ソフトケースのタバコに右手を伸ばし、ジッポを取るために左手を伸ばし、灰皿に目をやった。 ―今日、これで3本目― と思った所で右手を離した。 「節煙しよう!!!」 なんて陽気に言ったマキの言葉を思い出した。
「出来るだけ吸わないように、私は3日で1箱、あなたは3日で2箱。少しはタバコ減らす努力しようよ!タバコ代だってバカにならないでしょ?自覚を持って吸ってれば本数は減ると思うから」
「そんな事出来るわけないよ!!!君も僕も1日に1箱は吸うだろ?時には2箱行くときも…急に節煙しようなんて言われても無理だよ」
「急にって、じゃあいつなら急じゃないって言うのよ!今が良いの!今が」
そんなやり取りをしたのが昨日、電話越しで熱弁するマキを思い出した。 今さっきも”今日はまだ2本目よ”とメールが入ってきた。 長い間付き合ってるタバコ、1日必ず1箱は吸ってしまう。惰性や無意識の内に気が付けば吸ってしまう事をマキは注意を促したかったのだろう。自分の事も僕の事も考えて・・・。
そんな事を思ってしまうと右手はさすがにタバコを持てなくなってしまう…。 ―でもな、いつまで続くか…―
気晴らしに外を眺めた。 安定しない、落ち着きのないこの街のネオンが夜空を映し全てを吸収する。暗闇の中にいくつかの輝きが儚く浮かんでは遠く遠い、長く長い月日を思わす。この星は、この夜は幾つもの時間を重ねて、今日という日を迎えた。明日も輝きは色褪せることは無い、何十年先も。
街を歩くサラリーマンがタバコのスイガラを捨てた。自分の足元に落とし、革靴の裏で火を消した。いつもの様に。気にもせずに。その捨てられたスイガラの上を何人もの人間が踏みつけ、次の朝清掃する人間が丁寧にホウキを持ってそれを拾い上げる。それでスイガラは成仏できるのかは分からないけど…。星はそんなスイガラにも光を与えてくれる。 ある日、月がタバコの煙で隠された。すると雨が降り、地面に捨ててあるスイガラ達を容赦なく打ちつける。スイガラ達は土に帰る事が出来るが、 ―今度生まれてくるときはタバコにだけは生まれません様に― と願う。月はその願いを叶えるかのごとく次の朝、昨日の雨が嘘のように晴れ間を見せてくれる。
携帯電話が鳴った。 「今日、何本目?」 マキからだ。 「まだ、2本だよ」 正直に答える。 「偉い!!!」 「月にイタズラされたくないからね」 「何言ってるの?」 「明日は晴れるかな?」 「みたいだけど…それより、映画借りてきたから早く帰って一緒に観ようよ」 「3本目吸ったら帰るよ」 「吸いすぎちゃダメだからね!じゃあ、待ってるから」 電話は切れた。
ゆっくりと3本目に火をつけた。 吸い終わってから 「ごちそうさま」 と言ってマキの元へと急いだ。
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