我が名は虹、の感想です。
ネタバレだから、観ようと思ってる人は、こっから先は読まない方向でよろしく。 即閉じてください。
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るろうに剣心…? ってのは、人切り以蔵(字が合ってる自信がない…。)が出てきてたからなのですが、人物像が違ってるのでぱくりではない。
話全体に対しては、あんまり感慨も何も抱かないまま観ていたのですが、ただ、この話の中で「死ぬ気になれば、俺にもできるかもしれない」って言ってるシーンがあるんですね。(話の主軸ではない部分だったみたいだけど) そのシーンだけでなく、たしか他の人物も要所要所でこのせりふをニュアンスも目標も違うけれど言っていて、耳についていた。 それと、今日「ラブストーリー」の再放送見ていたことと、録画してあった一昨日の「きらきらひかる」の中に出てきた、フグ毒で死んだ男の「約束」の話を観ていたことが重なってきた。 一生懸命に生きている人、一生懸命にやろうとしてる人が、正当に報われる話が好きだ。 報われていてほしいと思う希望が入ってるからかもしれない。 ドラマの中でくらい、そう思わせていて。
「志」なんて、立派じゃなくてもいい。 人に立派と言われなくてもいい。(立派だと言われることが志なら話は別だ。) できるなら、できる限りの努力を。 願いを。 そして、その自分を恥じないように。
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話の大筋とあんまり関係ないという。 どっか、ひとつでも感情移入してればよかったんだろうけど、今回は誰にも感情移入してなかったからかなあ…。
あとはパンフレットの「憧れの人」をおもわず真剣に読んだ。
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なんで新撰組を使うのかって話をしていて、存在自体が悲劇的だからとか(最初と最後ではだいぶ立場が違ってるし)、制服(隊服)があったからとか(あんまり関係なさそう)考えてたのだけど、現在の新撰組関連の本の中には司馬遼太郎の「燃えよ剣」とか血風録を史実として扱ってるのもあったり。一応物語なのだけれど、面白いからこそ、リアリティを感じて本当のことだと信じてしまってるのだと。実際、子供心にすごい面白かった。 あとは子母沢寛の本を基にしたり。 共通の一定の、かつドラマティックな(沖田の喀血も含め←事実かは不明であるはずの)「史実観」というのが定着してしまってるからかもしれません。 歴史もので、根底に流れているは「過去」だということ。 続かない、「終着」がわかっているということ。 あとに続くハッピーエンドではない事実を知ってるからこそ、それゆえに惹かれていくのか。 いっそう切なさ倍増になるから、せつなフェチ的な部分に触れるのか。
でも短期間でいいなら白虎隊でもいいのでは…と思ってしまうのですが。(若い子達だから。) わりと長い期間にわたって人数もそこそこで、切り口がたくさんあるからこそフィクション入れやすいんでしょうか。 っていうか、もともと漫画も小説も大概フィクション書いてるんだからどう料理されていても平気なはずなんだけれど、なんでか新撰組関連のファンには史実とちがうことを非常に嫌がる人が多い気がする…。気のせいか?
しかして、わたしの日本史好きのルーツは新撰組と白虎隊だったのでそれが題材だと、つい観てしまうのだなあ。と思い。
そんなこと言ってても、普通にピースメーカーの一部のほう(エニックスで単行本出してたころ。すげえ昔だ。)好きですけどね(笑) 史実ふっ飛ばしつつ、普通に面白いものがあれば読むのです。
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