お香の匂いが部屋中を取り囲み、一日の終わりを告げる。ウイスキーが喉を通り抜け胃の辺りを熱くさせてくれる。同じ様な終わり方だ。コピーした書類と同じ様な毎日だ。−内容が有りそうでない。それでいて量だけは多い− これが人生だという妥協の仕方はいささか飽きた。 もうすぐ梅雨明けだとお天気キャスターは言った。雨は嫌いな方だ。憂鬱な日に成ってしまうから。それでも明日は雨が降ればいいのに・・・と珍しく思っている。ただ、意味もなく。それでも願うように。
ジャズの奏でるメロディーラインにそってタバコの煙も同じように天井に向けゆらゆらと踊り始める。気がつけばどこかへ消えてしまう。気がつけば灰が落ちそうになっている。ウイスキーを胃に流し込む。無理矢理に。明日へワザと疲れを残すように。ジャスのドラムとベース音が下腹部を気持ちいい程度に刺激しては、ゆっくりと眠りを誘うようにして酔いは襲ってくる。コピーの様な・・・。
「もしもし元気にしてる?」 「どうした?こんな時間に」 遠くで何かの音がしていた。意識が薄れ始めた頃、こうやって無機質な音に邪魔さた。しかもあまり良い相手ではない。まさか今更・・・。 「あら、ずいぶん冷たいのね」 「冷たいのは君の方だろう。五ヶ月も連絡して来なかったのは誰だ?」 「心配してくれたの?嬉しいわ」 つい本音が出てしまった。慌ててジッポを点けた。 「ああ、心配したよ」 「でも私たちはもう何の関係もないじゃない」 「君はそう思っているのかもしれないけど、僕はそうは思ってはいないよ」 自分でも驚くほどに素直に言えるものだと関心した。灰皿に灰を落とした。 「優しいのね、そんなこと言う人じゃなかったのに」 「君のいない間変わったんだよ。人間は日々進化していくモノだから」 「じゃあ、もう私がいなくても大丈夫よね?」 「ずいぶん冷たいんだな」 「お互い様よ」 「嫌な女だ」 「嫌な男ね」
ウイスキーをいくら胃に流しても、もう酔えない夜だった。ゆっくりジャズは流れゆっくりと時計の針は下りてくる。−太陽は上がってくるのかな?− もう、思い出にすがりつく年でもない。 日本地図がテレビ画面に映し出されている。東京は思いっきり晴れマークが表示されていた。
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