映画『ジェニファ 涙石の恋』でご一緒した三枝健起監督の新作『オリヲン座からの招待状』関係者試写にお邪魔する。ジェニファと同じく製作はウィルコ、プロデューサーは佐々木亜希子さん。『鉄道員』(浅田次郎)に所収されている原作が大好きなので、とても楽しみに拝見した。原作をそのままなぞるのではなく、原作に埋もれている部分に光を当てて膨らませたような脚本になっている。その広げ方、深め方がとても好ましく、この映画を観てから原作を読み返すと、いっそう登場人物たちに思い入れできそうに思えた。
純愛映画ブームは一段落したようだけど、観ていて頭に浮かんだのは「純愛」という言葉だった。「純真」のほうがしっくりくるかもしれない。主人公の青年・留吉(『それでもボクはやってない』の加瀬亮さんが好演)の一途な恋、映画へのひたむきな思い、不器用で嘘のない生き方、どれもがもどかしいほど純粋で真摯。飽和状態の平成の世なら浮いてしまいそうだけれど、数少ない娯楽だった映画がテレビに取って代わられる頃の昭和が舞台だと、ファンタジーのような純真が現実味を帯びてくる。
『ジェニファ』でも指摘されることだけど、映像が美しい、音が美しい、その重なり合いがまた美しい。鑑賞してからひと月も経って日記を書いているが、じんわり染み入るような上原ひろみさん作曲のテーマの余韻が残っている。印象的なシーンの数々も、紙焼きを取り出すように思い出せる。宮沢りえさん演じる若き日のトヨが自転車に乗っている情景は、映画は一枚一枚のシャシンの連続だと思い起こさせるような構図の連なりに引き込まれた。そして、懐石料理や納豆やトマトやとうもろこしが登場した『ジェニファ』以上に食べものがよく出てくる。その食べものがとてもおいしそうで、作り物めいていない感じがいい。ちゃんと、登場人物たちの生活に寄り添っている実感がある。
三枝監督は実景を通して心象を描くのが上手な監督だと思っているが、この作品に登場する「ある道具」の扱い方が心に残った。人を喪うということは、ある道具を使っていた主がいなくなることであり、その役目を誰かが引き継ぐことなのだと、しみじみと感じ入った。映画の中に流れるしっとりとした時間に身をまかせ、ささやかだけれどあたたかな幸せに浸れる作品。11月に東映系で全国ロードショーとのこと。
2004年04月28日(水) 黄色い自転車
2002年04月28日(日) 日木流奈(ひき・るな)