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2010年08月14日(土)
旅行

行ってきた。木曜日夜は友人らと飲み会、金曜日は一日中読書。土曜日はお昼過ぎに新幹線に乗って帰ってきた。旅行なのに、観光してない。まぁ大阪で特別観光したいものがなかったので、後悔はない。

むしろ、パソコンを持っていかなかったこともあり、久々にネットを遮断して読書にいそしめた。漫画もいれて、6冊+α。漫画2冊、小説2冊、実用書2冊。+αは現在読書中。

ネットに「奪われている」時間がけっこうすごいことに気がついた。いや、本当は知っていたけど、考えないようにしていた。大学生までは自由な時間が多かったので、それでも生活に問題はなかったけれど、社会人になってから確実に生活を蝕んでいる部分がある。ちょっとなんとかすべきではと思ってもすぐに忘れて見入っている。なんかひきこもりみたいだ。

なぜこうも見入ってしまうのかを考えてみたところ、2つ思い浮かんだ。1つはいろいろな情報があふれていること。もうひとつはタダでそれが手に入れられること。結局、「何か」を知りたくて、感じたくて見ているのだと思う。問題は、見たいものが常にみられるわけではないことだろう。それ以上に何をみたいのかがよくわかっていないように思う。いろんなニュースサイトのリンクをたどってたどってときおりくすっと笑えるようなネタを読んだり、政治的なニュースや見解を読んで逡巡したりする。おもしろいものが見つかるまで漫然とリンクをたどり続ける。見つかっても次を求めてさらに散策が続く。終わりがない。と、いうより終わりを自分で決められないのだ。そろそろ寝ないとまずいな、という時点まで続く。それで、日々満足しているのかと言われると、どうなのだろう。


多分、本を読んだ方が満足感は大きい。読書の方が充実した時間を過ごせていると思う。けれど、ネットを見る時間の方がいつも長くなる。


ネットを見る方が「楽だから」なんだろうなと思う。本は「外で」「選んで」「手に入れる」必要があるけれど、ネットは「その場で」「手にはいる」。しかもタダで。本は買ってつまらないとへこむ。失敗しないためには「選ぶ」のに労力を要する。ネットはつまらなければすぐにそのページを閉じればいい。はずれてもそこまで気にならない。

そして、1冊の本は限られたテーマについての情報しか手に入らないし、読み終えたらそれで終わってしまうが、ネットは終わりがない。見始めると止まらなくなるのは本もネットも似ている。けれど、本は「読み終えられ」て満足できるが、ネットはいつまでも終わらないので、なんとなく満足しきれない。


あと、読書はなんだかんだ言ってちょっと疲れる。勉強目的だとなおさら疲れる。ネットは娯楽だから、あまり疲れない。だからしんどい時は逃げてしまう。

別に逃げるのはまぁいいと思う。そんな日もある。ただ、ずっと続いてしまうのは問題だ。逃避行動はネガティブな感情を引き起こし、螺旋のように渦をまく。どこかで断ち切らない限り渦は巻き続ける。

通常はどこかしらでふっきれるのだけれど、多くの場合時間がかかっているし、一度ふっきっても気づくと戻っている。これをなんとかしたい。


結局、セルフコントロールの問題なのだ。一度はどうにかしようと悩み、根本的には無理だとあきらめて気にしないようにしてきた。以後は感情にまかせて逃避と復帰を繰り返しきた。そろそろ逃避についてもう一度向き合うべきではないかと思う。