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2004年03月29日(月) 野島伸司「プライド」最終話(まとめ1:古き良き時代の女)

ごく一部の固定票による賞賛・激賞と、その他大多数による批判・冷笑でもって幕を閉じた「プライド」の最終話。脚本家としての野島サンを従来から支持してきたファンたちにとっても、あの予定調和に見えるラストは戸惑いをもって迎えられた。どかも最初見たときは、ちょっとびっくりして途方に暮れちゃったけれど、次作への期待も込めて野島サンのテーマとは何だったのかを考えたい。

で、例によってのっけから話はそれるわけだけど、どかの母校の大学から「ジェンダー研究センター」発足のレターが届いた。それを読んでたらコラムのなかで、具体的な名称は伏せつつも「人気俳優のセリフには時代劇かと思うようなジェンダー差別が埋め込まれており」とか「ナルシスト的な男性論理」などという評価が、匿名のドラマについて示されている。言うまでもなく前者は<「古き良き時代の女・・・」>などのセリフであり、後者は<野島伸司の作風>を指しているのだろう。

「大学研究者をしても、しょせんこの程度の知見でしかない」などとは、どかは言わない。ただ、このコラムの筆者はレターを発送したタイミング的にも「プライド」の最終話までちゃんと見たうえで書いたわけではないことだけははっきり指摘できる。まあ、こう書かれても仕方ないのかなとも思う。テーマの核心がそこにあるわけでは無いのに、それが全てであるかのようなとらえ方をされちゃうことへの違和感はさておき、仕方ないかなって。別にジェンダーを研究するヒトが、毎週毎週ドラマを録画して何回も見直して「このシーンの意味は」などと検証しなくちゃいけないなんてどかも言えないし。でも・・・、筒井康隆も言っていたけど、表現を読み込んでいくことに伴う想像力と忍耐は、もっと大切に鍛えるべきなんじゃないのかしら。想像力とは亜紀の表情の微妙な揺れを感じること、そして忍耐とは最終話まできちんとフォローすること。字面だけとりあげてその是非を問うというやり方では、すぐに「言葉狩り」に直結しちゃうじゃない・・・、ここまでが今回の「まとめ」のプロローグ。

さて、どかはこの「まとめ」を2つのパートに分けてみたい。まず、くだんの「古き良き時代の女」というテーゼの後先。そして「氷の女神」という現象についてだ。

1.「古き良き時代の女」というテーゼの後先

野島サンが四苦八苦しながら第10話まで引っ張ってきた「古き良き時代の女」というコンテナの中身は何だったかというと、男が好き勝手動き回っていても、女はジッと動かず定点としていつも存在する的な、太陽系的イメージ。つまりは「信用して待ち続けることができる女」ということに尽きる、逆に言えば「信用して待たせ続けることができる男」ということ。これまでハルが「古き・・・」と言うとき、力点は上記の<待つ・待たせる>という点ではなく<信用し・信用される>という点に力点があった。たしかにこのままだと「我らがハル様」の主張ったら、欺瞞どころのさわぎじゃ無くなっちゃう。しかし最終話、野島サンは毅然としてこの欺瞞の転覆作戦を発動していく。そこでまず注目すべきなのは、つまり野島サンは、この<待つ・待たせる>という欺瞞を正面から突くのではなく、そもそもこのテーゼの拠り所である<信用し・信用される>ことのアクチュアリティについて揺さぶりをかけたことである。

 友則 彼女のことをそれだけ放っておけたってことは、
    よっぽど自分に自信があるか
    ・・・さもなければ、もうひとつしか理由はないと思って
    彼女のこと、大してイイオンナだと思っちゃいなかった
 夏川 そんなことないですよ、結婚の約束までしたんですよ
 友則 心配にはならなかった、誰にもさらわれるわきゃないと
 夏川 信じていたんです
 友則 タカくくってただけじゃないのか
    ところが彼女にはヘンな虫がついていた
    自分とは正反対の人間だ
    信じられないと同時に今度は猛烈な執着心がわき起こる
    渡したくない・・・

 (野島伸司「プライド」最終話)

<待たせる>立場にある者が、<待つ>立場にある者を<信用する>と言ったときの欺瞞。別に「相手を信じること」の可能性自体をまったく否定するものではないけれど、でも「相手を信じること(無垢な愛情)」というのは往々にして「自分への軽い過信と相手への軽い蔑視(自己愛)」に転換することがあるということ。「愛」という絶対的な価値に殉じているつもりが、いつの間にか「優劣」という相対的な価値にまかれていること。あっさりテンポ良く進む会話に、うっかり聞き流してしまいそうになりつつ、でも、どかは最終話の最重要ポイントはこの初っぱなの会話だったのだと思う。<信用し・信用される>という行為が内包する欺瞞が暴かれた瞬間、<待つ・待たせる>という行為の輝きは一瞬であせてしまう。かつて野島サンは98年に日テレ系列で放送したドラマ「世紀末の詩」でこんなセリフを書いた。

 百瀬 今思うとしかし、
    愛ってのは信じることですらないのかもしれん
    愛ってのはただ、疑わないことだ

 (野島伸司「世紀末の詩」第6話より)

信じる信じないを云々している時点で、それはすでに「愛」ではないという過激なメッセージ。「疑わない」ということは、しかし、それを意識した時点ですでに不可能。つまり、野島サンが考えてきた本当の「愛」というのは、意識レベルには成立することができないという結論が導かれる。本当の本当に信じていたならば、意識に「信じる」という概念が上ることすら有り得ない。例えば、朝がきて、太陽が東の空から昇ってくることをいちいち「信じる」ことなんてしないのと同じように。夏川は亜紀のことを「信じていたんです」と言った。しかし、野島サンの<真実の愛>の前では、それは一枚の免罪符の役目すら、果たせない。

以下は、後の、別の場面・・・。アメリカに留学中、別の恋人がいたということを夏川が亜紀に告白し、それに続くシーン。

 夏川 分かったかい、君を責める資格なんてまったくないのに、
    あたかも裏切られたかのように、君を信じていたと
    信じていたのではなく、タカをくくっていたんだ
    君が動くはずがないと
    ・・・ところが現実その事実を知るや
    ぼくは君を失うことを拒んでしまった
    愛ではなく、執着によってだ
 亜紀 そんなことないわよ
 夏川 僕はきみのことをほとんど理解もしていなかった
 亜紀 そんなことない
 夏川 愛していない
    結婚はできない

 (野島伸司「プライド」最終話より)

そう、野島サンは酷にも、夏川自身に「愛ではなかった」ことを言挙げさせてしまう。「愛」と「執着」の相克も、野島サンの作品の中では定番のテーマ。でもきっと、ここも何気なく聞き流してしまうヒトは多いだろう、「あらあら、夏川、そんなあっさり別れちゃうんかい?」などとツッコミながら。事実、どかも最初に見たときはそうだった。でも「愛」とか「執着」をあくまで切り分けて考えていこうとする野島サンのスタンスである理想主義が明確に出ているセリフだから、ちゃんと受け止めなくちゃ。このセリフに対して「愛には執着も含まれるよ、生きた感情なんだもん、清濁混ぜ合わせた感情なんだよ、愛ってば」などというツッコミはあたらない。野島サンの「愛」はそんな脇の甘い曖昧という名の妥協ではなく、もっともっと純粋である。執着は意識上のもの、愛は意識下のもの、というくくりも可能だろう。さらにこのシーンでは「愛」と「理解」の相克という焦点も浮上。夏川は亜紀のことを寂しさでハルと繋がったと思いこんでいたという、先のセリフを受けている箇所。これも去年の野島ドラマのあるセリフと照合したい。

 湖賀 愛?
 石倉 そうよ、愛しているわ
    それが・・・
 湖賀 愛とは理解力だ
    僕の行動を理解できなかった、君の発言は適当じゃない
    結婚相手としては適当だったということだろう
    それに対する執着さ、いずれ消える

 (野島伸司「高校教師'03」第2話より)

ひたすら荒涼とした厳しい世界観である。モノに対する執着は、対象物の理解に向かわず所有に向かうのみ。それに対してヒトに対する愛は、対象物の所有に向かわず理解に向かう。そのどちらをも望むことは、野島サンが設定する「真実の愛」が成立する場所、ミニマムな世界、スワンレイクでは許されない。・・・にしても、そう、去年の「高校教師」では、こんなに野島サンの思想はクリアーなのだ。それに比べると「プライド」はどうしても戯作傾向が強くて「入り口」がぼやけてしまう。おそらく「プライド」の最終回のみ見てみましたというイチゲンさんには、「入り口」はおろか「のれん」すら見つけることはできないだろう。

さてこのようにして「古き良き時代の女」というテーゼは、微分に微分を重ねられて灰燼に帰していく。欺瞞の核心は<待つ・待たせる>にではなく<信じる・信じられる>にあったのだ。もちろん、いわゆるテーマへ向けてのインターフェースとしてのストーリーを見たときに、いろいろ問題点は山積みで、その最大のものはやはり「夏川の離別へ向けての決意が唐突に過ぎる」ということだろう。でもどかとしては、このシーンでの野島サンはストーリーでは敗北しても、テーマでは勝利していると考える。アナクロニズムなテーゼを否定していくなかで浮かび上がったシルエットとしての「真実の愛」を、野島サンはよりリアルなカタチで把握していこうとする。それが次のポイントである、「氷の女神」という現象だ。

(続く)


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