わたしの書くものには食べものがよく登場する。食べることが好きだから、つい登場人物にも何か食べさせたくなる。好きな食べもの、思い出深い食べものを好んで書く。映画『子ぎつねヘレン』とドラマ『快感職人』第五話で登場させたパンは、とくに思い入れのある食べもの。子どもの頃、母親と一緒にパンをつくるのは、どんな遊びよりも楽しかった。パンだねの手ざわりとあたたかさ、部屋いっぱいに広がる焼きたてのパンのにおい、思い出すだけでしあわせな気持ちになる。『快感職人』では、パンのぬくもりを体温のぬくもりに重ね、リストカットを繰り返していた少女が援助交際をやめ、パン屋でバイトをはじめるストーリーにした。
去年、オーブンレンジを買い換えたとき、決め手になったのは「PAM発酵」「かんたんパン」というボタンがついていたことだった。「パンが手軽に焼けます」とビックカメラの店員さんに言われ、ひさしぶりにパンを焼いてみよう、と思った。そんなことをすっかり忘れるほど、子育てでばたばたしていたのだが、保育園がはじまって少し時間にも気持ちにも余裕ができ、パン焼き機能の出番となった。昔は車の中やらこたつの中やらパンだねの入ったボールをあちこちに運んで発酵させたものだけど、レンジでふくらむとは便利。おまけにレシピもとっても簡単。ビニール袋に強力粉と塩と砂糖とドライイーストをまぜ、溶かしバターに水を加えたものを流し込み、しっかりこねて一次発酵、成形して二次発酵、そのまま「かんたんパン」ボタンを押せば、温度も時間も勝手に調節して、いい感じに焼き上げてくれる。こんなに手抜きでうまくいくのか、とおっかなびっくりだったけど、ちゃんとふっくらもちもちして、思いのほかおいしい。固くなってしまったチーズ、ぜんざいを作る前に冬が終わってしまったゆで小豆など、これどうしましょうな食材をくるんだアレンジパンも、いける。こしょうとごまと松の実とバジルソルトを混ぜ込んだパンは、肉料理のおともにぴったり。オリーブオイルをつけて食べてもおいしい。焼きたてのシズル感と「うちで焼いたパン」という特別感がお客様にも受ける。
焼きたてのパンのにおいに包まれていると、学生時代にバイトしていた老舗のパン屋さんのことを思い出した。休憩で出されるパン目当てにバイトをはじめたのだけど、一日に菓子パンを6個食べたこともあり、食べすぎで一気に太った。バイトは若い子たちばかりで和気藹々としていて、妙に楽しかった。何より、メロンパン(その店では「サンライズ」と呼んだ)やフランスパンやホテルブレッド(MKタクシーがホテルへ届けるパンをお迎えに来ていた)やドーナツ、いろんなパンのにおいが混じりあった中で調理パンを袋に詰めたり、レジを打ったりする時間は、時給に換えられないぜいたくを味わわせてくれた。できることなら卒業するまで働かせてもらいたかったのだけど、「また応援団の合宿で一週間休みます」と告げたら、「その後もずっと休んでいいよ」とクビを言い渡された。応援団活動を優先させるくせに、食い意地だけは人一倍なわたしは、雇い主にとっては手の焼けるバイトだったと思う。今もあるのかな、京都の山田ベーカリー。
2005年04月19日(火) ありがとうの映画『村の写真集』
2002年04月19日(金) 金一封ならぬ金1g