雨また雨。 激しい頭痛や体調不良なときに限って燦々と降り注ぐ陽射し、という気分。
雨で気が滅入るということはないけれど。
穏やかに、しとしとと、という雨がなかなか降らないからかもしれない。 穏やかに物狂おしく、巡り続ける何かのように忍びやかに降り続く雨がくればいいと思っている。 願っている。
梅雨のあめはユーモレスク。
弾きようによっては穏やかにたどたどしく、そして物悲しい。 雨の中をこけつまろびつ踊りながら走っていく幼い児のような。 自分でピアノに向かうことはもうなくても、指先から穏やかにこぼれた和音を、その響きを、その不調和を、時折水に渇くように思い出している。
ショパンの雨だれは甘すぎて嫌いだ。 独りよがりな雨の解釈。 そこに佇むひとはあくまでも自分ひとりで、どうしようもなく淋しいのにそれに気付こうとしない。
そして不意に我に返ったように軽くなる音がどうにも気に食わない。
アラベスク。ドビュッシーの1番。 校舎の奥の教室。 小さな、調律も不備なアップライトピアノ。 朝、心がどうにも、落ち着かないころ。
雨の日の髪は濡れた柳の葉のようで好きだ、と言うと驚かれた。
どうやら女の子の髪は違うらしい。雨の日にはぶわーっと広がったりくしゃくしゃになったりするものらしい。 面白い。
雨の日の髪はどこかふっくらとしていて眠たげだ。 手を入れてかき回しながらぼんやりとする。
*
何故か昨日から右手小指の爪が痛む。 僕の爪はあまり強くないので、どこかでぶつけたかも、と今日はテーピングしてみた。 微妙な痛みは治まらない。
もしかすると、と。 考えてみる。 あのひとが何か痛んでいるのかしら、と。
それは甘すぎる妄想だ。 ひとの痛みがここにあるなら、そう思うだけで何かがふっくりと満たされる。 小指の爪を噛みしめる。 痛みはその想念だけで甘く変わる。
もう僕は長い間、そんな痛みが欲しいと思っていた。
あたたかさや痛みや苦しみや希望や、微笑みのようなもの。 雨が大地に染み込むような想い。
そんなものがここにあればいいと思っていた
*
雨は昼過ぎには上がった。 けぶる霧のような雨が僕は大層お気に召したというのに。
夜、目を閉じていると雨の音がさやさやと響く。 6月だというのに、夜はこんなにも明るくて星を思わせる。 夏がどこにあるのかすらわからなくて僕は途方に暮れる。
ひとをなくしてから、僕には季節すらあやふやだ。
ここに傷がある。
あのひとが夢見に描いた傷だ。
薄く白い痣になっては再び抉られて血を流し、
やがて膿んで黄色く濁る。
ここに傷がある、
*
きつく辛いジンジャーエールが舌を焼いていくのをマゾヒスティックに味わっていた。 個人的にビールが嫌いなのはたぶんあのヌルい炭酸のせいだ。 だけど何故かコーラの炭酸は苦手で、もらった缶の中身を回すように揺らしながらどこか排気ガスに似たモノが早く抜けないかとイライラしたりする。
優しくされるのに慣れていない。
こういうのを精神的なMというのかとようやく納得していたりする。 優しく真綿で首を絞めるように他人に親切にするのは得意でも(そういうのを親切と呼ぶのかは知らないが)、優しくされるとどうにもうろたえて逃げ出してしまう。 下心が薄く透けているといい。 あるいは、親切という意図なくされているのならいい。 僕自身は計算ごとが苦手でも、まだ相手に何らかの期待や欲望があっての行動は対処しやすい。 期待された程度の何かを返すか返さないかの話に終わるから。
炭酸に痺れたような舌が気持ちいい。こうした時に食べる物は何もかもがぼんやりと不味い。 結局僕はたぶん、世界は僕から少しだけ遠くにあるのがいいと思っている。 長めの前髪しかり、鈍くなる感覚しかり。 少し遠くにおいて眺めれば、自分が身を置かず、手に届くと思わなければ世界はとても平和だと思う。
ただ優しくされるのはよくわからない。 僕に優しくしたところで何のメリットも無い人が、 と考えるのがそもそもダメなのか。 素直にアリガトウと言えないくらいには、ヒトの裏側を見透かすのが習性になってしまっているらしい。 なんだかイヤな話だ。
物理的でなく精神的になら、少々痛いくらいに傷んでいるのがいい。 ひとを忘れないくらいに。 何とも不健全な話。 不毛という言葉はとても嫌いだけれど、こういう自分を表すにはちょうどいいとしか言えない。
2007年06月10日(日) |
切ないというのではないけれど |
恋をする、恋を 心を押しつぶすように、切り裂くように、心を もう他のどんな思いも心を揺らさぬように 恋をする 君の声は最期までここに響く
*
髪がまた少し伸びてきている。 あのひとが触ったことのある髪だ。とか、そういうフィクションだか現実だったのだかもわからなくなってしまったようなことを思う。 少しずつ心が崩れて壊れていく。 ―――もうそこに居ないでほしい。そんなことをよく思う。 心が、壊れても元の形を知る者がいないのならまだ耐えられる。自分の感覚だけならまだ騙し隠しとおすこともできる。
あのひとが、いなければ、
その後に何と続ければいいのかわからない
*
あたたかなものが欲しくなってコンビニへ行く。 もうこんな季節では温熱器の中はずいぶんと淋しくなってしまっていて、とりあえず暖を取るためだけのペットボトルをひとつ、手に取る。 店を出て腕に抱え込むと、むき出しの肌にひりつくように熱い。 肌にも猫舌のようなものがあるのなら、たぶん僕はソレだ。
温もりは外気に少しずつ冷えて、家に帰り着く頃には心許ない温かさになる。 人肌に近付く熱はどことなくあやふやで落ち着かない。 切ないというのではないけれど、と久しぶりに見る星の空を仰いでみる。
ここに僕がいなくてもかまわない。 だけど遠くにあのひとがいると思えばざわざわと何かが騒ぐ。 逃れたいような、その足元まで走ってゆきたいような。 ひとの欠片を目にすれば心が騒ぐ。 あぁまだここに、要らないものがまだ残っていると思えばとてもとても煩わしい
恋をする、恋を 心を消すように恋を 心を殺すように恋を する いつかこころがこわれるように
2007年06月08日(金) |
あなたの声さえ聞こえたら |
午後から大阪に出る。 大阪はいつもぶんぶんと車が飛んでいて、排気ガスと煙草の匂いがする。 空は細切れにしか見えないし、どうせ見上げると白っぽく晴れも曇りもなくガスがかっている。 どうにも好きになれないのに気になる街。 わかっているあのひとがいるからだ。
用事は単調に終わり、ずいぶんとかけはなれた年齢の同席者たちを横目に京都方面へ戻る地下鉄へ降りて行く。 講師役だったセンセイを見かけるが、普通に面白みの無い内容だったので軽く無視。そういう部分でもやっぱり自分は人嫌いだと思う。 そして髭のあるオヤジは嫌いだ。なんとなく。
大阪からわざわざ職場近くまで帰る。 阪急電車の京都線、2ドアの特急車両は通勤帰りの乗客で程よく混んでいて、座席からは曇り空の下の都会から家並みまでが目を開けるごとに入れ替わる。 京都の街中に近付きながら、水田に不穏な黒さの空が映るのを見ていた。 風もひそやかなこの場所へ、嵐が迫り来るのを想像すればどこかわくわくして雨の匂いを想像してしまう。
失うものさえなければ6月は穏やかだ。 雨の音は優しく僕に響く。 目を閉じて、眠る前の一時を雨とともに過ごすと、顔の上に降りかかる温かな涙のようなしずくを思い出す。 ひとを思いがけず奪われたあの日から、もう3年が過ぎてしまった。
ひとの名を呼んでみよう、もうあなたの誕生日も忘れてしまったけど。 それはもう以前からあまり覚えてもいなかったから許してもらうとして。 泣きそうに眉根が歪むのは罪悪感からで、そしてそれと喉が詰まるのは恋しさからで。 まだこんなふうに厚顔無恥に言うことができるよ。
K、 今日はあなたのために香を焚くよ。
K、どこにいる?
あなたの声さえ聞こえたらどこへでも行けるような気がしていた
それはいつだったか書いた断片のコトバだ。 あの頃はまだ、 せめてどこかであのひとに生きていてほしいと思っていた
今は、
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