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2002年07月30日(火) 『人形とあくま』 どうわ?


その日、ぼくは小さなぬいぐるみ屋さんに行きました。
お客さんはぼくひとりだけでした。
するとイスにすわっていた人形が「ねぇ、きみ、僕の話をきいてくれないかい?」とはなしかけてきました。
「ちょっとながくなるけど、僕とあくまのはなしなんだ」
ぼくはいいよといいました。

すると人形はゆっくり話し始めました。

「あくまと言っても、そんなに怖いやつじゃないんだ。
とってもおっちょこちょいなこどものあくまなんだ。
このあいだ、そのあくまが僕のところにやってきたんだ。
そしてあくまは僕に言ったんだ

 『ねがいをひとつだけかなえてあげるよ、どんなねがいでもいいよ』って。

だから僕はこう言ったんだ

 『笑いたいな。だれかの前で笑いたいんだ』って。

それを聞いたあくまは少しふしぎな顔をしていったんだ

 『笑いたいだって?君はもう笑った顔をしているじゃないか?』って。

僕はもう一度いったんだ

 『でも、僕のねがいはだれかの前で笑うことなんだよ。
  さっきどんなねがいでもいいよっていったよね?』って。

笑った顔をしている僕が笑いたいというから、
あくまはまるでなぞなぞを言われたように困って考えていたけれど、
しばらくしてこういったんだ

 『わかったよ。でも、もし願いをかなえてあげたら、きみのたましいをくれるかい?』って。

僕はすぐに『うん』とうなずいたんだ」



そこまで話すと、人形は一息ついてから、また話のつづきを言い出しました。

でもなんだか、人形は少し悲しそうな声になっていました。


「その日からあくまはいっしょうけんめい、僕をだれかの前で笑わせようとしてくれるんだ。
僕の前でおもしろい顔をしてみせたり、ヘンな声を出したり、僕をくすぐってみたり。
毎日毎日僕を笑わせようとがんばってくれているんだよ。
僕はなんだかそれがとてもうれしくて、だんだんあくまのことを好きになってきたんだ。
ねぇ、あくまは今でも、僕を笑わせようとがんばってくれているんだ。
だから僕はいつか本当にだれかの前で笑うことが出来るかもしれないんだ。
でも、あくまは僕が人形だって気づいてないんだ。
あくまは僕を人間の男の子だと思っているんだよ。
ねぇ、僕はあくまのことが大好きなんだ。
あくまを悲しませたくないんだ。
ねぇ、人形の僕に、あくまにあげるたましいはあるのかな?
ねぇ、僕はあくまのことが大好きなんだよ・・・」


人形の話を聞いてぼくはとっても驚きました。
だってぼくは、いまは人間の男の子のすがたをしているけれど、
本当は人形がさっきいっていたあくまなのです!。
今日は人間の男の子にばけて人形をおどろかせて笑わせようと思っていたのです。

ぼくはいままで人形のことを本物の人間だと思っていたので、
だまされていたんだと思ってとってもおどろいたけれど。
なぜでしょう?なんだかちっとも人形をおこる気持ちにはなりません。
それどころか逆に人形がとてもかわいそうな気がしてきました。
ぼくが黙っていると、人形はもう一度ぼくにきいてきました

「ねぇ、人形のぼくは、あくまにあげるたましいを持っているのかな?」と。

ぼくは、人形にたましいがあるかどうかなんて何もわからないけれど、こう答えました。

「大丈夫だよ、きみは人間に負けないくらいのやさしさをちゃんと持っているよ。
 だからきみにはたましいだってあるはずさ」

それをきいた人形はとてもうれしそうな声で言いました。

「ありがとう」

人形はいつも笑った顔をしているけれど、「ありがとう」といった時の人形の顔は、
ぼくにはなんだかほんとうに笑っているような顔にみえました。

人形は自分が本当に笑っている事に気づいてないようだったけれど、
ぼくはそのことを人形に言いませんでした。
かわりにこういいました。

「あくまがもどってくるかもしれないから、ぼくはもう行くよ。
あ、そうだ、もしきみが自分が本当に笑えたような気がしたら、あくまにきいてみるといいよ。
ぼくは人間だから知っているんだけど、
本当に笑っているかどうかは自分だけじゃわからないんだよ。
だから、あくまにきいてみて君が本当に笑ったかどうかかくにんするんだよ」



ぼくは、ぬいぐるみ屋さんから出て、もとのあくまのすがたにもどりました。
それからちょっとほほえみながらこう思いました。

(さぁ、これからいつものように人形を笑わせに行こう。
 でも、もし人形が本当に笑って、ぼくにかくにんしてきたら、
 「笑っていなかったよ」って言うんだ。
 なぜなら、もし「笑っていたよと」いってしまったら、
 人形はぼくにたましいをくれようとしちゃうだろうから。
 でもぼくはそんなもの、もう少しもほしいとは思わないんだ。
 人形といままでのようにずっと遊んでいる方がうれしいんだ。
 
 だって、ぼくも人形が大好きになったから)






2002年07月29日(月) 『題名が決まりません』 短編






病院のベッドの上に横たわる母を、私は見下ろしている。
感情は何もわいてこない。
少し冷たい目で、生命維持装置に抱かれている彼女を見ている。



私には母の記憶がない。
物心ついた時には、すでに母はこの姿でこの部屋にいた。
ピクリとも動かず、目を開けることもないこの人を、
『母』だといわれても、私は信じることが出来なかった。


植物人間。
私を生んで数日後、脳の病気で母はそうなった。
出産は原因には関係なかったそうだ。
偶然、母の生まれた日と私の生まれた日は一緒の日だった。


20年間、私は父と二人で暮らしてきた。
父はよく働き、私の面倒も普通に見てくれた。
だから母がいなくても、私は普通に成長してきた。


母が倒れ、検査の結果、もう二度と回復しないと宣告された時。
医者は父に安楽死をすすめたけれど、父はすぐに拒否したらしい。
「まだ、生きている」といって。


父は母を愛していた。
母が動かなくなってから20年間毎日、
父は仕事の帰りに病院により、
一時間くらいずっと母の手をにぎっていた。
何か話しかけている時もあった、笑いかけながら、
何も答えない恋人に向かって。
なんでそんなことを続けるの、と父に聞いたことがある。
父は少し笑っていっていた
「さみしがりやなんだよ、あいつ」


私には父の気持ちがわからなかった。


最初の頃は、私も父に連れられて病院に行っていた。
でもベットの上で動かない人を見ても、
なんの感情も抱けなかった私は、次第に行くのがいやになり、
小学生になってからは、年に一度くらいになっていた。
そのことについて父は何も言わなかった。


なぜ父は、母に縛られつづけていたのだろう。
語り合うことも笑いあうこともセックスもないのに
どうして愛しつづけられたのだろう。
そういえば、私が生まれる前の2人のことは聞いたことがなかった。




昨日、いつもどおり母の手をにぎりに病院に言った後、
車に轢かれ、父は死んだ。


そして私はなぜか今、母の病室にいる。


前に母を見たのは母の誕生日だった。
この日だけは父の頼みを聞いて私もここにくる。
毎年のことだ。
「誕生日おめでとう」父は母の手をにぎりながらそういい、
それから思い出したように私にも
「誕生日おめでとう」と言う。
これも毎年のことだ。
私はこの日があまり好きじゃなかった。


もうすぐ9時、もうすぐ、いつも父が母の手を握る時間だ。
でも母の恋人はこない。
彼の死を母はまだ知らない。
心が残っているのかもわからないけど、
それをわざわざ伝えに、私はここにきたのかもしれない。


私はコートを着たまま時計と母をゆっくり交互に見ていた。
今までちゃんと母の顔を眺めたことがなかったけど、
彼女は年よりも若くみえた。


それから布団から出ている、左手を見た。
医者も父のことを知っているから、いつもそのままにしている。


突然、私の心臓は一度、大きな鼓動を打った。
そして急に、たくさんの疑問が浮かんできた。


父が毎日手を握っていたことをこの人は知っているのだろうか?
その感触、暖かさを、母は感じていたのだろうか?
もし彼女がそれをわかっていたら?
いつも来てくれて手をにぎってくれていた恋人がもう二度とこなかったら?
もし彼女が今日も彼を待っていたとしたら?


答よりも先に不安を覚えた私は、
ほとんど無意識に両手を伸ばし、母の手をにぎっていた。
母の手は、とても、あたたかかった。


(あぁ、そうか)

と、まず、おもった。
それからいろんなことがわかった。


この人は生きている。
この人は私のお母さんだ。
二人はおたがいに温度を分け合っていたんだ。
父も母から、何かをもらっていたんだ。
・・・
いろんなことがごちゃごちゃに心に浮かんでいった。
涙が出そうになったけどこらえた。



私が父の代わりに毎日母の手をにぎりに行くようになってから、
二週間くらいたったある日、医者に呼ばれた。
私には何もわからない写真を私に見せながら、
医者は少し興奮して話した。
彼の説明はほとんどわからなかったけど。
要するに0%が1%になったらしかった。
奇跡的なことに母の脳に回復の兆しが見えてきたそうだ。
それでも1%だけど、父の頃から私たちのことを知っている医者は
感動した様子で私に言った「おめでとうございます」


私は医者に「ありがとうございます」と言ったけれど、
その時私は笑っていたかどうか覚えていない。
ただ心の中では笑っていなかった。
何かざわざわと心の中に広がっていった。
私は母のいる病室に行った。


まだ夕日が落ちきっていない。
こんな時間にここにきたのは初めてだ。
夕日に照らされている彼女の顔は、昨日と少しも変っていなかったけれど。
やっぱりどこか、私に似ている気がした。


この前、母の手をにぎりはじめてから、少しだけ思っていた。
そんなことはないのかもしれないけど、母が意識を取り戻した時のことを。


・・・この人にとって、幸せとはなんだろう?不幸とはなんだろう?


私は母にまだ一度も話し掛けたことがない。
もちろん、父の死も伝えてはいない。
父は男にしては手が小さい人だったから、
母は私の手を父の手と思っているかもしれない。
私はそうであって欲しいと思っている。
それに私はそのつもりで毎日母の手をにぎっている。
私は母の子だけれども父は母の恋人だから。


私は一生母をだましていこうと思っていた。


恋人がもうこの世にいないことを理解したらこの人はどうなるのだろう。
ロミオとジュリエットみたいに死ぬのだろうか?
それとも、やがて他の誰かを愛すのだろうか?
私にはわからない。
けれど・・・



私は、昔から自分で何かを決めるのが苦手だ。
誰かと議論するのも嫌いだ。
「あなたがそう思うなら、それでいいよ」
そんな風にいつも言っていた。
自分が間違っているか正しいかなんて知らない。
他人それぞれが思った評価で、別にかまわない。
私にはどうでもいいことだから。
自分で考えて何かをするより
人に言われたことをやっていたほうが楽だ。
私はそういうふうに生きてきた。


でも今、私は考えている
少し時間は早いけど、母の手をにぎりながら。


・・・母にとって、幸せとはなんだろう
父にとって、幸せとはなんだろう
私にとって、幸せとはなんだろう
どうなればいいと、私は思っているのだろう・・・


何度も頭の中で繰り替えす。答はでない。
たとえ最善の答があったとしても、私にはわからない。



・・・幸せとはなんだろう・・・


何度繰り返し、何度考えたかわからない。
答はでないけれど。
答なんてないのかもしれないけれど。
わからない。わからない。わからない。けれど、
私は思ったことをやった。

母についてる呼吸補助器をはずした。



「・・・だから、あたしが間違っているかどうかは、
 あなたが決めて・・・おかあさん」





2002年07月28日(日) 削除

削除



2002年07月27日(土) 『星造り』 詩





夜の空を一人、見上げてみたら
雲がいっぱいで星が見えなかった

だから目を閉じて雲の上を想像したんだ
どうせ見えないなら、想像で星をつくろうと思ったんだ
すこし多めに、つくろうと思ったんだ

「それはただ理想化してるだけだよ」と、隣りにいたら君は言うかな
それならぼくは「そうだね」と、すこし笑って君に言うよ

でももう君はいないから、僕はひとりで、もうすこし星をつくるよ

相変わらずぼくは偽善者のままで
誰かに優しいねといわれるたびに吐き気がするよ
誰かに親切をする自分に嫌気がするよ

まぁでも、何とか元気でやっています

きみはどうかな、笑っているかな


いつだってきみの望んだやさしさを持っていたいとおもっていたよ
でもきみはそれを望んではいなかったんだね
ぼくはそれすら気づけなかった


ほんとうの、やさしい人に、なりたいって
いつだって、そう、おもっているんだ

まだまだ無理だけど、いつか、なりたいと、おもっているんだ



外はだんだん暑くなってきて、冬はまだまだ遠いけれど、ぼくは笑っているよ






2002年07月26日(金) 『夢を見た』 詩





夢を見た


意味のない夢


言葉を振り回したら
ガラスが割れた


興奮が一瞬で消える
そんな音がした



ガラスの破片を
手にとって眺めようとしたら
ガラスの破片は
溶けていってしまった

まるで冷たくない氷のように


この手は決して暖かくはないのに
ガラスの破片は溶けてしまう


ぼくの冷たい心では
もう触れることは出来ない





あたたかい歌を歌ってください
ここは寒すぎるから







2002年07月25日(木) 『散歩とか嘘とか』 詩



知らない町を歩いていたら。
すこし高い丘に出ました。
花がすこし濡れていたので。
雨が降っているのに気がつきました。
丘からの風景はすこし楽しくて。



ぼくはそれを憶えようと。憶えようと。




知らない町を歩いていたら。
川沿いの道を見つけました。
川辺の草が、春の風に揺れていました。
風景があまりにもきれいすぎたから。
すぐにそこを離れました。



ぼくは君を忘れようと。忘れようと。





楽しい思い出が悲しいなんて。
こんなおかしなこともあるのですね。





2002年07月24日(水) 『天使と人魚の物語』 物語




少年は、その両肩の翼を大きく広げ
高く、高く、空を昇っていく

少女は、その両足のひれを大きく広げ
深く、深く、海を潜っていく


たとえば、僕らが住んでいるここを地上と呼ぶならば
少年の住むそこは、天界と名づけるべきだろう

たとえば、僕らが住んでいるここを地上と呼ぶならば
少女の住むそこは、深海と名づけるべきだろう


たとえば、僕らという生きものを人間と呼ぶならば
少年たちを天使と名づけるべきだろう

たとえば、僕らという生き物を人間と呼ぶならば
少女たちを人魚と名づけるべきだろう


ただ、僕らが生きている時間を、今と呼ぶならば
天使と人魚の生きていた時間は、遠い遠い昔のことである




この物語は、人間がまだ生まれていなかった時代の
天使の少年と人魚の少女の物語

自由を捨て自由を求めた二人の物語









第1幕 『天使』



浮島の渕に立ち、少年は下を見渡している
そこにはどこまでも広い湖が広がっている

少年は一つ大きな呼吸をし
湖の中に飛び込んでいく
しかし少年の意志とは反対に
体はやがて浮かび、水面まで戻されてしまう

天使の翼は軽すぎて、湖にもぐることはできない
『重い水』
翼が沈まないことから
その湖を人々はそう呼んでいた

『重い水』の上、大の字になりながら
少年はどこまでも高い空を見る

空にはたくさんの天使たちが浮かんでいて
皆楽しそうに飛んでいる


そう、天使たちは翼を持っていた
そして空を好きなように翔けまわれる自分たちを
自由だと、皆思っていた









第2幕 『人魚』



少し高い珊瑚に座り、少女は上を見上げている
はるか遠く、そこにはたくさんの光がゆれている

少女は力強く足をけり
光を目指し泳いで行く
しかし、少女の思いは届かず
疲れた体は沈んでいき、やがて海底までたどり着く

人魚のひれは重すぎて、水面まで行くことは出来ない
『重い水』
近づくと体が重くなることから
水面近くの水を、人々はそう呼んでいた

海底に降りた少女の前には
いつもと変わらぬ見慣れた世界

海中にはたくさんの人魚たちが浮かんでいて
皆楽しそうに泳ぎ回っている


そう、人魚たちはひれを持っていた
そして海を好きなように動きまわれる自分たちを
自由だと、皆思っていた














第3幕 『海恋し人・空恋し人』



いつからだっただろう
『重い水』の向こう側に惹かれていったのは
よく憶えてはいない


ここが嫌いなわけじゃない
みな自在に世界を舞い、歌い、楽しんでいる


この自由が嫌いなわけじゃない
世界を翔けるのはとても気持ちのいいことだと思う


でも・・・

行きたい
『重い水』のむこうに行きたい
ただそうしたい
それだけ

その気持ちだけが
日に日に強まっていく

重い水の向こう側になにがあるのか
わからないけれど


だから         















第4幕 『前進』


少年は、その両肩の翼を大きく広げ。高く、高く、空を昇っていく

少女は、その両足のひれを大きく広げ。深く、深く、海を潜っていく

できるだけ高く

できるだけ深く


それを見た人々は言った
そんなこと、無意味だよ
私たちは素晴らしい自由を授かっているじゃないか
なぜわざわざそんなことをするんだい?


少年は答えた

今ここにある自由に縛られていた自分に気づいたんだ
ただそれだけのことさ


少女は答えた

何かを本気で欲しいと思ったのは初めてだった
ただそれだけのことだよ


だから

できるだけ高く

できるだけ深く
















第5幕 『堕天』『離海』 



天使たちの目にはうつらないほど高いところで
少年は上昇を止め、その美しい翼を撫で
それから、遥か下の『重い水』に視線を落とした
そして
大きな呼吸を一度し、空を蹴った

少年はまるで雷のような速さで
風と雲を裂き、落ちていく



光も届かないほど深い海の底に降りた少女
その傍らには大きな魚がいた
少女は少し笑いながら、魚の背びれに掴まった
魚は一瞬その身体を強く収縮させ
そして
身体を垂直にはなった

少女と魚は放たれた矢のように
昇り、加速していく
やがて魚は少女を頭の上に立たせ
残りの力全てで少女を放った

さらに加速した少女は
光を目指し、昇っていく


そして二人は
それぞれの『重い水』に飛び込んだ


その負荷は少年の翼を裂いていった
だが、少年は何度も心の中で叫び
ただ下へと向かう


たとえこの翼を失ったとしてもかまわない
重い水の向こう側に行きたいんだ
知りたいんだ


自由を




その負荷は少女のひれを傷つけていった
だが、少女は何度も心の中で叫び
ただ上へと向かう


たとえこのひれを失ったとしてもかまわない
私の欲しいものはここにはないのだから
見つけるんだ


自由を











自由を















最終幕 『空と海の間で』



小さな島で
翼を失った天使とひれを失った人魚が
ぼろぼろの体で死んだように眠っていた

やがて
かつて天使だった少年は
目を覚まし、慌てたように空をみあげ
そして、あたりをみまわし
そばで眠る少女を見つけた


そして少し笑いながら
かつて人魚だった少女をおこさないよう
小さな声でささやいた



ぼくは、自由を捨ててここにきたんだ

でも、ぼくが欲しかったのは自由なんだ





2002年07月23日(火) 『あめいぬ』 短編


あめいぬ



生きているとたまにうそだと思うことがあります。
こんな現実はうそだと。
認める、認めない、好き、嫌いじゃなくて。

ふらふらと町を歩いていたら、急に雨が降ってきました。

雨宿りさせてもらうために電気屋さんの軒先まで行くと、
店の中から音楽が聞こえてきました。

歌を聴いているとたまにうそだと思うことがあります。
この人たちはうそを歌っているんだなって。

ふと気がつくと、男の人が一人たっていました。傘もささずに雨に打たれながら。
男の人の視線の先には犬が一匹いました。
犬も雨に打たれながら、じっと男の人を見ているようでした。
犬も男の人もすこしも動こうとはしませんでした。

「どうしたんですか?」と話し掛けてみると
男の人は僕のほうを見てゆっくり話し始めました。

「さっき急に雨が降ってきたから、
そこのまだ閉まってるバーのところで雨宿りしていたんだ。
 ちょっとのあいだそこにいたんだけど、
ふとこの犬がこっちを見ていることに気づいたんだ。
 雨にぬれているのに全然動かないから前からすこし気になっていたんだけどね。
 最初はただ、不思議だなぁって思っていただけだったけれど、
 ずっとこっちを表情もなくながめているから、
 なんだかだんだんこの犬がオレに何か言っているような気がしてきたんだ。
 そしてオレは荷物を置いて・・・ほら、あそこにあるだろ?
あれはとても大切なものなんだ・・・
 オレは荷物を置いてここまで犬に近づいたんだ。
 こうやってここまで近づいたんだ。近づいたんだ・・・だけど」


男の人はまた犬の方に顔を向けなおして、続きを言いました。

「だけど、オレは何のためにここまでこいつに近づいたんだろう。
 あげる傘も持っていないのに、何のために近づいたんだろう。
 こいつはそんな俺を不思議そうに見ているだろ。
 たぶん何しにきたんだろうって思っているんだろうさ。
 ・・・だからオレはここから動けないんだ。
 雨がやむまではずっと、ここでこうしてじっとしているんだよ」

僕には男の人の言っている事がよくわからなかったから、
そこを離れて、雨除けのために適当に店に入りました。。

店から出ると、もう雨は上がっていました。
帰り道にさっきの場所に行ってみると、男の人も犬の姿もありませんでした。
なんだか気になって町の中をすこしだけ探しながら帰ったけれど、
どこにも彼らはいませんでした。


・・・あの犬が欲しかったのは、なんだったんだろう?



僕は生きているとたまに、うそをつくことがあります。
世界を変えたい と 思って。



2002年07月22日(月) 『脱獄者』 短編



都会。
高い高いビルとビルの間の道
いや、道と言うにはあまりに細く
隙間といった方が正しいだろうか
その奥に、彼はいる。


そこに光は届かない
見上げても、見える空は少しだけ


彼の目に太陽がうつるのは日に1時間もない
そしてその時、彼は手足(それは手足と呼べるのだろうか)を
必死に動かし、少しでも上へ、上へ行こうとする
太陽にその身を焼かれる為に
「あぁ」とうめきながら


だが、彼は少しも太陽に近づくことはできず
すぐに太陽は彼の視界から消え、彼は闇につつまれる


そして、月が彼の真上に来る少しの間だけ
その月を見上げ彼は涙を流す



なぜそんな所にいるのかだって?
彼はそこへ逃げてきたんだ、もどれるわけがないだろう


彼は都会の汚れに生かされている
だから、彼は死ねないのだ



だから彼は太陽を求め続ける。
今日も。明日も。ずっと。






2002年07月21日(日) 『そんなもの』 詩




あなたは赤い色が好きだけど
ぼくは他の色のほうが好きで。


ぼくが好きな食べ物を
あなたは嫌いだと言っていた。



でも、ぼくはあなたが好きだ。



それだけだ。






2002年07月20日(土) 『月、二つ』 詩




この道は好きだ
寒い冬の夜は特に好きだ
何度通っても
(いいな)と思う

うすい橙色の街灯の光が映しだす景色は
まるで1つの静止画のようだ

今日もこの道を通る
真夜中で誰もいないところがまたいい

と、思ったら小さな子供が一人
街路樹を下からみあげている
こんな時間に何をしているのだろう

ちょっと気になったから声をかけてみた。

「なにをしているの?」

「あ・・・」

「冬だから枯れているよこの木」

「ちがうよ、ぼく、木をみていたんじゃないよ」

「え?」

「月をみていたんだよ」


そういって子供はどこかに駆けていった。

月か。確かに今日はきれいな満月だ
でもなんで、木の下からみていたんだろう?
枝がかかってみにくいはずなのに

その子のいた場所まで行って
空をみあげてみた。

「・・・月だ」

そう、おもわず呟いた
木の枝の向こう側に月がみえる
でも、月は二つあった。

あの子は、これをみていたんだ


二つ目の月の正体は街灯だった
寿命のせいか光が弱まっていた
それがちょうど満月の姿に似ていた




この道は好きだ
寒い冬の夜は特に好きだ
でも知らなかった
2つの月がみえるなんて

何年も通いなれた道なのに
ほんの少し視点を変えただけなのに
新しい魅力に気づいた


どうやらぼくは
まだまだあなたを好きになる




2002年07月19日(金) 『ある日公園にて』 短編



春、あたたかい日、ホームレスのおじさんがベンチに座っている
(身なりは汚いがそれなりに若い、そして目は汚れていない)

そこに近所に住んでいる子供(7歳くらい)が息を切らせながらかけてくる
どうやら子供よくここに来ているらしい
なれた様子でおじさんに話し掛ける


「ねぇ?」
「ん?なんだい?」
「ギゼンってなに?」
「ギゼン?」
「うん、ギゼン!」
「・・・う〜んそうだなぁ・・・」
「なに?」
「たとえば・・・」

ベンチの近くに、子猫が一匹歩いてきた
捨て猫らしく、痩せている
おじさんは、持っていたパンをすこしその子猫にあげた
子猫はそれを食べ、どこかへ行った

「・・・今のが、ギゼンだよ」
「ふーん、??う〜ん?」
「どうしたの?」
「でも、先生はギゼンはわるいことだっていってたよ」
「・・・そうかい、先生がそういったならそうかも知れないね」
「でも・・・おじさんのギゼンはいいことだよ?」
「そうかい?」
「だって・・・あのねこよろこんでたもん」
「・・・・・・・」
「ちがうの?」

おじさんは思う、
たとえば、もし子猫に食べ物を与えたのがこの子供だったとしたら
それはたぶん善なんだと。
でも、大人である自分は知っている。
猫を救ったわけじゃないことを
いずれあの子猫が飢えで死んでしまうであろうことを
子猫を育てる気のない自分が何をしたとしても
それはギゼンだと

「・・・あぁ、そうだね、ギゼンは悪いことじゃないかもしれないね」
「うん!そうだよ、ぼくあした先生にいっておくよ」
「・・・・あぁ」
「じゃあ、またね、おじさん」
「・・・あ、あぁ、ちょっとまって」
「なに?」

たとえば、いつの時代も大人達は言う
捨て猫に食べ物を与えるなと
でも子供達はそれが理解できない
大人が納得できる理由を言ってくれないからだ
大人たちがなぜそういうかは、彼らにもわかっていないことが多い
でも、それは、ただの親心なのかもしれない
悲しい思いをするのはいつも
子供たちなのだから

「・・・先生には秘密にしておかないかな?」
「なんで?」
「・・・先生が悪いわけじゃないんだ・・・」
「???」
「いいんだ。君がギゼンをよいことだと思えるなら、それで・・・どっちも間違いじゃないから」
「う〜ん??よくわかんない」
「うん」
「・・・でも、おじさんが言うならそうするよ」
「うん」
「じゃあいくね、また今度来てもいい?」
「あぁ、もちろんだよ、・・・楽しく生きなよ」
「うん!わかってるよ」
「あぁ・・・それでいい」



たとえば、本当のことなんてたくさんあって
真実だって一つじゃない
あの子はこれからたくさんの悩みを抱えていくことだろう


ただねがわくば あの子達から笑顔を奪うものが
せめて抗うことのできるものであることを祈って




2002年07月18日(木) 『台詞』 詩




私はあなたに何をしたの?
私はなにも出来ない
あなたが怖がるから
私はあなたになにも出来ない。
不安な眼で愛を語るあなた。
一度も私を信じたことのないあなた。
あなたを怖がらせる私
あなたを不安にさせる私
あなたに疑われつづける私
あなたが私に「好きだ」と
何度も私に「好きだ」と
二人の距離が近づくほど
あなたは私を怖がる

だから私はあなたに「好き」といえない
私を信じられないあなたに
私は怖くて何も出来ない
あなたが変な目をするから
「好き」といえない


わからなくていいよ
しんじられなくていいよ


最初からずっと好きだったよ



さよなら







2002年07月17日(水) 『見えない夜』 詩




となりを、小さな影が通りすぎていった。
ひとひらの葉。
前に落ちてきた。きた。


ただ、それだけ。
今日、みたのはそれだけ。
覚えているのはそれだけ。


毎日、何をしているのだろう


今、夜。
もうすぐ日付は変わる。
けれども、なにも変わらない。


明日になったら何が今日とちがうのだろう


欲しいものはわかってる。
場所がほしい。
場所。
居場所。


でも、どこにあるかわからない




2002年07月16日(火) 『あったか牛乳』 短編




今日は夜、雪が降る
と、昨日天気予報で言っていた
そういえば部屋の中にいてもすこし寒い
シャワーの後だからかも知れないが・・・
暖房代をケチっている場合じゃないかもしれない

ピンポーン♪

「ん?はえぇな」

ガチャ

「良かった、起きてた」
「昼過ぎだぞ?あたりまえだろ」
「そっか・・・、はい、これ」
「ん? ホットミルク?」
「ううん、あったか牛乳」
「・・・同じだろ?」
「ううん、あったか牛乳」
「・・・ん、ほんとだ、あったかい」
「ね?でしょ? ふふっ 」

彼女の頭にはすこし雪がかかっていた
どうやら天気はちょっと先走ったらしい

「雪?」
「うん、初雪」
「ん、そっか・・・どうする?ビデオでも借りてみる?」
「え? ビデオデッキ買ったの?」
「・・・」
「・・・」

とりあえずテレビを付けてしばらく眺める

毎年思うのだが、なぜ正月のテレビ番組はこうもマンネリなのだろう
二人でチャンネルを変えあっているうちに結局ニュースに落ち着いた

「ん、そうだ、昼飯食った?」
「うん、食べてきちゃった」
「そっか、おれまだ食ってないからカップラーメン食うわ」
「また、そんな体に悪いものを〜、たまには栄養のつくもの食べてなきゃ」
「ん? つくってくれんの?」
「ゴメンムリ」
「わかってる」
「む・・・」
「 ははっ 」

やかんに水をいれ火にかける
やっぱりこの部屋は寒いらしく、彼女もそばに着てあったまろうとしている

「・・・あったかい」
「悪かったな、寒い部屋で」
「いいよ、なれてるから」
「ん、そっか」
「どうせ今月もピンチなんでしょ?」
「つーか、一年中ピンチだよ」
「 ふふっ 早く春が来るといいね」
「ん、あぁ、そうだな・・・・・・なぁ?」
「なに?」
「さわっていい?」
「・・・いいよ」
「わるいな」
「いいよ、なれてるから・・・」

彼女はいつもそういう
まぁこんだけ付き合っていればそれもそうなんだが
何だかおれは慣れていない

さわるといっても、そっと右手で彼女のほほに触れるだけだ

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「あ、お湯、沸騰してるみたいだよ」


「ん? あぁ」
「何味にするの?」
「んー、あるのは醤油と豚骨と、あとは塩か・・・」
「じゃあとんこつにしようよ」
「なんで?」
「・・・なんでも」
「ふ〜ん」

とりあえず、1.5倍とかかれている奴を選んでお湯を注ぐ
まぁ、0.5くらい食われる覚悟はしておこう

「まだぁ?」
「んー、まだあと2分」
「・・・あ、自殺のニュース・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・ねぇ?」
「ん?」
「私たちって、死んだらどうなるのかな?」

彼女はたまに突然変なことを聞いてくる
そして、おれはそれに適当に応える。だいたいその場の思いつきで

「んー、たぶん・・・何もない世界なんじゃないのかな」
「・・・」
「ん、でも思い出だけ持っていけるのかなぁ・・・つーか嫌でもついてくる」
「思い出?」
「あぁ、だから嫌な思い出ばっかり持ってて、それで逃げたくなって自殺しても
 あの世でずっとその思い出といなきゃならない、うん
・・・そう考えたら、自殺なんかしないで、現実を変えようとするだろ?」
「・・・ふ〜ん、そっかぁ」
「うん・・・そんな感じだ」
「・・・ねぇ、今、しあわせ?」
「ん?・・・ま、まぁ」
「そう? 私もしあわせだよ」
「・・・・・そうっすか、そりゃどうも」
「だったら、今死んだら、この思い出も持っていけるんだよね?」

いつもおれが思いつきで答えるから、それには当然、穴がある
そして彼女はなぜかそこに気づくのが早い
でも、おれは負けず嫌いだ

「んー・・・いや、確かにそうだけど・・・ほら、あれだよ、俺らまだ若いじゃん?
 そうだよ、今死んで思い出持っててもさぁ? ほら、
思い出少ないからすぐ飽きちまうだろ? うん、
だからもっと生きて楽しいのも悲しいのもどっちも
思い出をたくさん増やさなきゃいかんのだよ、 うん、そうそう」
「どのくらい?」
「死ぬまで」
「ふ〜〜〜ん、まぁそういうことにしておきますか」
「なんだよ? おまえが聞いてきたんじゃないかよ」
「え?そうだっけ? ふふっ ・・・・あ!」
「ん?」
「・・・・・・・・・・とんこつ・・・」

そこには、もはや1.5倍の面影はなく
少なくとも2.5倍はあると思われるラーメンがあった
・・・これでうまさも2.5倍だったらどんなにいいことか

「・・・」
「・・・」
「・・・ん、遠慮しないで食っていいぞ」
「私食べたいなんて一言もいってないよ〜」
「ぬ、おまえが変な話ふるからこうなったんだろーが」
「あんたが長話したからでしょーが」
「 う 」
「ほら、速く食べないとそろそろ四倍になるよ」
「ん、まぁ、しかたないか」

まぁこんなことをいうのもなんだが
夕食代が浮いたと思えばなかなかおいしくいただける

「・・・」
「・・・ん? 食いたい?」
「別に」
「あっそ、じゃ全部食っちまうからな」
「あぁ、スープはだめぇ!」
「わかってるよ、はい」
「・・・ありがとう」
「ん、どういたしまして」

たまに素直な彼女は好きだ
たぶんあの性格の半分はわざとだろうけれど
やりたくてやっている演技なら それも彼女だから
それはそれで、よさげだ

「・・・」
「・・・」
「・・・ねぇ」
「ん?」

彼女はたまにいきなり変なことをする
いまも、突然くちびるを重ねてきた

「好きだよ」
「・・・いきなりすんなよ」
「・・・ごめんね」
「あ、いや、おこっているわけじゃ」
「わかってるよ」
「・・・ん」
「 ふふっ 」
「・・・・・・・・・・・」

こんな今は、いつまで続くのだろう
         

「・・・・あ、もうこんな時間」
「ん?そろそろ帰る?」
「うん」
「ん、じゃ送るよ、雪降ってるし、傘持ってないだろ?」
「いいよ、走るから」
「風邪引いたら困るだろ?」
「大丈夫だよ」
「こまるんだよ」
「・・・」
「・・・」

送るっていっても、彼女の家はとても近い
10分もあればついてしまう
まぁ、それはたまに便利なんだけれども
たまにそれは短すぎる

「さむいねぇ・・・」
「あぁ・・・」
「ねぇ」
「ん?」
「私たちって、刹那的なんだって」
「刹那的?」
「ただ、今がよければいいんだって」
「・・・」
「そのとおりだよね」
「ん、そうかもな・・・」
「うん、ちゃんときいてなかったけど、なんかそんなことを先生が言ってた」
「・・・おれ達の関係も、刹那的なのかな?」
「そうでしょ?」
「・・・・・そっか」
「だって、『今』がよければいいんでしょ?『今』ってずっとつづくじゃん」
「ん・・・・そっか」
「うん」
「そっか・・・・ ぷっ あはは 」
「どうしたの?」
「ん、なんでもないよ あはは 」
「? へんなの・・・じゃあ、またね」
「ん・・・あ、なぁ?」
「なに?」
「あれ、またもってきてくれよ」
「あれ?」
「あれだよあれ、あったか牛乳」
「あ、うん、いいよ」
「ん、じゃあ、またな」



んー、じゃあ、とりあえず、
今をおもいっきり生きようか




2002年07月15日(月) 『偽善者』 詩 




「よく気がつくいい人だね」
誰かがぼくに言った

「そんなつもりじゃないよ」
ぼくはたまらなくヤな気分になって言った

「だからいい人なんだよ」
かるい笑顔で誰かが言う

「・・・」

誰もそこからは何も言わない

誰かは楽しいだけ
ぼくは苦しいだけ


こんなぼくは偽善者






「あなたって偽善者なんだ」
誰かがこんな風に言ってくれたら

「ありがとう」
ぼくは心から笑顔を見せるだろう

なんでみんな偽善を嫌うのだろう
なんでぼくは偽善を好むのだろう


だれかぼくを助けてくれ






「偽善はいらないよ」
誰かがそんなことを言ったろうか

「ありがとうございます」
誰かがこんなことを言ったろうか

イイコトなんてわからないくせに
シンジツなんてみたくないくせに


矛盾してるよお前ら






「それの意味は考えないんだね」
誰かにぼくはおしえてあげた

「見せ掛けでもそれは『善』なんだよ」
言ってやった

「そんなに真実がすきなのかい?」
じゃあ教えてあげるよ

「嘘も一つの真実だよ」
教えてあげるよ




清く正しい誰かが言ってくれるのだろうか
強く優しい偽善と言ってくれるのだろうか
弱く寂しい疑善と言ってくれるのだろうか




こんなぼくは偽善者


信じつづける犠牲者






2002年07月14日(日) 『花』 詩




                 ぼくはこころのなかに

                 一輪の花をもっていた

              あなたから水をもらっているあいだは

             けしてしょんぼりすることのなかった花が

           ちょっとあなたをみなかっただけで萎れてしまった

                もうぼくのこころのなかは

               乾いた砂しかみえなくなっていた

               たとえあなたに逢ったとしても

               もう水をもらう花すらなかった




              あいたくないあなたに逢ってしまった

            もう遅いはずなのに  もう枯れ果てたはずなのに

              このやすらかなきもちはなんだろう

                  あぁ   そうか

              枯れた花の下には球根があったんだ

            なんどだって花を咲かせることができる球根が



2002年07月13日(土) 『みえないものを苛むように』 詩




僕が見てたソレが 苦しんでいないわけもなく

生まれたての思いが 親をこまらせないわけがなく

もがいても飛べない僕に 空は哀れむわけでなく

さっぱりとした心が やっぱり正しいわけではない


くだらない真実を自然に受け入れてみたいって たまにおもうんだ
それを疑いたくないって おもうんだ たまに




噛み砕いた希望を 絶望と一緒に飲み込めるはずもなく

僕の幸せが 誰かの幸せであるとは限らなく

ぶっ飛ばそうとして突き出した僕の手は 夢にすら触れることもなく


いくら吐き出しても吐き出しても 僕のなかに溜まった光は尽きることはない




くだらない真実をひねり潰してやりたいって たまにおもうんだ

みえないものを苛むように 

こんな真実なんかいらないって

おもうんだ たまに




2002年07月12日(金) 『世界』 詩 最初の頃書いた奴





           ・・・・それが許されるのならどんなに楽だろうか・・・・

                  罪が降り続けるぼくらの世界

             闇のなかから出てきたものが 人外のものだったら
                 ぼくは生きていけるかもしれない
              闇のなかから出てきたものが 人の手だったら
                      ぼくは?

               クツを履いた世界が 逆立ちしたとしても
                上を向いて行かなきゃ いけないのかな
                  ツモリが積もって山になったら
                過去をたっぷりかけて喰っちゃおっか

            ・・・・光を壊したぼくの手は闇も壊せるのかな・・・・

                 インチキでもたのしいぼくらの世界

               おもちゃのピストルをポケットに突っ込んで
                 いろいろ落ちてる世界を歩いてみよう
                   にやけた風が絡まってきたら
                    一緒にわらってやろうか

          ・・・・創られた世界を 作られたぼくらが 改造っていく・・・・
           ・・・・それが許されるのなら どんなに楽だろうか・・・・
                   ぼくらの生きてる誰かの世界


          カラダヲオカサレタ世界(アナタ)ヲ サケニオボレサセテミタイナ
               ミンナ ヨッパラッテ シアワセガミレルカモネ



2002年07月11日(木) 『いつか』 詩





昨日と何も変わらぬ朝
そっと置いた鍵
何処かに書いた言葉
一人みあげた空


笑顔の先がわかったような夜
すこし大人になった君
知らなかった感情
ひとつに感じた匂い


幸せの意味がわかったような日
なにかに近づくように走った道
かぞえきれない夢
つくりものみたいな夜空


すべては幻? ふざけんな


意味をもたない季節
切手のいらない手紙
先のみえない人生
そのときふたりはすべてを認めました


すべては幻? ふざけんな

どれが真実? 知らねぇよ


生きてやる!



2002年07月10日(水) 『ふらふらと』  詩 




ねむくてたまらないよ
まぶたがとても重い つむりたい



さっき古い坂をブタがかけのぼっていったんだ
ブタはなんにおこっていたんだろう
あ、ちがうや なんか悲しかったんだ

ぼくはそれをみて思ったんだ
まだ寝るのは早いって
なんだかわからないけどそう思ったんだ


ぼくが迷いみたそれは
ただの幻覚なんかじゃないよ
後ろで銃を抜いたやつらに聞けばわかるよ

涙をこらえながらブタは坂をのぼっていった
誰かに追われるわけでなく
なにかを探してるわけでもないのに
ひたすら 坂をのぼっていったんだ

やつらはブタをうったよ
別に追っていたわけじゃない
別に生きていくためでもないのに
やつらはブタをうったよ なんども




もう ねむくて死にそうだ
だんだん ふらふらしてきた
だけどまだ ねむるわけにはいかないんだ
ぼくは みなくちゃいけないんだ

理由もわからずにうたれたブタと
理由もわからずにうったやつら


彼らが何処に行くのか 
最後までみなきゃいけないんだ


ぼくが迷いみている
この幻覚が
なにをぼくに教えたいのか

それを知るまで 


ぼくはねむらない





2002年07月09日(火) 『強い風が吹いた日』 詩



ぼくを忘れてください
残酷の意味をおしえてください

風がふく意味はなんだろう?
知らない とどかない
ゆらすため?

夢をみる意味はなんだろう?
知ってる
うそをつくため

僕がここにいる意味はなんだろう
おしえて


とりが風にとばされた
変なふうにとばされた


ぼくの字がゆれた




2002年07月08日(月) 『作り話 5』 詩






ぼくは誰よりも、ぼくになりたい





2002年07月07日(日) 『夜の手錠』 詩 

                  



これはどうやら悪性の風邪のようです
のどの痛みがひどいです焼けたようです


いつもどおりの日々なのに
私のまんなかには苦しみが息づいていました


やはり日に日に悪化しているようです
動けないので布団の中で静かに夜を想います


気が付くと夜はもう私の側に立っていました
病気のせいで揺れていた世界の中で


夜も私も何もせずに存在していました
ただ存在していました



真綿のような吐き気が私の首を絞めてきました
何も言わずに寂しげな目には涙を浮かべて


私はそれを悪魔のように気づかない振りをしました
やがて吐き気は闇の中へと姿を消していきました


睡魔もいつか私のもとを去っており
夜と私は息を潜めた時間の中で前だけを見ていたのです


私はなぜか夜に向かって手を出しました
苦しさも明日のこともすべて忘れて


夜は私に何も言わずに空気のような手錠をかけてくれました
それを私は驚きもせずに受け入れました



思考はそこで深い闇へと消えました



2002年07月06日(土) 『under the hazy sky』 短編


かすんだ空の下、ぼくは窓のそばに立っている。
ここから見える世界はとても、不安定な色。



たまにはこのまま、コンタクトもメガネもせずに外へ行こうかな。
目が悪いのも、たまには悪くない。
二つの世界が楽しめるから。



出かける時、MDは欠かせない。
今日はすこし、やさしい歌でも持ってゆこうかな。



ドアを開けてちょっと外に出る。あたたかい。
・・・何だか前よりも春が好きになっている気がするよ。


一度、部屋の中に戻る。
特に意味はないけれど、そんな癖がある。



財布と鍵を忘れていたのに気づいた。
見えてる世界がぼやけてると、頭の中もぼやけるものなのかな。
そんなことを考えながら、机の上の財布をポケットに入れる。
でも鍵がなかなかみつからない、どこにおいたのだろう?
レンズをつければすぐに見つかるかもしれないけれど、そんな気分でもないな。

10分くらい探しても見つからなかったから、あきらめることにした。
泥棒に入られたら入られたで、それはそれでおもしろいかな。
盗られるようなものもあまりないし。

関係ないけれど、この前友達が
「いろいろ経験してるほうが物書きにとっては得だよね」
といっているのを思い出した。


まぁいいや、出かけよう。



道には人がちらほらいたけれど、今のぼくにはみんなぼやけて見える。
いつもは人の顔を見ないように、斜めを向いて歩いているけれど、
この世界ではみんなと同じように、前を向いて歩いてみたり、
ちらちら人の顔を見るふりをしてみたり。



信号までやってきた。
ちょうど、信号が赤に変わったところだった。


歩行者用の信号ってどんな絵がかかれていたっけ?
ここからだとただ赤い色がすこしふくらんで見えるだけだ。
あんなんだっけ?こんなんだっけ?。

信号が変わったから、近づいてよく見てみると、
ぜんぜん予想と違っていたから、すこし笑った。


でも、目が良い時も、あんまり見ていないんだなと思って、ちょっと不思議な気分。

遠ければかすむ、近ければはっきりする。
そんな単純なものでも、ないんだね。



すこし小さな道に入ってゆく。

家の塀とか、花とか、草とかをみていた。


見ようと思って見ると、こんなにも違う世界。



空はあいかわらず、かすんでいるけれど。
すこし赤みがかってきたみたいだ。



風が吹いてきた。気持ちのいい風。

メガネをかけていてもいなくても、気持ちのいい風がふくと、何だかすこし良い気分になる。
風は見えないから、あたりまえかな?


そういえば、人の心も、見えないな。
でも誰かの心を感じることは、風を感じるのよりは難しいな。
やっぱり嬉しそうな顔とか見ることが出来た方が、何だかわかりやすい気がするな。
でもそれが心と同じなのかはわからない。
わからないけれど、うたがうのが嫌な人は、それを信じようとするのかな。

あぁ、だから、うそをつかれると、悲しいのか。


ごめんね。




あまり見えないこっちの世界は楽しいけれど、
あまり見えないから、見ようとしてしまっていつもより疲れる。


疲れた。



今日は日が沈む前に帰ろうかな。
MDの電池が切れる前に帰れると良いな。
やさしい歌を聞いていたい、そんな日。



今日は、来た道をもどってゆこうかな。
いつもは違う道で帰るけれど。



途中で、かすんだ空からすこし、雨が降ってきた。
春雨っていうやつかな。
静かな雨。

こういう雨が降るんだったら、メガネを持ってくればよかったな。
雨が降っている世界で、メガネをかけたり外したりすると面白い。
光がにじんで、いつもよりたくさん見えるんだ。
特に雨降りの夜の街の灯りはとてもきれいで好きだ。


・・・こんな話を昔、誰かにしたなぁ。

でもそれはその人がいなければぼくにも見えなかった世界のこと。
ぼくはただ、その人に教えてもらったことを、その人に話しただけなんだ。


やっぱり人にとって、一番感性を刺激してくれるのは、やっぱり、人なのかな。
すくなくとも、ぼくにとってはそうだ。



アパートについた。
太陽はもう沈んでいるけれど、やさしい歌はまだ流れている。


家のドアに手をかけた時、よく見てみるとドアノブに鍵が刺さっていた。

うむ。これはこれでありだな。明日友達に話してみよう。



ドアを開けて部屋に入る前、空を見あげた。
うすぐらく、かすんだ空。
雨も見えない。
月もどこかにかくれてる。


ただ、でも、やっぱり、なんだか、いい空だな。




2002年07月05日(金) 『(無題)』 詩




夢を見た


意味のない夢



言葉を振り回したら
ガラスが割れた


興奮が一瞬で消える
そんな音がした




そこから動かずに
ガラスの破片を眺めている



手にとって眺めようとすると
溶けていくガラスの破片


まるで冷たくない氷


この手はそんなに暖かくはないのに
ガラスの破片をつかむことが出来ない



ぼくの冷たいこの手では
もう触れることは出来ない







あたたかい歌を歌ってください
ここは寒すぎるから




2002年07月04日(木) 『僕とあくま』 短編




ねぇ、僕の話を聴いてくれないかい。
僕とあくまの話なんだ。
あくまって言っても悪いやつじゃないんだけど・・・

この間、僕のところにあくまがやってきたんだ。
彼は僕にいったんだ。

 願いを一つだけかなえてあげるよ って。

だから僕はいったんだ。

 笑いたいな。だれかの前で笑いたいんだ って。

それを聞いた彼は少し困った顔して僕にいったよ。

 君はもう笑っているじゃないか ってね。

 でも、僕の望みは誰かの前で笑うことなんだよ。

そう僕が言うと、あくまは少し考えていたようだけど、こう言ったんだ。

 もし願いをかなえてあげたら、きみの魂をくれるかい? 

僕はすぐに首を縦に振ったよ。




ねぇ、その日からあくまは一生懸命、僕を誰かの前で笑わせようとしてくれるんだ。
僕はなんだかそれがうれしくて、そんな彼がとても好きなんだ。


・・・


ねぇ、彼は今でも、僕を笑わせようと頑張ってくれているんだ
だから、もしかしたら僕はいつか誰かの前で笑うことができるかもしれないんだ。


ねぇ、僕は彼のことが大好きなんだ。


ねぇ、ロボットの僕は、彼にあげる魂を持っているのかな?



ねぇ、僕は彼のことが大好きなんだよ。


・・・



・・・



2002年07月03日(水) 『在処』 短編 


君がねむりに落ちて、
窓の外の街灯の明かりも消えた

つくえの上には缶ジュースが二つ
結局二人とも一口も飲まなかった

「しあわせは?」

そう言って君は泣いていたけれど
ぼくは何も、言えなかった

君は泣きながらなにか言っていたけど
ぼくはその内容をよく、憶えていない
たぶん君も、憶えていない


 しあわせは、どこにいったのだろう



君がねむりから覚めて
おはようと言った
すこし、恥ずかしそうに、ぼくに

あんなに流れていた君の涙はどこにいったのだろう

ぼくが手をさしだすと、君も手を伸ばして
ぼくの手につかまって起きあがった

笑顔。

こんなふうに簡単に君にふれられるようになったのはいつからだっただろう

そのままなにも言わずに軽く抱きしめる
君は抵抗しないでただ、目をつぶっていた

窓の外を鳥がとんでいくのが見えた
スズメかな、小さな鳥


心臓の動く音がつまらなそうに一定のリズムで二人の体をまわる

「しあわせは・・・」

なんとなくそう呟いたぼくから君は離れる
お互いの顔をみて二人で少し笑った


 しあわせは、どこにいったのだろう



カップラーメンを食べながらテレビのニュースを見る
天気の話で盛り上がった


そんなにたくさん笑う君を見たことはなかったかもしれない

こんなにたくさん君の前で笑ったことはなかったかもしれない



「じゃあ、そろそろいくね」

そういって君はドアの前にたった
ぼくはそばにたって言う

「・・・うん、じゃあね」

初めてみる君の笑顔
応えて、できる限りやさしい顔をする

「ねぇ・・・しあわせは」

涙は流れていないのに
泣いているような笑顔で君が言った

「しあわせは、どこにいったのかな?」


ドアが、ひらいて、しまった


 しあわせはどこにいったのだろう








テレビを消す。




つくえの上の缶ジュースを冷蔵庫に入れる。


 

ベッドにすわる。





「しあわせは?」


そうつぶやいたまま
二十秒くらい動かなかった









右手。右手をあげて、自分の顔をなぐった



心臓が、強く、動きだす







時計をみると、五分もたっていない


 


ベッドから立ち上がり、上着をとる


 


確認。心臓の上に手をあて、確認する


 



ドアを、ひらいて、はしる。


 


君を、追いかける。






  しあわせは、どこにいったんだろう








2002年07月02日(火) 『    』 詩  (一応、題名は空白と読むかも)



「外に行きたいわけじゃない。ただ、外へ行きたい」と、

君は言う

ぼくじゃなく、空に語る

空は何も答えないけれど

空は何でも聴いてくれるから

君はぼくじゃなく、空に語る





近頃ぼくは、集中力が落ちたようで
何をしていても何か別のことを考えているよ

でも、何を考えているかぼくにもわからないんだ
だからすこし困っているんだ





「空白の時間を埋めたい」と、

君は言う

ぼくじゃなく、空に語る

空は何も言わないのに

何かを語っている空を

君はとても気にいっている






たまにはぼくにも聴かせてくれないか
君の横顔はもう見飽きたよ

こっちを向いてくれないかな
君の両目を見たいと、最近すこし思うんだ






「空よりもたくさんの表情をあなたがもてるようになったらね」

そう、君が言ったような気がしたよ

気のせいかもしれないけれど

そんな記憶がぼくにはあるんだ

そこでぼくはすこし笑ったんだ

空を見ながら笑ったんだ







空は青色だと君は言う

空は水色だとぼくは言う

君もぼくも空を見ながら

空は橙色だとぼくに言う

空は紫色だと君に言う




でも二人は知っている

空は空色だと知っている





2002年07月01日(月) 『 『浮島』の『樹』の物語 』  物語


            『浮島』の『樹』の物語 



             深い 深い 森のまんなかに

        やさしいやさしい光が差し込む大きな湖がありました

              そしてその湖のまんなかに

           どこに根づいているのかもわからない

            大きな大きな『樹』がありました

                  やがて

            どこからか飛ばされてきた葉や草が

              たくさん水面に落ちてきました

               たくさんたくさん落ちてきました

        その葉や草はゆっくり『樹』のまわりに流されてきました

           そして湖のまんなかに『浮島』ができました



         これはそんな『浮島』ができてから数百年後の話です




        木製の人形が『樹』によりかかるように座っていました
              人形は空をみつめていました
     複雑な色の空には羽のある人々が楽しそうに飛びまわっていました
            人形は無表情のままそれをみていました
        ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと・・・眺めてました

         大きく美しい漆黒の羽をもった少年が歩いてきました
           少年は人形の隣に座って空をみあげました
       寂しそうな愛しそうな複雑な表情をしながら空をみていました
         ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと・・・眺めてました

            人形は黒い羽の少年に気づきました
       少年が空ではなく“誰か”をみつめているのにも気づきました
              人形は少年に話しかけました
   「ナンデソラヲトバナイノ?  ツバサガアルノニ」
          少年は人形がしゃべったのに驚きもせずに
              空をみたまま答えました
   「・・・・・・・いつか降りなきゃいけないから・・」
               人形は問いをつづけました
   「ナンデダキシメテアゲナイノ?  アイガアルノニ」
          少年は、今度は人形の方を向いて答えました
   「いつか・・・・いつかは腕をはなさなければならないから・・・・・・・・
  ・・・・・僕は・・そんな寂しさに耐えられるほど・・・強くないんだ」
           少年は微笑みながらそう言いました
     ・・・あったかい風が吹き抜けていきました・・・
           人形は無表情のまま言いました
   「ソレハニゲテルダケジャナイノ?ミライヲオソレテルダケジャナイノ?」
             少年は微笑んだまま答えました
   「そうだね・・・恐れてるだけだよ・・・・切なさや虚しさや寂しさを」
          その言葉を聞いた人形はすぐに言いました
        人形は無表情なのに怒っているようにみえました
   「ソンナ・・ソンナノズルイヨ・・・ココロヲ・ココロヲモッテルクセニ・・
・・ソンナノ・・・・・・・ズルイヨ・・」
    
          そういうと人形は黙ってしまいました
        少年は再び空をみあげ なにかを考えだしました

         『樹』の葉っぱたちが風と戯れていました

          人々も空の上で風と戯れていました
 
        まるで 自然が「気持ちいい」と呟いているような
              そんな時が流れていきました

           ふと 少年は自分の黒い羽に目を落とすと
          何かを思いついたように人形に話しかけました
   「・・・・・・・・・・・・・あげようか?」
           人形はゆっくりと少年のほうを向きました
             少年は話しつづけました
   「欲しいんだろ?・・・・・・・心・・・」
              人形はゆっくり答えました
   「ホシイ?   ワカラナイヨ    ボク     ココロガナイカラ」
            少年は少し笑って言いました
   「たぶん欲しいんだよ・・・心があればそれもわかるはずだよ・・・・・・・
   ・・・・だから・・・・・・あげるよ・・・・半分だけ」
          人形は黙って少年の方を見ていました
             少年は立ち上がり胸に手をあてました
   「ほら・・・・・おいでよ」
     少年はそう言うと胸のなかから透明な『たま』を取り出しました
      その『たま』の中で、瞳が吸い込まれそうな紫色の光が蠢いていました
            人形は無表情のまま答えました
   「ウゴケナイヨ  ボクニンギョウダカラ  」
          少年はちょっと困ったような顔をしましたが
             すぐに微笑んで言いました
   「・・・・じゃあ・・・・・・・・ぼくが・・・・」



       少年はゆっくりと人形に近づき『たま』を胸にあてました
         『たま』は人形のなかに吸い込まれていきました
     『たま』のなかの紫の光が、なんだかにやけてるように見えました
   「     コレデ         ヤット    」
       人形はそう呟くとその場にくずれおちました
             まるで糸の切れた操り人形のようにくずれおちました
          少年は眠りに落ちた人形をしばらくみつめていました
       やがて少年は自分の手のひらをみながら言いました
   「あぁ・・・・これで・・・・・・・・やっと・・・・・」
       そして少年は美しい白と黒の羽をおおきくひろげ
            笑い転げてる空に向かって羽ばたいていきました

              邪魔だった心をすてた少年は
         楽しさや嬉しさや安心に満ちた幸せのなかにいました
       というよりは そういう心しか少年には残っていませんでした
   「(地面に足をつけても虚しくなることはない、彼女を手放しても寂しくなる
   ことはない・・・・・・・なんて気持ちがいいんだ・・・)」
               少年はそう思っていました

          それから しばらくの時が過ぎていきました
            いつもそばに居てくれた季節さえも 過ぎ去っていきました
                少年はなんとなく気づいていました

     自分が今“幸せ”のなかにいないということに
          ただ“不幸”がわからないだけだということに
       それが“強さ”ではないということに
          ただ“弱さ”や“苦しさ”がわからないだけだということに
       それが“やすらぎ”ではないということに
          ただ“寂しさ”や“切なさ”がわからないだけだということに
       そしてこれが“真実”ではないということに
          ただ“偽りの意味”を忘れてしまっているだけだということに

             なんとなく気づいていました


     ただひとつ 少年が人形にあげ忘れた心 それは 欲望でした
       最も純粋で美しく醜い心  少年が欲しかったすべての心の源
    もし欲望がなかったら 少年はずっと偽りの幸せのなかにいれたでしょう

             少年は人形を探し始めました
           失った半分の心を返してもらうために

         いつもやさしい風は 今もやさしくふいていました
       どんなに醜い生き物も 少年の目には美しくうつりました

          まるで自然が「ねむたいな」と呟いているような
                 そんな時が流れていました

        少年は『浮島』の『樹』のところまでやって来ました
             少年は人形をみつけました
       人形は『樹』の枝に縄をかけて首を吊っていました
          実の兄弟に縄をかけ無表情のまま・・・首を吊っていました
       人形の下には『たま』が落ちていました
         『たま』の中では紫の光が恍惚の表情を浮かべていました
               少年は人形を降ろしました
      少年は何も言わなくなった人形を最初に逢った場所におきました
          そして『たま』を手に取りじっと見つめました
            無表情のままじっと見つめていました
         すると『たま』のなかの紫の光が強く輝きだしました

        ナニモ カエタクナイ カカワリタクナイ
          ワライタクモナイ ワラエナイ
             ナニモイラナイ ナニモウケツケナイ
           ナニモミエナイ ミタクナイ
        サムイ クルシイ サミシイ イキグルシイ
      ツライ セマイ オモイ ツブレソウダ セツナイ ハカナイ
       キズツキタクナイ ウラギラレタクナイ ユメナンカシラナイ

 
         ダレニモミラレタクナイ フレラレタクナイ
  ナニモカモ ナニモカモ オモシロクナイ ツマラナイ ミタサレナイ
    スベテガ オロカダ ウソダ シンジラレナイ シンジルキニモナレナイ
      モウイヤダ タエラレナイ イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ
             モウ ナニモシタクナイ ヤメヨウ
        モウ ナニモカンジタクナイ ココロナンカ イラナイ

               ダレカニ オシツケヨウ
             イヤナモノハオシツケテシマオウ

         『樹』はなにも語ろうとはしませんでした
            いつも楽しそうな風も 今は黙っていました
           ただ過去を見ている少年をじっと見つめていました

     ふと少年が我にかえると 『たま』はもう体のなかに戻っていました
          少年は少しのあいだ無表情の人形を見つめていました
      そして 悲しすぎるほど美しい漆黒の羽を大きくひろげ
           人形を包み込み 出来るだけやさしく抱きしめました
  ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと・・・・抱きしめていました
         『樹』はやっぱり何も言ってはくれませんでした
       ただ 少年の目からこぼれ出た想いは
            雪がとけるように『樹』にしみこんでいきました

         やがて少年は 人形を『樹』の根元にすわらせると
      ゆっくり ゆっくりと手を離し
            誰よりもやさしい微笑みをしながら
               消え入りそうな声で何かにむかって囁きました

                「ありがとう」

                 そして
           少年は 自分の羽を精一杯ひろげ
       いまにも泣きだしそうな空へ 羽ばたいていきました


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