少しだけスルイと思った。 「えっ?・・・」聞こえているのに聞き返した。ゆっくり降り続ける雨のせいにして。立ち上がって台所に行って氷を二つ、そしてコーヒーを注いだ。電気もつけないから暗い。冷蔵庫の明かりだけが部屋を照らす。君がどんな顔しているのか分からない。 きっと・・・。 「ううん、何でもないよ」 ワザと気にしてないふりをしたのだろう。戻ってきて隣に座る僕に笑顔をみせた。 水たまりが出来たらその次の日には青空を映すのだろうか? 太陽がはんしゃしてそれからゆっくりと姿を消すのだろうか?いつもの道に戻るのだろうか? 「明日、雨かな?」 「どうだろうね」 静かな時間が静かに二人の間をすり抜ける。並んで座る二人の耳には、時計の秒針の音続いて雨の音しか入らない。
−子供ができたみたいなの− さっきの言葉を頭の中で反芻した。君がどんな顔をしているか気になった・・・けど見ることが出来なかった。聞き返した僕は・・・本当にズルイ。頭の中ではいつか来るだろうと思っていた言葉が現実として言われた瞬間に何も言えない自分は逃げた・・・聞き返した。 急に雨が強くなった。誰かに叱られているみたいだった。いつもは微糖のコーヒーを飲むのだけど間違って無糖のコーヒーを買ってしまったせいか、少し・・・苦かった。
「明日も雨みたいだな」 今の僕にはこんな言葉しか出てこない。 「ねえ、てるてる坊主作ろうよ」 作り笑顔が痛々しい。心の中まで見られているような気がして所在ない。返す言葉はうん、の一言。 ティッシュペーパーを丸めるだけ。二人で一緒に。会話は・・・ない。 「てるてる坊主の中に願い事を書いて一緒に包むの。それで次の日晴れたら願い事が叶うって」 最後の方少しつまり気味で話す口調が辛さを引きだたせる。きっと目には涙を溜めて・・・。 雨は徐々に弱くなってきた。僕はどっちを祈ろうか。 明日雨が降ればいい−明日晴れればいい− 願い事を僕の見えないところで一生懸命書いている。僕は何も出来ない。何を書いているのか気になってしまう。 車が通り過ぎる時、水たまりをはねる音が「ビシャッ」と。 ペンを持ったまま結局何も書けなかった。
仲良く二つ窓際にてるてる坊主をつるした。君が作ったてるてる坊主の顔は悲しそうだった。 「何て書いたの?」 「明日晴れになればイイってね」 嘘を付いた。今の自分は答えのない質問の答えの過程を探そうとぐるぐる回ってるみたいだ。 −明日、晴れでもなければ、雨でもなければいい− 実のところはこうなのかもしれない。 並んでいる、てるてる坊主はこっちを向いて怒っている・・・様に見えた。君の代わりに、そしてまだ見ぬお腹の赤ん坊に・・・。 僕を包んでしまうてるてる坊主が欲しい。願いが叶わなかったらその日のウチにてるてる坊主ごと捨ててくれて構わない。−止まない雨などない−
夜になっても雨は止まずにゆっくりと降っていた。夜のリズムに合わせて。電灯が雨粒を照らす、一つ一つ。地面に降りた雨はどこかへと流れる。電灯はそれに合わせ照らす。雨は地面を徘徊してどこかに集まりいくつかの水たまりを作る。導かれるようにして。 消えては浮かぶ想いを水たまりに浮かべて電灯に照らしてどこかへ連れて行って欲しい。こんな夜はどんな名前を付ければ良いんだろう? 君はどんな願いを書いててるてる坊主に祈りを込めたのだろう? 手を握れば想いは分かるのだろうか? 明日は晴れを祈るのだろうか? 二度目の子供ができたみたいなの、は今のところ言ってはくれない。むしろ、言えないのだろう。言えなくしたのは・・・僕だけど。 雨のメロディーは夜明けと手を繋いでまた奏で続けるのだろうか?星もない今宵、願いはまだ不埒に行ったり来たりしている。子守唄代わりの雨音は君を夢へと導いた。僕は眠ることはできない。こんなメロディーじゃ。 −メロディーよ止んでくれ。あいつを元気づけるメロディーを− 書き殴った願い。長い長い夜明けを繋ぎそうなメロディーは繋ぐ前に止まりそうだ。 電灯はゆっくりと水たまりを照らす。 この夜明けに名前など・・・。
「起きて」 遠くで聞こえる。耳と意識を繋ぐものがはっきりしないで、遠くの方で呼ぶ声は意識の彼方でずっとこだましている。瞼の裏側が明るい。−メロディーは聞こえない− 「晴れたよ」 嘘のない笑顔だった。二回目の言葉は一度胸の中にしまってただ今日晴れたことを喜んでいる姿はまるで子供がはしゃぐ様だ。 「外行こうよ!」 誘われるままに外へでた。 雲が浮かびゆらゆらと太陽を避けるようにして飛行している。少し笑った、名前のない朝に。繋いだ朝、繋いだ右手、誰よりも上手く笑った君と太陽は似合いすぎている。 水たまりは時折雲を映すものの、青い空をメインにどこまでも青い空を永遠に映すかのように。僕は邪魔をした、上から覗いた、水たまりを、青い空をバックに。 そこにもう一人邪魔が入った。何も疑うことのない笑顔で。 そのまま何秒同じだっただろうか? 二回目の言葉は・・・もう言わせない。
「なあ、もう聞き返さないよ」 「何?」 「てるてる坊主に書いた願い叶えよう!」 雲が邪魔をした。それでも僕は笑っていた。君は泣きそうな顔をしている。 「何て書いたか知らないくせに」 「分かるよ、もう迷わないから」 それだけで十分だった、二回目はもうない。 夜明けを繋ぐメロディーはもういらない。ゆっくりと水たまりは小さくなっていく。 向き合って両手を握って・・・「もう迷わない」
虹が出ていた。僕はその向こうをずっと見ていた。雨が濡らした道を歩いていく、太陽が地面を射しゆっくりと乾いていく。振り返る、少し遠回りをした。今度は僕たちが奏でればいい、優しいメロディーを。 てるてる坊主は扉を開く僕たちを笑顔で迎えてくれるだろうか?
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