浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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…鈴鹿は、不思議ワールドだったよ。
そこは、人々の集うお祭りの場。 地上に生まれた、異空間だ。
マン/マシン。 カーボンと金属と。
エンジンの轟く音。 咆哮どころではない。 これは、まるで絶叫だ。
血を吐くように叫びながら、地上を飛ぶ鳥。 大地を踏みしだき、地鳴りを呼び、駆け抜けていく竜。
その中で、ひときわ輝く。 赤いマシン。
逆バンク、S字。 飛ぶように駆け上がっていく、その鮮やかさ。
炎熱の大地を。 雨まじりの風の中を。
信じがたい速さで、タイムを縮めていった。
兄さんとマシンがひとつになった時。 その瞬間にだけ生まれる。 美しい、うつくしい生き物。
もう少し見ていたいと。 その美しさを、見つめていたいと。 そう思っていたけれど。
エンジンが耐えられなかった。
白煙を見た瞬間。 「いやー! やめてー! にいさーん!」 そう絶叫してしまった。
”やめて!”は、兄さんを襲った運命に対しての叫びだったのだろうな。 頭の中で、ポイント計算をしてしまう。
それからは、レースに、兄さんがいない、その空白を見つめていたよ。
兄さんに出会ってから。 何度も経験させられた、天国と地獄。
最後まで兄さんは、劇的過ぎるその姿を見せてくれるんだな。 なんとまあ。 その激烈さは、笑えてしまうくらいだよ。
ほんとに。なんという人なんだろう。 うん、笑うしかない。 そんな激しすぎる道を歩いてきた人なんだよな。 そんな人に惚れたんだから。
マシンを降り、ヘルメットをぬいで。 かつて見た中で、もっともおそろしい兄さんの形相を見た。
けれど。 ピットに戻ってきた時。 兄さんの顔は、とても、とても優しかったよ。
誰が悪いのでもない。 君達は、ベストをつくしてくれたと。 仲間をいたわり抱きしめる、兄さんの表情。
ああ。 そんな人だから。 心から愛することが出来たんだ。
最後まで、悔いがないよう、走らせてあげたかったなあ。
もう、彼が鈴鹿でレースをすることはない。 あれほどの速さを見せつけ。 人々を魅了しながら。
そう思うと。 涙がこぼれた。
悔しいよ。 哀しいよ。
負けてしまったことじゃない。 勝ったのが誰であろうと、関係ない。
どんな結果であろうと、最後まで走ってもらいたかったから。
たくさん泣いたよ。 サーキットで。 家路をたどる道の途中で。 何度も、何度も。
おそろしいほどの速さを見せていながら。 唐突に断ち切られたレース。 まるで、兄さんの引退の仕方のようじゃないか。
そう。 そう思って私は、笑うことが出来るんだけどね。
涙は、とめどなく流れるけれど。 サバサバと、今の気持ちは吹っ切れている。
うつくしい生き物。
これ以上に愛することの出来るドライバーには、もう出会うことはないのかもしれないけれど。
あの人と同じときを生き。 あの人に出会えた喜びがあるから。
あの人を、この目で見つめることが出来たから。
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