「お母さんの立場になって考えてみたことある?」
関東に引っ越す前に完全に対立してたときに言われた。
そのときの私の反応。 半狂乱で頭をかきむしって泣き叫んでいた。 火に油を注いだことになっただけだった。
はじめて親の前、兄の前で半狂乱になった。 いつも隠してた私の本性を少しだけ垣間見せた。 いつも自分の部屋で、真っ暗のベッドの布団の中での出来事を。
「私の立場になって考えてみたことある?」って聞きただしたかった。
はじめて親に猛然と反抗したのが、コレが最初。 おそらくこれからもそういうことはないだろう。 きっとちゃんと根回しをして、言葉を入れるような隙も無いほどの準備をしていれば大学進学のことも首を縦にうなづいていくれる、、はずだ。
親は手をいっさいあげない人だった。 一度だけ、失踪を目の前でしようと旅行カバンを取り出した兄に一発。 メガネが壊れたね、って後で笑った。
左利きも無理に矯正させる人じゃなかった。 人への配慮も忘れない人だった。 苦しいことを見せることもない人だった。 気丈な人だった。 気丈な人だったから、反対にこちらも暗い面を見せたくなかった。
関東に行く前は、ハッキリ言って私は限度というものが見えていた。 あのまま反対されて家にいたら、おそらく、、、。
気丈な人だったから、泣いた顔を見せたくなかったのだろう。 子供の前では笑って、泣き顔は見せたことなかった。 兄が失踪して、行方不明で生死が判らない日々が続いたとき、 始めて母が布団の中で隠れてすすり泣いてるのを聞いた。 気づかないふりをするしかなかった。 もう、気丈な人ではいられないんだろうとおもった。
だから、私が今度は気丈でいるしかなかった。
母はもう限度をこえているのだろう、、そう直感で感じた。 現実に記憶のないまま自殺するような電話をかけた。 そして実際に自殺未遂を。
この日記は私サイドの気持ちでしか書いていない。 だから勝手にそう思って!だとか、 被害妄想のしすぎだ!とか思われそうだ。
母と娘。
いつから崩れた?いつからズレた?
越えられない壁=母。
母は私のトラウマ。 そう医者に言われたとき、何かが心の中で弾けた。
でも母は尊敬している。嫌いになれない。
どこで歯車狂ったの?
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