コールドダウン  2008年06月25日(水)
凍結湖の凍った水面、二つの突き出た氷の柱;青い牙と白い牙を前に。
マユキはガードを解いて立ち尽くす。
氷点下の風。細胞が痺れて割れそうだ。パキッ、パキッと音が響く。

コオリ「殺されているな」

マユキ「すごい音・・・すごいスピード・・・きっと砂になっちゃうね、」

ツララ「零度を下回る風の中で、耐え切れるはずもない、心もろとも砕け散って砂になってしまうぞ」

マユキ「いっそ砂にでもなってしまえばいいわ、もっと軽くて小さなものになるの。砂に還ったらそこから風に乗って、暖かい南国のサハラまで運ばれてゆくの。そしてそこで砂の仲間と一緒になって灼熱の砂漠の一つになるわ。砕けて私は自由になるの」

ツララ「しかしこの凍りついた世界に風が吹くのは、もっとずっと後だ」

マユキ「どれぐらい後? いつ? 何時何分何秒後?」

ツララ「マイナスがプラスにならなければ・・・」

マユキ「? プラス? それって? あっ。解った! 暖めればいいのよ、炎を燃やして!」

ツララ「凍りついた世界を暖めても大したプラスにはならない」

コオリ「相殺されてしまうからな」

マユキ「ショック! なんてひどいの? じゃあ100度の炎を起こしたとしても?」

ツララ「熱力学だ。この巨大な湖の全てをプラスに変えられるほどの熱は君一人では生み出せない。燃やせるものはわずかに落ちている枯葉と、君の着ている服と、あとはせいぜい君の長い青緑色の髪、ぐらいだ。つまり。たった1点の100度の熱は、広大な無限のマイナス200度に吸い取られて、跡形もなく消えてしまう」

コオリ「相殺されてしまうからな」

マユキ「永遠に? 風さえも起こらないの? 私はひび割れて砕けていくだけ?」

パキッ、ピキッ、バキッ、という何かが砕けそうな、不穏で静かな音が響く。コオリ、ツララ両名はゆっくりと頷く。

マユキ「教えて。ここ、この世界がマイナスだとしたら、もう一つのマイナスって一体何? 何なの?」

ツララ「・・・」
コオリ「・・・」

マユキ「早く! 教えてよ! 私、砕けてバラバラになっちゃうよ!」

ツララ「それは・・・」 コオリ「それは・・・・」

マユキ「早く! 何分何秒何マイクロ秒後? 早く! 私砕けて消えてしまうわ!」

ツララ「皆既日食だ」
コオリ「全ての音と温度を奪う」
ツララ「暗闇と静寂の支配」
コオリ「ゆっくりと確実に奪う」
ツララ「引き算の力だ。マイナスに満ちた冷気の世界から何かを奪おうとしても、それ以上に持っているものはもう無いのだから・・・真空の大きな波が起こり、ひずみが駆け抜けて、君は遠くへ押し飛ばされるだろう」

マユキ「皆既日食・・・」

コオリ「死ぬかもな」

マユキ「とうに死んでるようなものよ。ここはそういう場所。ねえ、あれ、やばいよ、ほら、みて、腕が! ひび割れてきてる! あたし本当にバラバラになっちゃうのかな」




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