■わたしがアメリカに留学したいと言いだしたとき、「ええことや、行っといで」とおおらかに、そして無責任に背中を押してくれた久子ばあちゃんは、ちんまりした見た目に似合わずなかなかぶっ飛んだ人だった。初孫のわたしと対面した最初の一言は、「かわいい」でも「うれしい」でもなく、「鼻がない!」で、さらに続けて「穴しかない!」と叫んだという。それほどわたしの鼻は生まれたときから低く、それでいて鼻の穴は大きかった。そんなことを風呂場で血まみれになって考えていた。薄れ行く意識の走馬灯ではなく、噴き出す鼻血を持て余しながら。その鼻血の原因というのが情けない。お湯から上がろうとした瞬間、どういう弾みか小指が鼻の穴に飛び込み、よく伸びた爪が鼻の奥を突き刺した。弾みとはいえ、こういうことが起こる確率ってどれぐらいあるのだろう。剣玉だって狙わなきゃ入らないのに……と悲しくなり、それほどわたしの鼻の穴は懐が広いのだと思い当たり、ばあちゃんの実も蓋もない言葉を連想ゲーム式に引き出したわけだった。貧血になるかというぐらいよく血が出た。あまりに情けなくて、誰かに聞いてもらいたくて、帰宅したダンナをつかまえて報告したら、心底不愉快な顔になった。鼻に小指突っ込んで血まみれになるのも悲しいが、そんな女が自分の妻だというのも気が滅入るものらしい。
2002年04月13日(土) パーティー