刑法奇行
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2002年07月29日(月) 中軽と追分の夏

 研究室の合宿と学部ゼミ合宿で、中軽井沢の第一法規寮と追分セミナーハウスに行ってきた。全部で4泊5日であるが、ずいぶん長く感じる。時間が止まっている感じがする。

 研究室合宿では例年通り修論の報告会を行ったが、私のマスター時代を思い出すと、修論指導などなかったなー。恩師は、指導しないという指導方針だったから、こちらも暗中模索で無我夢中で書きまくったということだったような気がする。毎年使わせてもらっている寮は快適である。とにかく涼しい。もっとも、「Kもとや」のそばは、明らかに味が落ちている。追分に近い店で食べたそばの方がおいしかった。平日の旧軽もすいていた。モカソフトの店内でゆっくりモカフロートを食べたのははじめてだ。

 学部ゼミは3・4年と1年そして若干の院生の総計50名ほどの大所帯である。ゼミを一応2回やるが、メインは、毎日の飲み会とソフトボール大会そしてバーベキューか・・・。自分で言うのも何だが、球技は比較的得意である。今回も2安打そして堅実な守備も披露したし、卓球のうまいところも示した。温泉卓球とはいえ、私の上位には院生のI上君ぐらいかもしれない。去年は、中国からの研究生のCさんにも勝ったわけである。

 今回のメインイベントは、来月からアメリカに留学するI口さんに対するサプライズ企画であった。詳細は省略して、ドッキリを予備として、その間に部屋を装飾し、字幕を掲げ、花を取り付け、全員がクラッカーを持って待機である。I口さんが入ってくるなり、クラッカーの嵐である。彼女の大粒の涙・・・まさに以前テレビ番組にあったサプライズである。
 学部生の企画力に脱帽であった。これが青春なのか。こつこつ勉強するゼミではないが?、このエネルギーはやはり大事にすべきであると思う。これから、ロースクールで学部ゼミもどうなるかわからないが、何とかこうしたゼミの雰囲気は維持していきたいと思う。

 こうして毎年7月に合宿を終わらせ、想い出を抱えて、今夏を乗り切るのである。しかし、こちらは「ぶよ」の侵害がわりと重く、しんどいのである。おまけに、早稲田のHPが改訂され、重すぎて、古いパソコンじゃなかなか出てこない。そこで、ビッグカメラに行って、DynaBookの比較的新型を衝動買いした。やはり快適だ。古いのは、娘用に「I太郎スマイル」を導入した。息子の方は野球に夢中なので、パソコンを忘れているのが幸いである。
 さあ、とにかく、仕事を一つ一つ片づけなくては・・・。夏はこれからである。「燃えろ夏子ー」と叫んでいたツイストが想起される。このまま時間が止まればいいのだが、前にも書いたように、すぐに「夏をあきらめて」というKナオコの歌が聞こえてくるのである。

ジャーニー to サマードリーム


2002年07月20日(土) 港のヨーコ・久里浜・横須賀

 19日は、法務省の某研究会で、横須賀刑務所と久里浜少年院の参観をした。S伯さん、TD木さん、G藤H子さん、K合さんなどと一緒であった。強烈な暑さの中、房総がはるか彼方に見える海岸べりに位置する施設をぐるぐる回った。20年ぶりの訪問である。海はやはりいい。開放的な気分になる。運動場には盆踊りのやぐらが準備されていた。地域の人も浴衣で参加するそうである。詳細な感想は「いつかどこかで」ということだが、今年のゼミ参観はここにしようと思う。もっとも、40人が上限であるから、学部1年生は空きがある場合に限られよう。あしからず・・・。
 ところで、長男の高校野球も3回戦で敗れた。かみさんが手伝い係で、このところ大変な忙しさだったが、これで一応終わる。監督や選手など全員が泣いていたということだ。これはいい。青春の涙・・・なんと素晴らしいことだろう。私にもいくつか経験があるが、恥ずかしいので詳細は「いつかどこかで」・・・。年を取ると涙もろくなるというが、これは確かかもしれない。寅さん映画も以前はただ笑っていただけだが、最近は、何げないことに泣けてくる。
 泣く個所は人それぞれであろう。昨年の「千と千尋の神隠し」の時、わが娘は、千がハクからおにぎりをもらって食べるところで、泣いていた。何と、昨日の発売日にビデオを買ったら、プレゼントにおにぎりが付いているではないか。アンケートで一番泣いた人が多い個所だそうだ・・・にくいにくい。これの比較文化的考察も面白いかもしれない。世界の人がどこで泣くかの調査である。私は、「千と・・・」ではどこも泣かなかった。主人公が女の子だったからかもしれない。息子と昔、「ドラゴンボール」を見によく映画館へ行ったが、あの時の方が感動した。とてつもない怪物に一人で立ち向かう悟空のひたむきさにじーんときた記憶がある。やはり、男女で違うことを素直に認めるべきだと思うが、これ以上突っ込むとジェンダー論者からの攻撃が予想され、悟空ほど勇気も力もないのでやめておこう。
 とにかく、「千・・・」は面白い映画であったが、かおなしが怪物になるシーンで娘が「もう帰ろう」と言ったのには参った。あと20分ぐらいで終了である。私は、娘を抱きかかえ、「後ろ向いてな」と説得し、最後までたどり着いた。あの時外に出ていたら、一生後悔したかもしれない。
 「愛とはけっして後悔しないこと」・・・これは「ある愛の詩」だったか。後悔するなら、堀江さんのように、広大な海原に「航海」しよう。

ジャーニー to 太平洋ひとりぼっち
 


2002年07月14日(日) Changing Lensesその2

 ゼーア翻訳もいよいよ大詰めとなってきた。翻訳作業はとにかく時間がかかるし、疲れるが、その過程で、いろいろ議論することがためになる。「何とかを読む」という作業である。まさに読書会というのは知的な作業である。しかし、それにしても時間がかかる。元O阪I立大の光DO先生らと共訳の、ドイツ対案グループ著『犯罪被害の回復―対案・損害回復』ももうすぐ公刊されるが、何年かかったのであろうか。開始時期を忘れるくらいである。

 それにしても、ゼーアの書名には感心する。レンズ交換・・・近くを見るレンズ、遠くを見るレンズ、拡大レンズ、縮小レンズ、フォーカスするレンズなどなど、対象に迫るレンズが大事である。土曜日のゼーア・ワークで、N村先生は、「犯罪学者はレンズを交換しているが、刑法学者はレンズをただ磨いているだけだ。」と手厳しいことを言われた。レンズを磨いてよく見えるようになればいいが、かえって、曇ってくることもあるから要注意である。へたすると、傷がついてしまう。磨き方を研究しなければならない。力を入れすぎて、レンズがスポッとはずれることもあろう。レンズをきれいに磨いたが、その時は、すでに度が進んでいて、もう見れなくなることもあるかもしれない。あるいは、どれだけきれいに磨けたかだけに気をとられ、それで何を見るのだったかを忘れる場合もあろう。こわいこわい・・・。

 遠くが見えるレンズがあればいいと思う。しかし、それで未来が見えるわけではない。「一寸先は闇」とは素晴らしい言葉だ。他方、近くばかり見えるレンズは、まさに近視眼的である。遠近両用がそろそろ必要かもしれない。
 思えば、将来の自分の姿を描いてそれに邁進したことなど、物心ついてからなかったような気がする。おそらく「とりあえず、どうするか」ということだったのだろう。私のレンズは「とりあえずレンズ」かもしれない。まさに、枝豆、冷奴、ピーナッツなど(そして、エーデルピルス)を見るレンズがあればいい。しかし、あとで、メインディッシュ、さらにデザートを見ようとしているから、近視眼的ではない。やはり体系的なのである。

 金曜日は研究室の前期打ち上げで新宿のライオンに行った。そして、土曜日は、RJ研の後、またライオンに行ってしまった。ライオン2頭(匹?)である。ところで、ライオンの向かいにある三越のライオンが1頭しかいないことが、金曜日から気になっている。前から1頭だったのか、片方は撤去されたのか、誰か「おせーておせーて、おせーーーてー」小松の親分さん。

ジャーニー to 「ガラス玉遊戯」


2002年07月07日(日) 夏休みとは何だ

 昨日は、早刑研で久しぶりに多くの人が来て、前期打ち上げもした。N産大のI井君、N潟大のO嬢(物語ではない)、Q国大のU山君、I知学大のH田さん、I知大のK藤君などなど遠い国?からやってきてくれたし、T殖大非常のM崎君もきてくれた。
 7月は、学部や研究会や研究室などいくつかの打ち上げを行い、いよいよ夏休みに突入する。私はずっと以前から「夏休み3ヶ月説」を唱えているが、いまだ実現されていない。どんどんどんどん夏休みが、客観的にも、主観的にも短くなってきた。子供の頃は本当に長いと感じたのだが・・・。
 多くの仕事をかかえて、夏休みにまとめてやろうとか思っていると、あっという間に、秋風が吹き、「夏をあきらめて」という結果となる。いまだかって、夏休みを完璧に充実して行為支配した記憶がない。7月は完璧な計画を立て、徐々に計画を修正していき、9月下旬には予備段階で終わった多くの仕事を眼前に「立ち尽くす明日」となる。まあ、所詮こんなものかもしれない。数式のようにはいかない。しかし、なんだかんだこれまでやってこれたのだから、それなりに、夏休みをこなしてきたのかもしれない。

 夏休みのいいところは、ボーっとできる時間が比較的多いことだと思う。妄ちゃんじゃないけれど、まさに妄想の時間である。この時間が知的な時間なのである。フリーのヘーゲル学者長谷川宏も、朝日で同じことをいっていた。今は、小学生や大学生まで、忙しく、変化に富む日々がつづき、この時間がとれないからだめだ。退屈の時間が必要なのである。人生は基本的に退屈なのだということを子供の頃に教えなくてはならない。旗本退屈男はどのくらい退屈だったのだろうか。「天下御免の向こう傷」「ポンポーン」とS南大のS見君が昔よくやってたなー。
 退屈の中に喜びを見いだしたらしめたもんである。妄想と狂断・・・素晴らしい。しかし、本当に仕事は終わるのだろうか。下旬のすさまじい合宿もある。まあ、なんとかなるさ、ケセラセラで行きましょう。

ジャーニー to アンネテ(夏に、という南門近くにあった喫茶店)


2002年07月04日(木) 環境研究学

 暑い暑い暑い、何回いっても暑いから、いわないようにしようと思うが、暑いのである。それも、さわやかな暑さであればいいが、蒸し暑いのであり、これは蒸し(無視)できない事態であり、Ich muss(蒸す)のである。これでは、じっくり研究しようという気分になれない。この環境研究学こそ意味のある研究だと思う。こうした環境では、けっしてカントやヘーゲルは出てこないのである。
 先週のRJ研に、サッポロ黒ラベル大のM原さんが来たが、北海道はさわやかであるという。羨ましい限りである。ミュンヘン・札幌・ミルウオーキーなのである。ドイツ留学中、夕食後、家族で散歩し、公園に行き、子供を遊ばせ、私は、ベンチでWiedergutmachungのDissertationやHabilitationの1冊を手にして読んでいたことが、つい昨日のことのように思える。
 こうなると、うまいビールを飲むしかない。I知大のカトちゃんは、ドイツでズーパードライがないことを嘆いていた。フライブルクのガンターという銘柄のビールは、そんなにおいしくないが、あれを飲むと、フライブルクにいることを実感できるから不思議である。ワインもいいが、私はビール党だ。ミュンヘン、ケルン、そして、ベルギー・・・こう書いているだけで、飲みたくなる。
 暑ければ、避難するしかない。D藤先生は、7月になれば早速軽井沢である。別荘もいいかもしれないが、その維持が面倒だ。やはり、合宿しかないようだ。中軽井沢の第1放棄寮と信濃追分セミナーハウスである。下旬に、大学院とゼミ合宿まとめて4泊5日である。これがきつい。しかし、涼しい。暑さから逃れるためには、苦しみを甘受しなければならない。これこそ、リスク社会の典型かもしれない。何をしてもリスクを背負うのである。それでは、何もしないでいるとなると、そのリスクも発生するのである。何か、奥島元総長の言葉になってきてしまった。これも、「暑さのせい」かもしれない。

ジャーニー to 親父ギャグ(さむーい)


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