un capodoglio d'avorio
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2003年04月26日(土) NODA・MAP「オイル」3

青年・ヤマトは特攻出撃したゼロ戦を駆って、しかし敵前逃亡した。
そして戦後、アメリカン・ライフへの憧れを隠さず、
刹那的、享楽的に闇市の混乱を渡っていくけれど、
電話交換師の富士が扇動する出雲イスラモ戦争に際して、
富士に敵前逃亡をとがめられた挙げ句にこう叫んで「復讐」へ異を唱える。


  ヤマト おれは生きたいんだよ、
      死にたくないんだよ!


このセリフと、富士のそれとが激しく衝突する。


  富士  どうして忘れられるの?
      ついこの間のことなのよ!


すでにどちらが正しくて間違っているという領域の話でもなく、
すでにどちらが善で悪かという範疇にすら、とどまらないテーマ。
論理を越えた感情のレベルで観客にシェアさせられるこの「二律背反」。
そして結局、ヤマトは死ぬことになるというプロットの結末にこそ、
観客は注意を払うべきだとどかは思う、心底、良くできた戯曲なのな。

それだけ重い戯曲を支えた今回のキャスティングは、
いつものNODA・MAPのステージとはちょっと様相が違ってた。
堤真一とか古田新太、深津絵里など「プロパー野田組」の不在はおろか、
全てが野田戯曲初体験の布陣という新鮮さ。
どかは、この新鮮さこそが、ステージを成功に導いたのだと思うの。
確かに、若干、芝居の流れが滞ってしまったり、間が保てなかったり、
つたなさが見え隠れしてしまったのは、野田ウィルスの免疫が無かったから。
でも、それを補って余りある、誠実さと真っ直ぐさが、
予断を排して、不慣れさを越えたという勝利。

なかでも富士を演じた松たか子の演技は、恐ろしかった。
血はあらがえないな、全く。
舞台のセンターに立ったときのたたずまいが、素晴らしくイイ。
ほとんど力まず、固くならないで柔らかく構えて、
かつ軸がぶれないでそのまま長いセリフをまっすぐ発声する。
言葉で主役の「華」というのを分析すれば、
これだけのことでしかないのかもしれないが、
これだけのことを出来るヒトは、そう何人もいない。
NODA・MAPで言えば、傑作の誉れ高い「パンドラの鐘」の天海祐希よりも、
どかのとってもお気に入りの「カノン」の鈴木京香よりも良かった。
結局、救世主でもあり、預言者でもあり、
そして同時にテロリストでもあって「復讐」を背負うのが富士という役。
常にハイサイドぎりぎりのコーナリングを繰り返すGPライダーのように、
いのちを削っている音にも聞こえる、そのセリフ、もはやノイズ。
良かったなー。

藤原竜也クンが演じたのはヤマト。
竜也クンは蜷川身毒丸以来だけど、悪くない、という程度。
身毒丸のような凛々しさ、瑞々しさに欠けるけれど、
「軽薄な真情」を感じさせてなんとかかろうじて松たか子と対峙できた。

小林聡美が案外、良かった。
巧いなー、ホントに。
はまり役でほとんど素なんじゃないかという疑いが。
でも、上記2人が補いきれない隙間を上手に見つけて素早く埋める職人。

橋本じゅんはイマイチ、やっぱ遊べそうで遊べないヒトだ。
新感線に帰ってください。

片桐はいりはもったいない、もっと遊べるヒトなのに。
大人計画で観るべきだね。

役者野田秀樹は、年老いた印象。
というか、自らの衰えをよく知って、自分の出番を削って、
そんなに動かなくてもいい演出を自らつけてる。
「パンドラ」と比べると一目瞭然、でも今回はたか子サマがいたからセーフ。
もう、演出に専念してもいいんじゃないかしらと思う。
戯曲と演出だけでもう、あなたの居場所は不可侵なのだから。

最後に、ひとつ、ヤだったこと。
NODA・MAPなのに、ケレン味たっぷりだったのだ、この舞台。
それがヤだった。
パンフに「年をとったのかな、道具使うのが楽しい」と、
野田自身のインタビュー。
でも、ケレンをできるだけ排除したところで、
ミニマムなステージで、マックスのものがたりを展開させられるのが、
どかが野田サンの大好きな点だったから、これだけは残念。
つかこうへいに匹敵するミニマムさを、また取り戻して欲しいなあ。

でもケレン味たっぷりでも、ダイレクトな主題でも、
寓話を紡ぐことを諦めなかった野田サンには、はくしゅー。
「カノン」「贋作・桜の森」には劣るけれど、
「パンドラ」「2001人」よりは上、というのがどかの中の番付。
まー、この野田番付を、どかの演劇ALL番付におとしこむとすれば、
全部が三役に入って来ちゃいそうではあるんだけれど。

やー泣いた泣いた。
立てないくらいカラダから何かがすっぽり抜け落ちていた。
すごい新鮮な風が、すーっと水晶体から三半規管を抜けていった感触。
「忘却」への拒否と、「銘記」することへのエールは、
いま、どかがある意味でもっとも必要としていた声だったのかも知れない。

ありがとう、野田秀樹。


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