un capodoglio d'avorio
(ああああ!)
府中のグランドスタンドでオーロラビジョンを注視していた競馬ファン全てが、 一瞬にして凍り付いた、声にならないどよめき、喉がふるわない叫び。 どかが全てを認識するまでに必要とした時間は2秒、 いや、実はもっと短かったのだろう。 そうであって欲しくないと念じたその2秒は、 本当はもう事実がそうであることを直感で判っていた上で、 子どものエスケープのように想像力の逃避行へ駆けた時間。2002年9月20日、秋の京都のG1レース、 栄えある五つの「クラシック」レースの一つで、三冠レースのトリである「菊花賞」。 大本命の一番人気、今春の皐月賞を制したノーリーズンに騎乗した武豊が、 落馬した・・・
・・・折しも強く降り始めた雨は、京都の淀レースコースのターフを鈍く光らせる。 どかはこの日、それまでのレースで細かく二つの馬券を獲っていた。 ちなみにどちらも武さまがらみの馬連、きょうも怖いくらい、武さま強ひ。 でも、これは誓って言うが、菊花賞前に少し、どかはイヤな予感がしてた。
あまりにも強い、強すぎる・・・
↑スタート直前のオーロラビジョン・・・
府中の雨も強くなる、スタート直前、スタンドが奇妙に静まっていく、 風が冷たい、シャツも濡れてきた、でも、足が動かない、 全ての神経はオーロラビジョンの向こう、スタート直後、一斉に向かって右へ地面を移動していく馬群、 刹那、なにか小さい黒い固まりが向かって左の地面に弾きとばされた。 いや、そう見えるのは馬群自体がこの地上の常識を逸した加速度がついたからで、 実際はその黒いかたまりはその場に留まってもんどりうったのだ。 その「弾かれる」イメージはあまりにも、不吉なイメージ。 村上春樹の短編の中の「かえるくんとみみずくん」の「みみずくん」なイメージ、 とにかく不吉で、気味が悪くて、一瞬でイヤな気分になる・・・ そして、長い長いどかの2秒に終止符を打って、実況のアナウンサーが叫んだ。
ノーリーズン、武豊、落馬ーっ、落馬ですノーリーズンッ!!
あとのことはもうよく覚えてない、あっという間にレースは終わった。 でもどかの馬券はスタート直後にすでにただの紙切れに変わり果てており、 それ以上に深い深い喪失感につつまれていたどかは、ただ呆然と帰路につく。 ゴール後、一時審議が入り、ノーリーズンの落馬についての調査が入るが、 結局、不正な妨害や故意の事象があったわけではないと判明し、 そして、秋のG1の勝ち馬券(馬連)が「10万馬券」となった。 大荒れに荒れたレース、10番人気と16番人気が 連対(一着と二着に入る)したんだから、 そりゃあすごい倍率になるさね。 もしかしたらこのレースを生で見ていなかった人はその倍率の凄さに、 競馬というドラマの享楽を見るのかも知れない。 でも、あのレースを体験したヒトは、少なくともどかにとっては、 「菊花賞」は享楽ではなく喪失だった。
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