hazy-mind

2002年12月15日(日) 『次の日』  短編 



次の日

朝、いつもよりもすこしだけ早く彼女は目を覚ましていたが、
少しの間、ベットの上でピクリとも動かなかった。
目も閉じていた。

まだ若い彼女は最初、一日そうしていようと思っていたが、
部屋の中はあまりにも静かで、
目をつむっても見えるのは昨日のことだけだったから、
結局、彼女は体を起こした。

カーテンを開け、窓の外を見ると、強くはないが雨が降っていた。

「・・・つごうがいいな・・・」

彼女はそうつぶやくと、顔も洗わずに、
家にある一番大きな傘だけを持って、外に出た。

そして、傘を顔が見えないくらいに深くさして、歩き出した。
どこに向かってかは、彼女自身にもわからなかった。

雨はだんだん弱くなり、やがて止んだ。


それでも彼女は傘をさしたままだった。

彼女は誰にも顔をみられたくなかったから、
傘をさしていたわけではなかった。
彼女はただ、誰の顔もみたくなかっただけだった。


また、雨が降ってきた。


彼女は、ただ下を見ながら歩いていた。
目にうつったものの名前だけ、心に浮かべながら。

(・・・タバコ・・・おち葉・・・マンホール・・・
・・・タンポポ・・・タバコ・・・長靴・・・あ・・・)

その、カッパを着た子供は、彼女の傘の中に入ってきて、
不思議そうな顔で彼女の顔を見上げた。
彼女がつい、目を合わせると、
子供はただニカッと笑い、そのまま何も言わずにかけていった。

彼女は立ち止まったまま動かなかった。

心の中には何もなかったのに、彼女の目から涙がこぼれた。


「何だろう・・・これ」


彼女はそう、小さな声でつぶやいて

それから、すこし、わらった。





2002年12月03日(火) 『砂場のおじさん』  短編







砂場で釣りをしようとしているおじさんがいて
ぼくは彼は気が狂っているんだろうと思ったけれど
何故かぼくは彼から目が話せなくて
「あの」って、無意識におじさんに声をかけてしまって
何をきこうかなんて考えてなかったから
「あの、なにをしているんですか?」
って無意味な事を訊いてしまった。






「釣りをしているんだよ」





って言うおじさんの声が聞こえるはずだと思っていたのに
ぼくには何も聴こえなくて。
それはただおじさんが何も言わなかったからみたいで。
なんだかぼくはどうしようもなくて彼の隣のベンチにすわった。





釣りざおの先についてる釣り針をじっと見ていたら
餌がついてない事に気づいたから

「餌はつけないんですかって」って聴いたけど

返事は返ってこない


って思っていたら

「あぁ、忘れてた」っておじさんが言ったんだ












それから「ありがとう」って言ったんだ。





ぼくに。








ありがとうって。




2002年12月02日(月) 『夜の花へ』 短編





彼女は言った。

「ねえ、見て、ほら、この腕輪、きれいでしょう?」

そういいながら彼女は、待ち合わせの場所にやってきた。
その日は映画を見に行く約束をしていた。
あぁ、でも、別に付き合ったりしているわけではなかった。
「は?腕輪? ・・・何もみえないよ」
「何いってんの? あるじゃん。ほら」
「・・・」
「いいでしょー、恋人にもらったんだ」
「・・・あっそ」

僕には彼女の腕輪は見えなかったけれど、上機嫌な彼女につっこむのはなんだかめんどくさかったから、適当に答えていた。
彼女にはこの間恋人が出来たらしかった。

彼女・・・綾は、高二くらいの時からの知り合いで(といっても、同じ高校ではなかった)
月に一度くらい、どちらからともなく連絡をとって遊んだりしていた。

映画は、前作が好評だった奴の2作目だったのだが。
見事につまらなかった。いや、ほんとにつまらなかった。
まぁでも、映画がつまらなかったことをねたにして笑えるような仲だからこそ、今でも友達やっているんだろうと思った。

高三の終わり頃、綾も僕もいろいろ忙しくてあまり逢わなかった。
もっとも綾は大学受験で忙しかったようだけど、僕は受験なんてまったく考えていないで、友達と映画を撮ったりして遊んでいた。
付き合っていた高校の後輩と別れたのもこの時期だった気がする。


綾から、久しぶりに逢おうといわれたのは、高校を卒業してすこしたった頃だった。
綾は大学に通っていて、僕は一応浪人と言うやつだったけれど、
毎日予備校をサボってぶらぶらしていたから、いいよと答えた。
それに、なんとなく、そろそろ電話がかかってくるころかなと思っていたところだった。

二人が待ち合わせるところはいつも駅前とか繁華街だった。
人込みが嫌いな僕にはちょっと理解できないが、綾は人込みが好きらしかった。
『寂しいのが嫌だから』って彼女は言っていた。

「あ、久しぶり!」
「あぁ」
「元気?」
「まぁな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「そういう時は『君は?』っていうものだよ」
「・・・お前は?」
「元気だよ」
「あっそ」
「・・・私、恋人と別れちゃったんだぁ」
「そっか」
「ねぇ、なんかさびしいし、私たち付き合っちゃわない?」
「・・・いいよ」
展開が普通じゃないが、前から綾のこういう性格を知っていたからそんなに驚かなかった。
それと、とくに断る理由がみつからなかった。
「そう。よかった。」
「・・・」
「・・・あ、この腕輪は気にしないでね、そのうち取れるから」
「気にしてないよ、見えないし」

一ヶ月、一ヶ月くらい持てばいいかな、と思った。
不思議な事に、付き合ったばかりなのに、綾との関係が長く続くとは思えなかった。
特に理由は無い、そんな、気がしただけだ。


でも、季節が秋になっても、綾はまだ僕の隣にいた。
たまに手はつないだりするけれど、キスとか、セックスとか、そう言うことはしていなかった。
恥ずかしいとかそう言うのではなくて、ただそう言う気持ちにならないからだった。
なんとなく、綾も同じだったと思う。
そしてこれくらいの距離が僕らにとってちょうどいいものだったのだと思う。
なにより、僕は綾が好きだった。


「ねぇ、手を出して」

突然、綾はそう言った。たしか夜どこかの交差点で、信号を待っていたときだった気がする。
「・・・こう?」
「ちがう、左手の手のひらの方」
「ん」
「・・・」
綾はぼくの手を見ながら何かをしばらく考えていたけど、
「やっぱいいや、なんでもない」
と言って、宙にあった僕の左手をつかんで信号を渡りだした。
綾はたまに、こうやってヘンな事を言った。
中でも一番不思議なのは、腕輪の話しだ。
思い出してみるとずっと前からなのだけれど、彼女は左手首に腕輪をしているらしかった。でも僕にはその腕輪はまったく見えなかった。
何ヶ月かすると腕輪の話はしなくなったけれど。
それでも彼女はその腕輪を眺めているような動作をたまにしていた。


「前の恋人の代わりでもかまわないよ」

自分でも何故そんな事をいったのかわからなかったけれど、僕は突然そんな事を綾に言った。
確か僕の部屋で遊んでいて、なんだかすごく楽しい会話の最中だった気がする。

ちょっと、沈黙が流れた後、綾はすごく怒りはじめた。
あんなに怒った彼女ははじめてみた。
そしてその後、綾は泣き出した。何も言わずに泣いていた。
彼女を抱きしめたのはその時が最初だった気がする。
でも僕には、その時は、なぜか愛しいと言う感情は無かった。
ただ、眼の前で泣いている人に対して、そうしなくてはならないような気がしただけだった。

「指でさ、空中に円を描いてみて」

すこし落ち着くと、彼女はそう言った。
僕は彼女に言われたとおり、空中に小さく円を書いてみた。
「・・・そう。その円のことを見ながら、目を閉じてみて、その円を感じられるでしょう?光の輪が、見えるでしょ?」
「・・・あぁ」
僕がそう答えると、綾は左手首を見ながら言った。

「あの人からもらった腕輪が消えないの。あの人は言ったの『君が俺を忘れるまでこの腕輪は消えないよ』って。私は、もうあの人の事なんて忘れたいの、忘れたいのに、この腕輪が消えないの。この腕輪を見るたびにあの人の事を思い出してしまうの」
それからまた、綾は泣き出した。でも、さっきの泣き方とは違っていた。
「・・・大丈夫だよ、気にしていないから。俺には見えないし、そのうち消えるはずさ」
だから僕は、すこし笑ってそう言い、初めて綾にキスをした。



綾が手首を切ったのは、冬のはじめの頃だった。

一人暮らしの綾の部屋に遊びに行ったときだった。
僕はベットの上で本を読んでいた。

「ねぇ・・・」

と言う声が聞こえたので振り返ってみると、手首から血を流した綾がたっていた。
目からすこしだけ涙がこぼれていた。
手には何ももっていなかったから、彼女が何で切ったのかもわからなかった。
僕はその時何故だかわからないけれど、(綺麗だな)と思った。
説明なんて出来ないけれど、僕にしかわからない表現でもいいのなら、
『夜の花をもった少女が少し遠くに立っている』ような気がした。
僕は綾が手首を切ったんだと気づくまでにすこし時間がかかった。
そして彼女は言った。

「とれないの、とれないの!とれないの・・・」

その声に変な感情を、僕は感じた。

小説とかなら、この後どうなるんだろう?
僕は綾を抱きしめていたり、手当をしたりするのかな。
キレイな映画だったら、僕は綾のその手首にくちづけをするのだろう。

でも、僕は逃げた。
何から逃げたのかわからない、ただ、気づいたら逃げていた。
どうやって逃げたのかもわからない、だけど僕は確かに逃げていた。
綾を抱きしめもせず、助けもせずに、僕は逃げた。


それから、綾とは一度も逢っていない。
彼女が無事だったのかも知らない。
腕輪は取れたのかどうかもわからない。

一年たった今、僕は遠くの街にいて、大学に通っている。
新しい恋人も出来て忘れていたのに、なんだかふと、綾との事を思い出した。
それと一緒に、あの時、綾が僕に言った言葉も思い出した。





でも、それは、ここには書けない。





2002年12月01日(日) 『保険もどき』 詩





たとえばいつか僕が
誰かの痛みがわからないようになって
誰かを傷つけても何も悩まずにいやらしく笑っている
そんな大人になってしまったら
教えてください

昔考えていたこと

言っていたキレイゴト

誰かを好きでいたこと

一生懸命なにかを考えていたことや
いつもなにかに悩んでいたことを

それからうそでもかまわないから

「君は誰かの笑顔を見てうれしそうに笑っていたよ」と

そう言ってください




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ぺんぎん