行動ログ。

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2002年06月12日(水) 使い分け。

今日の朝、新たな不眠のタネが発生いたしました。
また夢の中で思考錯誤(試行錯誤、ではなく)を繰り返すのだろう。ほんと懲りないヤツだわ、斎藤。いい加減変なネタに拘る頻度を減らせばいいのに、と思ったりもします。…ほんのちょっとだけ。

あ、んでそれは何なんだっていうと、『どうして外国語辞書は和英のようにを使うものと、日中のようにを使うもの、そして日伊・和伊、日独・和独のようにどちらでもイケる場合の3通りに分けられるんだろう』っていう疑問です。

しかしながら調べてみると少ないながらも『日英辞書』は存在するらしい。完全に読み方が固定していたのは『日中』だけでした。
なんでかなぁ。
そんなん日仏だろうが和仏だろうがどっちでもえーやん、と仰りたい気持ちは分からなくもないけれど、しばしお付き合いください。
斎藤自身も、こんなん調べたところで何の利益もないってことを承知でやってるんですから。人生、浪費とまわり道は必要不可欠よ?

まぁそんな感じで10分ほど頑張ってみたんですけど、それらしいサイトは勿論関連事項すら見つけることができませんでした。
きっと専門書レベルまで探せばあるんだろうけど、その前に検索すべき語がわからん。今回ですら、なんて検索すればいいのか皆目見当がつかなかったんですけど。

とりあえず『和』ってのは中国や朝鮮で用いられた日本の古称。
『日』は多分日本を省略しただけ。
その辞書の出版年なんかにも関係するのかな、と思ってみたりもしたんですけど、それは調べるのが困難だったため断念。
というわけで少なすぎる資料のもと、自己満足的考察。

和、というのはどちらかといえば「人」を示し、日は「型」を示すものであると考える。前者はソフト面、後者はハード面を示唆する特性をもつからである。身近な例を挙げれば『和風』というとアジア的要素を持つものすべてを包括的に示すが、『日本風』ならば着物や日本人形、祭りなどの日本独自の文化のみを当てはめるというようなものだろうか。
和は曖昧さを持つ。その言語(ここでは日本語)を使用する人間のために編纂された辞書が『和○辞書』といえるのではないだろうか。逆に文法などにこだわり、外国語として当該言語を学ぶ人間用に作られたのが『日○辞書』と言えよう。

以上が自分勝手な見解。
正確な情報をお持ちの方、是非とも情報提供求む。お礼は例の如くありません。ボランティア万歳。


ここで一息、音楽ネタ。
スーパーカーの『HIGHVISION』を借りました。
なんか好きかも。
高校のときはそんなでもなかったんですけど、微妙にテクノっぽいビートの効いた音が心地良し。
そして個人的にCANNA、再ブレイク。



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斎藤基栄
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