march forward.
りりかの独り言。

2002年04月26日(金) だんな様

そういえば、だんな様の話ってしていなかったなぁと、今更気がつきました。もう5ヶ月たつのに。日記をつけてから。

だんな様はあたしより3歳年上です。
あたしは15歳のとき、だんな様と知り合いました。
友達の彼氏でした。

友達と別れたという話を聞いて、一緒に遊んでいたりしているうちに、つきあってと言われました。
あたしは、まだ他に好きな人もいたし、だいたい好みでもなかったので、何度か断りました。
あまりにもしつこく言われて、つき合い始めました。
16歳の秋でした。

そして、つきあって5ヵ月後、妊娠が発覚しました。

17歳の誕生日の1週間前でした。

あたしは、そのころ、だんな様が大好きでした。
大人で、あたしのことも大人として扱ってくれて。

あたしは、母親が嫌いでした。父親とは7歳のときに離婚して、その後何度か再婚して、当時はあたしより7歳しか変わらない人と再婚していました。
その、再婚相手が、あたしに恋愛感情を持ち始めました。
その事に気づいた母親は、怒って・・・・再婚相手じゃなく、あたしを恨みました。
あたしは居場所が無くなりました。

そんなとき、だんな様があたしの居場所を与えてくれました。

あたしに居場所が出来た事で、とても嬉しかった。
そして妊娠して、あたしはあたしなりの家庭を築けると、凄く幸せだった。
すぐに入籍して、早く一緒に住みたい!!!
そんな気持ちでいっぱいでした。

でも、だんな様の両親(特にお母さん)は厳格な人で、
未成年だっただんな様の保証人(婚姻届の)にはならないといいました。
だんな様の誕生日が9月、出産予定日は11月。
あたしの、耐える日々が始まりました。

だんな様は毎日毎日パチンコだの、飲みだの、歩き回りました。
あたしは、身重で、しかも、入籍もしていないので、不満がたまってもそれを口に出して、捨てられたらこのおなかの子供と路頭に迷うと、言う思いから、黙って黙って、耐えました。
頭がおかしくなりそうでした。
昼間は誰もいない。お金は持たせてもらっていない。
夜は夜中まで帰ってこないだんな様を待ち続ける。

10月にやっと入籍。
11月に長女が生まれました。

だんな様は子供をあまりかわいく思っていないようでした。
抱かないし、面倒も見ない。
耐える事ばかりしていたあたしは、もう、感情を出さないのに慣れ切っていました。
寒い冬に、ストーブをつけて授乳をする。
「眠れないよー。ストーブの音がうるさくて」
なんていわれても、「ごめん。すぐ済ませるから」
なんて答えたりして。

すぐに次女が生まれて、ますます、あたしの負担は大きくなりました。

だんな様はあたしを一人で外に出すことを快く思っていませんでした。
だから、もちろん、夜飲みにいくなんてもってのほかでした。
歯医者に行くのも、お願いして子供を見てもらい、せっせと通ったり、友達はみんな車の免許を持っていて、欲しいと言っても必要ないと返され、でもどうしても二人の子供をつれて歩くには必要だから、と、教習所に通うことに。でも、俺に負担は掛けるな!と言う約束でした。
だから、託児所のある教習所にかよい、土日は託児所が休みなので、教習所もお休みして、家にいました。「結構教習所って金がかかるんだよなぁ」と、ますます肩身が狭くなるような事も言われました。

食わせてやっている。そう言う思いがありありと見えました。
子供の面倒、家事はお前の仕事。
そう、態度が言っていました。

昼間は子供と過ごすだけの生活。
夜、相手にして欲しくても、あまり話さないだんな様。話しかけたりしてもうるさがられる。
あたしは、相手にして欲しくて欲しくて、好きじゃないセックスも自分からお願いしたりもしました。
こうしているときだけは、あたしは必要とされている。
そう言う実感だけで、あたしはよかった。相手をしてもらっている。
嬉しかった。それだけで。

次女もある程度大きくなり、生活も苦しくなったのであたしは働きに出ました。
そして、あたしに好きな人が出来ました。
いまから6年前です。
当時、だんな様とは一緒になって6年目でした。
あたしも、女として見てもらえるんだなぁと嬉しくなって、羽目をはずし過ぎました。
だんな様にばれて、もうばれたなら離婚しようと考えました。
だんな様にいままでの不満をぶつけました。
だんな様は変わるから、と約束しました。それでもあたしは、出て行きました。子供もだんなも捨てて行こうと決心しました。
・・・が、半日も持ちませんでした。
子供の声が耳のそばで聞こえてきて、あたしは子供とはなれられないと実感しました。あたしは、だんな様に謝って、戻りました。好きな人とは別れました。
だんな様も喜びました。凄く優しくなっていました。

そして、男の子が欲しいというだんな様に償いの意味を込めて、子供を作ろうと話し、妊娠しました。
しかし、妊娠すると、だんな様も安心したのか、また逆戻りでした。
あたしをみようとしない。会話も無い。相手もしてくれない。
あたしは、諦めました。仕方ないんだ。こう言う人と結婚したんだから。

長男が生まれ、男の子が欲しいといっていただけに、上の子供たちよりは構ってくれるようになりました。
でも、育児の負担をする事はあまりありませんでした。俺は働いている。いまえは主婦なんだから当たり前。そう言われました。

上の子供たちは入学して、長男も保育園に入れたのを機に、今の仕事を始めました。
だんな様は働いているからといって、家事育児の負担を掛けるな、と暗に言っていました。

へとへとになって疲れて帰ってきても、夕飯作って掃除して洗濯して。
だんな様は当たり前のように何もしませんでした。
あたしは、疲れていました。毎日の生活に。いままでの人生に。
でも、平凡でもなんでも、問題も無く終わるのが一番なのかなと思ったりしました。つまんない人生だったなと、後で思っても、仕方ないのかな。って。最初にだんな様とつきあった事が選択肢のミスだったのかなとか。
それに、だんな様だって、悪いところばかりじゃありません。
仕事はまじめにしてくれるし、お金遣いも荒くない。
まじめ人間を絵に書いたような人。昔たくさん遊んじゃったから落ち着いちゃったのかな?浮気もしないし。風俗にも行かない。
でも、あたしをベビーシッター兼お手伝いさんだと言う風にしか見ない。
たまにセックスの相手もしてくれる、便利な相手・・・
あたしを束縛するのは、自分に都合が悪くなるから。
あたしに愛はないの?あたしを女としてみてくれているの?女としての前に、人間だとして見てくれているの?
あたしだって、疲れるんだよ。泣きたいんだよ。寂しいんだよ・・・・届かないかな、あたしの思いは。
諦めムードのまま、すごしているときに、あいつに会ったわけです。

あたしを見てくれる。
あたしを触ってくれる。
あたしを思ってくれる。

それだけで、あたしは嬉しかった。
そして、どんどん、あいつが好きになりました。
いままで一番ちやほやされる時代に、されなかった事を、あいつが今してくれる。すごくすごく、嬉しい。幸せです。


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