刑法奇行
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今週から、ローの授業が、学部より1週間早く開始された。水・土の1限という基本的人権を侵害する時間のはじまりであり、「優しい時間」というよりも、「眠い時間」という感じである。そうはいっても、久しぶりに、ロー生達に遭遇すると、何か躍動感が感じられ、こちらもテンションが上がってくる。
しかし、いまだに「ロー教育」の真髄については、暗中模索状態である。何かくすぶっていたところ、敬愛するU田樹さんが、「週刊ダイヤモンド4月9日号」で書かれていることに、なるほどと感心してしまった。 すなわち、学校がサービス業と工場になっており、生徒に教育的付加価値を与え製品にするというプロセスになっている、と批判するのである。もっとも、この面を否定することはできないと彼も認めている。しかし、ロー教育は、とくにこの面が強くなり、下手をすると、これだけになってしまうことに注意しなければならないだろう。
彼の言葉を聞こう。 「経済的合理性のみで教育を考えるのは、教育の持つ価値を損ねることになる。」 「教育の場は、『あらかじめそれが何であるかを知っているもの』を与える等価交換の場ではない。」 「教育は、自分が受けた教育の意味を問い続けることで、無限の可能性を持つところに本旨がある。」
前に述べた、非合理主義というのもこれなのである。すぐに答えが出ないもの、結果が出ないものを大事にせず、あたりまえのことだけを修得することに全力を傾けるなんて、教育なんかではないだろう。
各自に創造性が生まれるのが教育である。しかし、これもまた難しい課題である。何も教えなくても、あるいは、ろくでもない教えであっても、事後的に、創造性が生まれることもある。これもやはり、誰かの贈り物なのだろう。
ともかく、「教育とは何か」「ロー教育とは何か」なんて誰もよく分からないのだから、「つねに問い続けていくこと」それ自体が重要なのかもしれない。
ジャスティス for 小野梓記念館(素晴らしい!)
M藤君が先日、フライブルクから帰国した。また、ドイツ談義で盛り上がることだろう。大量のアルバムを強制的に見せられることだろう。しかし、何といってもドイツは素晴らしいのであるから、まあいいか。
K口氏(ドイツでは、ヒロと呼ばれる人気者である)の「ドイツ刑法学ブログ」は、実に有益な情報が満載であり、内容も充実しており、大変有り難い。ドイツに本拠地を持つ彼ならではのブログである。彼の夢は、ドイツ刑法学者会議で報告することだそうだが、早くそれが実現できることを期待したい。この場合は、早すぎた報告の実現で結構なことである。
最近ドイツに行ってない者のひがみでもあるわけだが、ドイツに行けばいいってもんじゃないことも確かなことではある。ドイツあるいは外国に行くこと、そこで学ぶことの真髄といえば、ドイツではなく、フランスであることが非常に惜しまれるが、東大助教授を辞してフランスに渡った森有正を想起せざるを得ないだろう。すなわち、「バビロンの流れのほとりにて」がこれである。
「・・・僕はマルセイユにはじめて着いた日から今日までの3年間の年月が、僕にとって、どんな意味と重味とを持っているかを考えつづけていた。そして、僕の気付いたことは、僕の思想の変化でもなければ、僕の見解が深まったという自覚でもなかった。僕の感覚の集積そのものが、したがって外界に対応する態度そのものが、おもむろに変容をとげてきたということであった。この目にみえない自分の変化というものは恐ろしいものである。僕はもう知識の上で、フランスをもっと複雑に知ろうという気持ちはなくなった。それはきりのないことだし、またその知識は時が経てば古びてしまうだろう。そうではなくて僕の仕事そのものが、内面的に、文明ということの水準に相応しく、活動しなければならないという自覚である。この自覚は僕に絶望と前途へのはげみを同時にあたえてくれる。」
ちなみに、同書から、K藤学部長が学部卒業式で必ず引用される文章も挙げておこう。おそらく、よく聞いていない卒業生が確実に多いと思うからである。これは、卒業生に限らず、すべて「旅立つ人々」に、まさに、構成要件該当性が肯定されるだろう。
「遙かに行くことは、実は遠くから自分にかえって来ることだったのだ。これは僕に本当の進歩がなかったことを意味してはいないだろうか。それとも本当に僕の『自分』というものがヨーロッパの経験の厚みを耐ええて、更に自分を強く表わしはじめたのであろうか。今僕はこの質問に答えることができない。これに答えるにはおそらく数十年の歳月がかかるだろうからである。ただ僕は、自分の中に一つの円環的復帰がはじまったことを知るのである。よかれあしかれ、これが自分だというもの、遙かに行くことは、遠くから自分にかえって来ることなのだ、ということである。」
ジャスティス for 出発の歌
norio
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