより女性自身は置いてなさそうなお店なのだった。CREAの特集はおみやげにおすすめの品をセレクトしたもので、これ読みたい、と思ったのだけれど、結局手を伸ばすタイミングを逸してしまった。あまりに美容院にごぶさたしたため、いつ雑誌を開いていいのか、わからない。かといって、雑誌に視線を落としていないと、鏡の中の自分を見つめ続けることになるのだけど、これも気恥ずかしく、自分と目が合ってどぎまぎする。やっぱり雑誌を読もう、でも今はダメかなまだかなとまごついているうちに髪はすっかり短くなっていた。

「いかがですか」と聞かれて、咄嗟に出た一言が「いいですね。子どもみたいで」。担当さんはボブなんだけど、同じ髪型をわたしの顔にのっけるとおかっぱになるんだ。でも、軽くなってちょっと若く見えるかも……と一瞬の間に考えたことが「子どもみたい」の一言に集約され、美容師さんを絶句させてしまった。他に言いようがなかったのか、慣れない空間ですっかり舞い上がって、素人丸出し。住み慣れたわが家に帰って見慣れた鏡に映してみると、なかなかいいではないか、とようやく口元が緩み、その満足を店から託された感想ハガキに書きこんだ。

2004年08月24日(火)  TOKYO OYSTER BAR 
2002年08月24日(土)  『パコダテ人』ビデオ探しオリエンテーリング

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