あきれるほど遠くに
心なんか言葉にならなくていい。

2007年05月31日(木) ノンフィクション




もうそろそろ時効だから書いてもいいだろう。
どうせ秘密のことだし。
僕以外の誰も憶えているはずもない。たぶん。

憶えていてほしいと思うのは僕の我侭だ。




口を開けばアイシテルと言い合う相手をおいてひとに会いに行った。
夜を越すその間、当たり前のように携帯の電源は切った。
この微妙な罪悪感にも似たものが、僕にはぞくぞくと心地いいのだと知っていた。


欲望に濡れた目でひとを見る。
隣に立つ手を引き寄せてキスをした。
どんなにか、
このひとが僕をアイシテルと言ってくれれば、他の何も必要とはしないのに、なんて身勝手な願いを胸の内に繰り返す。
内にこもった熱に熟れたような病み上がりのひとを抱いた。
ダメか、と言いながら放すつもりはなかった。


拒まないひとを抱きながら、神聖なものを汚すように身が震えた。
このひとを此処に、引きずり下ろしたことを僕はいつまでもいつまでも悔やむだろう。
この罪悪感は甘くはない。
早まる呼吸を聞きながら、あのひとの髪が香る中に顔を埋めて、泣きそうに歯を食いしばった自分を忘れはしない。
アイシテルと言い続けてこのひとが手に入るなら、とか。
これはこのひとの慈悲だろうか、とか。
願うだけで壊れそうに、僕の指が冷たく強張っていたのをあのひとは気付いたろうか。


ずるずると布団に沈んだ僕の唇に軽く口付けを降らせて、ひとは浴室へ消える。
その一瞬の口付けがどれだけ僕を救ったろう。
まるで恋の証のような。




その翌日には同じ口でアイシテルと言っていた、ただやさしく追いつめるように。
いつか全部壊れてしまえばいいと思っていた。
あのひと以外の誰もかも死んでしまえばいいって。
でなければ僕かあのひとが死んでしまえばいい。



…そうして、
いつかようやく嘘をつかないオトナになって、












↑みっともないねぇ。

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いつか、

愛情なんかこのだれかのためにだけ、と 笑えるように?



2007年05月30日(水) ヒトの顔なんて他人の空似ということも





ヒトの顔なんて他人の空似ということもあるし、

無表情に理性がそう囁くのを聞きながら僕は確信している、
ヒトはヒトで、この感情が軋む感覚こそが証拠だと。

我知らず息を詰めていた自分を少しだけ笑う。

あれは亡霊だ。
忘れていられたはずの過去だ。
感情を現すこともなくすれ違えただけでも進歩だな、と誰かは笑うんだろうか。


感情の軋む音がする、
やっと穏やかに眠らせておいたはずの後悔とか妬みとか、磨り減って無くなるはずもない苦い苦い感情の音だ。

この目に映る世界の中に、時折鮮やかな色の切れ端がひらひらと舞う。
忘れられるはずもない物事が不意に目の前で誘惑する。









↑ぎしぎしと軋む、思い出とか感情とか

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2007年05月20日(日) 何処を切っても同じです





恋がこんなにままならぬものだとは、

なんてもう何回思ったのだか。
想いもしない相手から好かれることは怖気が走るほどイヤなことなのに、心は浅はかでただあのひとの方角へと羽ばたきたがってやまない。



青々と風が吹く。
恋がここに、生きているのに、死んだ振りをいつまで続けよう。いつになればそれが本当になるだろう。
泣きたくなるのは、いとおしさに微笑む相手がいないからだ。
誤魔化さずに言えば、ただ僕は忘れたい。
想い続けていれば心が保たない。
様々な、様々な取るに足らないことなんかいくらでも忘れるから、それとともにこの焦燥も狂おしさも一緒に流れていけばいい。

第一、

   そう考えると僕は嗤わざるをえない。

第一、思い出せるほどの思い出なんか此処には何も無いじゃないか、と。

なんだか呪いみたいだ。
口を開けば愛しているとだけ繰り返し、見上げる世界は喪失感に切り刻まれ、捜し求める面影だけがいつもそこに無い。
なんて甘美な。
なんて貞淑な恋だろう。
おそろしくて馬鹿らしくて指先まで震えてしまう。


ひとの名前を思い出す。
もう二度と呼ぶことの叶わない名前。そう決めた名だ。声にしようと思えばそれだけで痛む。
夢にも訪れないあのひとの、もう顔も忘れた。
早く名まで忘れないだろうか。


昔は声にできないことが苦しくて詩を書いた。
今ではもう言葉にすることすら恐ろしくてならない。
それよりは忘れて日々を無難に生きる方が楽ではないかと、堕した精神が此処におめおめと生きている。




そうした心の半面で、僕はこの痛みが愛しくてならない。
そうでなければ、
この怠惰な日々を生きていけないではないか。
その心を引き裂くような、押し潰すような痛みでもなければ。









↑この心の表層を

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―――口を開けば毎日同じことばかり
―――just mumbling in circles all day long



2007年05月09日(水) 名も姿も無い鳥の





   会いたい、会いたいと啼く小鳥が居る





あのひとは微笑む努力をする。
或いは哀れみを込めて僕を見る。
或いは単に無表情に、僕の感情を探るように僕の眼の奥を見る。




時折我に返ったように此処に生きているのは何者かと思う。
外側から。己の指を握る。頬に触れる。
感触がひどく朧で、何だか悪寒に襲われる。
微笑むのは誰だ、と声がする。身の奥から。
声すらも自分の内側でない奥から聞こえるようで眩暈がする。
此処にいるのは誰か。
誰かと思っているのは誰か。
誰かと思っているのは誰かと思っているのは誰か。
求心力を失う精神。
或いは求心力を取り戻した精神。

正しく私は思う。
「そんなことは今考えるべきことではない」
明瞭な答えの無い問には休息と忘却を、もう真夜中は過ぎた。




  しかし此処に、会いたい、会いたいと啼く小鳥が居る




その感触は薄氷のように華奢だ。
それだけにその羽ばたきを捉えるために胸の奥に耳を、澄ましてみる。
囀りはひどく、瞭として冴え渡る。
心、がどこにあるのかも判らなくとも、胸の空虚な辺りから骨の裏側に共振するようにその啼き声は響く。
それは内側から響く、と僕は直感している。
自明の理のように。
心がそこに在るのだと僕は信じる。










↑姿も無い鳥が生きている

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a bird cries for you and the moon
―――――――会いたい、会いたいと啼く小鳥



2007年05月05日(土) 第一夜





夢を見た。


見たこともない街並み。
エレベータは上へ下へと流れる高層ビル群。
オフィス内の窓際のデスクから、渓谷のような摩天楼の合間を見る。
まるで蜃気楼のような、スモッグに霞む細長いビル群の間。

ビルの谷間に空中庭園のように緑のカフェ。
もう5年も6年も会っていない友人に会う。
開放的な服装。
カフェには大画面のディスプレイと大きなソファベッドと茂る緑。
ひしめく異性たち。
どうにもその場に馴染まない友人を、遠くから見つめるように寄り添う。
カフェは摩天楼の中断に空中庭園を構え、何物にもさえぎられない空は本物でも高層のマンションやビルに削られて機械的な匂いがする。


そうして結局、夢の中であってさえ僕はあのひとに逢えない。
その残り香は強く脳髄に作用するのに、後ろ姿すら僕には許されない。
ただその気配だけが、そこに座っていたあのひとの気配だけが、鈍く僕の神経を侵していく。


空が、

 半ば目覚めながら僕は夢の続きを追っている。
 いつかそこにあのひとの面影が映らないかと。
 夢の中でもいいから。
 せめてその姿を見るだけでいいから。

友人はもう一歩も動けない態で僕の神経を細らせるけれど、どこかで僕はそれを受け容れている。
庭園に似たカフェのバルコニーから見下ろす数知れぬ人の波。
そのどこかにあのひとがいるのではないかと思う。
どこかに。
存外に近くに。
絶望にも似てあるいは、あきれるほど遠くに。



夢は夢なだけに残酷に現実を切り取る。
模倣された現実の、もたらす痛みまで忠実に。


心がどこかへ溶ければいい。
あのひとのいないことだけ映す夢も。
どこか遠くへ行けたらいい。
夢ですら追ってこられないほど遠くへ。








↑それはもう、習性じみて哀しい。

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2007年05月04日(金) 光のわだち





前から思っていたけれど、僕はずいぶんと嫌悪の情が深い。
たぶん簡単に染まらないようにだろう。
たやすく染まる心なので。
障壁が高くなければ簡単に侵されてしまう。

ダメだ、と思うともう好きになれなくなってしまう。
もっとも例外は少しずつ増えた気はする。
食わず嫌いみたいなものを乗り越えつつもあるし。
少しは優しいやわらかい人間になろうと思っている。
先は長いけど。



竹やぶの横を自転車で走って行く。
木洩れ日が美しい。
地面を走る車のわだちが木洩れ日の明るさで埋まるような気がする。
曲がり道を過ぎるたびに、ツツジの花が香る。
陽射しのにおい、と僕は思う。
とおく子どものころ、吸った甘い蜜のにおいだ。
白と紫が緑の中に鮮やかに光る。
竹やぶがざざぁと薙いで、ツツジの上を木洩れ日が踊る。
陽射しはもうずいぶんと暑い。

5月ともなれば思い出す情景は多い。
僕から奪われるものの多くは6月に逝くけれど、その前兆のように5月、美しいものが僕の前で煌く。
愛しいものがきらきらするのは心地好くても、それはどこか哀しい。
どこへでも、そう思ってはいても、逝ってしまうものの軌跡は明らかに輝いて僕を刻む。
追っては行けない。
僕はここで、この場所で、与えられたものだけに満たされなければ、そんなことを言い聞かせながら煌く軌跡を目で追う。
光るわだちのように、そして遠い灯台のように光は遠く伸びていくから、たとえその孤独を知っていても照らされない僕は己の孤独を優先して哀しむ。
哀しんでしまう。
僕はあの光に寄り添う軌跡になりたい。
いつか。
たとえ孤独であっても、その思いを共に感じる軌跡になりたい。









↑それだけで慰められるよ、

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