2003年07月05日(土)  柳生博さんと、Happiness is......

NHK-FMシアターで先月放送された「夢の波間」は初老の夫婦の話だったが、番外編として、もうひとつの夫婦の物語があった。主演の柳生博さんと奥様の、ちょっといい話。八ヶ岳にお住まいの柳生さん、FMの受信情況がよくないので、家から少し下ったところまでカーステレオをつけながら車を走らせてみると、ある地点で急にきれいに入るようになった。携帯電話で自宅にいる奥様を呼び出すと、暗い夜道を一人で心細く下ってきた奥様は「なんでつきあわせるの」という顔。だが、放送がはじまるといつしか作品の世界に引き込まれ、柳生さんとともに涙されたのだという。「妻の前で泣くなんてね。暗がりでよかったよ」と照れる柳生さんだが、この話を聞いて、わたしまで泣きそうになってしまった。

「ぜひ作曲家と作家に直接感想を伝えたい」と東京まで足を運ばれた柳生さんを囲んで、今夜、渋谷で打ち上げが行われた。メンバーは作曲家の大河内元規さん、柳生さん、わたし、主人公の祖父役でいい味を出していた田村元治さん、そして演出の保科義久さん。この日のテーマは「お互いをほめあおう」ということで、「今から今井さんをほめますからね」と前置きされてからほめ口上がはじまるのだが、柳生さんいわく「本読みの前の作者からの一言がつたなくってねえ、いきなり自分の母親の話なんて、普通しないからねえ。でも、かえって思いが伝わったよ」「書いてる話の割に妙に若いし、変わったカッコしてるし、それでいて、変に美人じゃないし。よし、この子のために頑張ろうって燃えたんだよな」。ほめられているのか同情を買っただけなのかわからないのだが、柳生さんの役者魂に火をつけたことだけは確かなようだ。柳生さんは何度か「今井雅子の本はそそる」と言ってくれた。「本が穴だらけだから、役者が埋める余地がある。役者にこうしろと決めつけず、自分ならこうしようと想像させる本だから、読めば読むほど面白くなるんだ」。この言葉は素直にうれしかった。

柳生さんは大河内さんの音楽を「僕の世代が親しんだ感覚の音が見事に表現されていた」と絶賛し、野口雨情の連続テレビ小説で共演して以来の知り合いという田村さんを「役者の良心」とベタ誉めし、保科さんの演出を「的確で、あれこそが演出だ」とほめちぎった。作曲家が本読みや収録に立ちあうのは珍しいことらしく、「できるだけ早く物語のイメージをつかみたかった」という大河内さんに「えらい!」と賛辞の嵐。大河内さんは30を過ぎるまで広告代理店で営業をやっていたそうで、「え、あなたも代理店?」と互いにびっくりした。コピーライターから脚本家というのはよく聞くけど、代理店の営業から作曲家というのは初耳。

商船大学を出た柳生さんが役者になったいきさつ(視力検査でひっかかって船長になれず、「エデンの東」のジェームス・ディーンに憧れて俳優座の試験を受け、高倍率を突破して合格)、柳生さんが進めている「噴火で一瞬にして埋まった3500年前の森を掘り起こすプロジェクト」、柳生さんと柳生一族の関係(関係はあるらしく、柳生さんのおじいさんは気合で電柱の雀を落とすことができたとか。歴史に疎いわたしは柳生十兵衛を知らず、映画俳優のルイ・ジューべと柳生十兵衛がごっちゃになるお粗末さで、一同から鋭い突っ込みが入った)、柳生さんと田村さんがこれまで共演したスターたちの思い出話、ラジオドラマの奥深さ、などなど話は尽きず、7時間に及ぶ宴となった。

愚痴や悪口とは対極にある温かい言葉のやりとりが、お酒でぽわーっとなった頭にはとりわけ心地よく、夢の波間を漂っているような幸せな夜だった。この夜、柳生さんが何度も口にしたのは、「僕はいま、『Happiness is......』の世界にいる」という台詞。ホテル横浜開洋亭に同名のバーがあるらしい。幸せとは、作品を通して好きな人が増えることだったり、自分たちがつくった作品について語り明かせることだったり、また一緒に何かやりたいねと未来を語れることだったり。やっぱり、ビジネスよりハピネス。

2000年07月05日(水)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/28)

<<<前の日記  次の日記>>>