6つも年下のくせに、わたしを呼び捨てにする男がいる。弟だ。義弟(こちらは大学の応援団の後輩でもあるので、礼儀正しさも気合いが入っている)ではなく実弟のほうである。9年前に高校を卒業したが、いまだに学生をやっている。長らく家族の関心事だった「いつになったら(大学に)入るんやろ」は、今は「いつになったら出るんやろ」へと移り変わっているのだが、その一方で「あの子は天才かもしらへん」と密かに思っていたりする。
弟が小学校低学年のとき、図工の授業でステンドグラスに取り組んだ彼は、「火星人しゅう撃か?」というおよそ子どもらしくない文字を切り抜き、「真面目にやれ」と先生に叱られた。そのとき「文字をアートにするとは斬新や」「ピカソも生きてるうちは評価されんかった」と両親はささやきあった。弟が高校生のとき、彼の部屋に置かれた『ソフィーの選択 読書感想カード』(出版社あてに出す葉書)には「1500円は高い」と書いてあった。かと思うと、「すごいことを発明した」と、電気ポットで煮込みカレーを作りだしたりする。天才なのかアホなのかよくわからないが、変人であることは確かだ。
その弟をひさしぶりに電話でつかまえ、「パコダテ人の宣伝して」と言うと、「どんな映画かもわからんものを無責任に人に薦められへん」。「お姉ちゃんの書いた映画がヒットしたら嬉しいやろ?」と言うと、「人の喜びを自分の喜びにする趣味はない。ごめんやけど」と謝った上で「雅子って自分が作ったものはみんなが好きになってくれると思ってない?」と核心を突いてくる。「それって変やで」と言う弟に、「そっちこそ変や。さめすぎや」と反論し、変人対決になる。
「よっくん(わたしは敬意を込めて君づけで呼ぶ)、料理にポテトチップス入れるやろ?」「オムレツにカラムーチョ入れると激ウマなんや。それより雅子、親子丼作るとき、いきなり鳥肉に唐揚げ粉つけたなあ」。それは確かに変だ。よっくんは言う。「世の中みんな雅子みたいにおめでたくないんや。こういう奴のほうが多いぐらいや」。同じ家で育って、こうも対照的に育つのは面白い。人をケチョンケチョンにけなしておいて、電話を切る直前、「たまには電話してや」とよっくん。ほんとにわけがわからない。しかし、こういうヤツこそ、とんでもないことをしでかすのではないのかとやはり期待してしまう姉である。