un capodoglio d'avorio
先日、親友のメイロウと会った。 ロンドンのアートスクールに三年留学していた、 かつてどかが在籍していた学生寮の寮長をつとめたこともある男。 ICUの学生会館で落ち合っていろいろ相談したりだべったりしつつ、 その後彼の部屋を訪ねて「作品」を幾つか見せてもらった。 あの映像の作品は、本当に良かった、素晴らしい。 アイデアと肉体の融合、スピードとテンション。
メイロウと話していると、よく「キャパシティ」という言葉が想起される。 結局、自分自身に自信が無いと、 相手に対してヒステリックに「かみつく」ことになる。 それはどれだけ、みずからの価値観を持っていようが、 どれだけ、頭がキレて受け応えのテンポがはやかろうが、 感情的に、相手を押し切ってしまうような勢いを作ってしまうと、 一瞬にしてその人自身の価値観はゼロに近づいてしまう。 うちの社員にも、いわゆる「出来るヒト」のなかにも、 この手合いがとても多い。
間違ったらいけないのは、だからといって、 自分の意見を持つ努力は辞めてはいけないということ。 相手の意見をすべて鵜呑みにして議論を避けて、 「うんうん、それでいいよ」なんて言ってしまってはいけない。 もしくは議論を黙殺してもいけない。 「君は君、僕は僕」というファイナルワードを気安く口にしてはいけない。 そんなのは薄っぺらくて風に飛ばされてしまう。
どかは大学の同級生にあんまし尊敬できる友人を 持つチャンスが少なかった気がするがメイロウはとても尊敬できる。 直接的ではないけれど、たくさんたくさん、アドバイスをもらったし、 たくさんたくさん、勇気ももらった。 彼は彼で、どかを認めてくれてるのが口にしなくても伝わったし、 そんな友達が、一番やん、やっぱし。
相手に噛みつく必要なんて、彼にはない。 だって、彼と話していると、すぐに相手は自分自身を、 深く深く、見つめ直さざるを得ないから。
これからも、よろしく。
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