hazy-mind

2003年06月28日(土) 『ある悪魔の少年と天使の兄妹の話』 短編

あるところに悪魔の少年がいました。
少年には翼がはえていました。
とてもきれいな、2つの黒い翼がはえていました。


その翼は本当にきれいでした。
でも、少年はその黒い色が大嫌いでした。


少年は天使の白い翼にあこがれていました。
だからいつも少年はこう思っていました。


 天使になりたいな
 そしたら、ぼくもあのきれいな白い翼をもてるのに


今日も少年はいつものようにそんなことを思いながら森の中を歩いていました。

少年は自分の黒い翼が嫌いだったので、空を飛んだりはしませんでした。
いつか白い翼で、大空を飛び回ってみたいとおもっていました。


少年は湖の所までやってきました。

すると、一人の天使の少女が水辺に座ってぼーっとしていました。
少女には美しい白い翼がはえていました。

でも、少女には一つしか翼がはえていませんでした。

少女は、だまって湖を眺めていました。

なんで天使がこんなところにいるのだろうとおもい、
少年は少女に話し掛けました。


 なにをしているの


少女は少年の問いには答えずに、
ちらりと少年の翼の色を見てからこういいました。


 おねがいがあるの あくまさん
  
 私はむこう側から落ちてきてしまったの
 天使の世界と悪魔の世界の間にあるこの湖に

 私には おにいちゃんがいるの
 とてもやさしいおにいちゃんがいるの
 
 ほら わたしには翼が一つしかないでしょう
 おにいちゃんもそうなの 私たちは二人とも翼が一つしかないのよ
 
 だから 二人一緒じゃないと空を飛べないの

 でも わたしが湖に落ちちゃってこっち側にきちゃったから
 おにいちゃんは飛べないの
 
 私が一人で湖に遊びに行ったりしたから…

 わたしのせいで…
 
 いつもいっしょだったのに…

 一緒じゃないと飛べないのに…


悲しそうに、少女は言いました。


少年もなんだか悲しい気持ちになりました。

少年は聞きました。

 
 おねがいって なに


少女は、すこしのあいだ、だまって湖を眺めていました。

それから、こういいました。


 天使は向こうからこっちへ来れても もう向こうには戻れないの

 だから 黒い翼のあなたに おねがいがあるの


それから、

それから、
少女は自分の手でそのきれいな白い翼を背中から剥ぎ取りました。


 おねがいがあるの あくまさん

 この翼を おにいちゃんにとどけて


 おにいちゃん こまっているかもしれないから


最後に、すこし笑ってから、少女の身体は消えていきました。

とてもきれいな白い翼だけを残して。



少年は、すこしのあいだ、だまってその翼をみていました。

それから、そのきれいな白い翼を拾いあげ。


湖の中におちてゆきました。







かすんだ空のした。

湖の真中にある浮島の樹のしたに一人の天使の青年が座っていました。

その青年はとてもきれいな白い翼を持っていました。

でも、青年は一つしか翼を持っていませんでした。


青年の前に、とてもきれいな黒い翼をした悪魔の少年がやってきました。

少年は天使の青年に、少女の話をしました。

それから青年に、少女の翼を渡しました。


青年は言いました


 ありがとう あくまさん

 でも ぼくは翼なんて欲しくないんだ

 ぼくらは二人いないと飛べないから
 ぼくらはいつも一緒だったけれど

 それが ぼくには とても 楽しかったんだ

 
 ねぇ わかるかい ぼくはつばさなんてほしくなかったんだよ


 妹がいない世界なんて ぼくはすこしもたのしくないんだ


青年は悲しそうにそう言ってから、それから、
 
それから、

それから、
そのとてもきれいな天使の白い翼を剥ぎ取りました。


 でもありがとう あくまさん

 妹の願いを聞いてくれて

 お礼に ぼくの翼を自由に使ってかまわないよ

 
 ぼくは いもうとに あいにいくよ


最後にすこしだけ笑って、青年は消えていきました。
とてもきれいな天使の白い翼だけを残して。


少年は、なんだかとても苦しい気持ちで、しばらくのあいだ、一歩も動きませんでした。

それから、自分の、とてもきれいな悪魔の黒い翼を剥ぎ取り、
代わりに天使の青年と少女の、とてもきれいな白い翼をつけました。



なんだか、ただ、なんだかとても悲しくて、

空を飛びたいとは、少年には思えませんでした。

ずっとずっと、この白い翼が欲しいと思っていたのに。

少年はなにをすればいいのかわからないほど、苦しい気持ちになりました。



そして、目の前にあった樹に向かって、少年はつぶやきました。




 ねぇ ぼくは なにをしたのだろう




 このつばさで ぼくに なにが できるのだろう




それから、まわりにだれもいなかったから、

少年はすこし、樹に寄りかかり下をむきながら、なきました。




 



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