「寒いから」 と女は無理矢理、男のポケットに手を入れた。 −自分のに入れたらいいのに− と男は思った。 手を伸ばして男のポケットの中に突っ込み女の右手はやけに冷たい。その冷たさにびっくりした男はぎゅっと女の右手を握り締めた。 「この冬は左手だけ、手袋買おうかな!」 「左手だけなんて売ってないでしょ?」 「じゃあ、手袋買うから右手はあげるよ」 「左手は?」 「私がいるでしょ!」
そういう口実を作ると手を繋ぎやすいらしい。冬の特権だ。吐く息が白い季節、木々はやせ細り淋しく冷たい冬の風にただ耐えている、じっと春を待つようにして。そんな北風は女の左手を冷たくしたが、女の右手と男の左手をしっかり結ばせてくれる幸せな風となった。
「寒いからどこか入ろうか?」 男は意地悪心で言ってみた。 「もう少し歩いていたいから、後で。」 女は真面目に答えた。男が何を思っているか何て承知の上で。二人は笑った。 その笑顔は幸せの象徴だった。繋いだ手は離さないようにしっかり握った。
冬のラブストーリー。街にはいくつも溢れている。 普通のラブソング、ありふれたラブソング。 あと少し先まで。
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