ジョージ北峰の日記
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2014年09月20日(土) 悪性新生物ーこの化け物の正体を暴く


発癌機構を科学的な視点から理解する為には、遺伝子の分子生物学ではよく使われ、しかし一般的にはあまりなじみのない「構成型」および「誘導型」と呼ばれる遺伝子群について説明しておく必要がある。

細胞の正常機能を果たす為に絶対に必要な細胞質の構成成分をなす酵素や構造タンパク分子群は細胞の生命維持にとっては必須で持続的に更新される必要がある。このような遺伝子群を「構成型」遺伝子と呼ぶ。

一方、細胞にとって、常時必要とされている訳ではなく、必要応じて合成され、機能を果たす酵素や機能蛋白群がある。これらの遺伝子群は、機能する必要がなくなると、当遺伝子群の読み取りもまた停止される。
このような必要に応じて機能を果たす一連の遺伝子群を「誘導型」遺伝子群と呼んでいる。

 
   例えば糖代謝は細胞が生きていく為には絶対必須な機構であり、糖の分解や合成にかかわる酵素群もまた細胞が生きている限り決して欠かすことが出来ない。
 つまりこれらの酵素群は、細胞が生きているかぎり、この「構成型」遺伝子群から絶やすことなく合成されている。


  一方、増殖にかかわる酵素や蛋白分子群は、細胞が分裂する時以外は働く必要がなく必ずしも生成される必要がない。
  しかしこれらの酵素や蛋白群は、例えば皮膚や胃の粘膜が損傷を受けた場合、その傷口(組織欠損)を補う為、新たに組織を作り出す必要があるが、その為、傷口周辺の血管細胞や皮膚の支持細胞(体の形を作り出す線維を生成する)が分裂を開始する際に合成される。
  このような「受傷」と言った緊急の場合、通常の細胞分裂速度では、傷口の修復が遅延(生体にとって好ましいことではない)感染する可能性が高まる。そこで生体では、危険性を少しでも軽減する為、修復にかかわる細胞群に増殖を加速させ、傷口を早期に修復するよう指令を出す。

  この修復に際して、生体側は色々な増殖因子を合成する。
  一方増殖する細胞側も、その指令を受けるべく、必要な細胞側の増殖装置(蛋白質)を合成する。

  このような細胞外の増殖因子や、刺激を受ける細胞側の増殖装置およびそれにかかわる細胞内因子(蛋白)は通常必要でない場合は、合成されないか、機能は停止したままであるが、細胞側は、増殖刺激を受けると生体の要請にこたえるべく増殖装置を活性化する為に必要な因子(蛋白)の合成を開始する。

  この様な、必要に応じて合成されるタンパク群の情報を担っている遺伝子群を「誘導型」と呼んでいる。

  癌遺伝子と呼ばれる遺伝子群は後者の「誘導型」蛋白分子群であることが多い。
  「誘導型」の蛋白分子群が必要な時に誘導されるのは、これらの(例えば分裂にかかわる)蛋白群が通常の細胞の生命活動には直接かかわらず、必要な時(分裂する時)に合成されるのは、生体内においては細胞分裂が厳密な調節機構下に監視されることが要請されているからである。 

  細胞分裂に必要な蛋白が誘導型である理由は、生体内で特定の細胞、例えば骨髄細胞(白血球、赤血球)や胃や腸の粘膜、皮膚などの細胞を除けば、勝手に増殖する事が許されないからだ。

  もし、何らかの理由でこれらの分裂にかかわる誘導型蛋白分子群が「誘導型」から「構成型」に変化すればどんなことが起こるだろうか? 

   必要でない時に、必要でない細胞が増え続けることになる。
   言うまでもなく、これこそが癌化の始まりなのだ。

  癌化の出発点は、細胞の「誘導型」遺伝子群が突然変異などによって「構成型」遺伝子群に変化することなのである。

 しかし先ほど例に挙げた骨髄細胞などは生体が死ぬまで増殖を続けるが、何故癌ではないのだろうか?

 例えば、赤血球は骨髄で生成され、血液中で酸素を運ぶ働きをしているが、一定の期間生きたのち120日で死んでしまう。粘膜や皮膚の細胞も増殖する細胞も生体が死ぬまで分裂を続けるが、役割を果たした後は死んでしまう。

 つまりこれらの細胞群には、「細胞増殖」が「細胞死」と厳密なバランスを保って継続出来るよう、つまり生体内の細胞数を正確に保つ為の細胞内装置が備わっているのだ。

  この「細胞の細胞分裂」と「細胞死」の間を取り持つ装置のことを「分化機構」と呼んでいる。

  赤血球のような細胞群(の生涯は人間の赤ちゃんが老人になる過程に似ている)は「細胞分裂を繰り返す細胞」つまり「増殖細胞群」と「機能を果たす細胞群(分化細胞)」に分化機構によって分けられる。

  この増殖細胞群と分化細胞群の比が一定になるよう生体側が増殖因子の分泌量を調節しているのだ。

  増殖細胞群は分裂を繰り返す能力を持っているが、分化細胞群は分裂出来ないで一定期間、役割を果たした後は死ぬ。前者は「幹細胞」と呼ばれ後者は「分化細胞」と呼ばれている。 生体では、絶えず増殖を必要とする細胞群では、分化機構を通して細胞数を一定に保っているのだ。

  これらの絶えず増殖を繰り返す細胞群が癌化する場合は「幹細胞」から「分化細胞」を生成する装置に異常が発生、「分化細胞」の数が減少し「幹細胞」の割合が増加し続ける。この「増殖細胞」の生体側の増殖調節を逸脱する過程が癌化のスタートなのだ。

 つまり癌は、生体の増殖調節機構を外れた細胞が自由に増殖する事から始まるので癌化の本質を理解する為には正常の細胞増殖のメカニズム知る必要がある。

  ここで、今まで説明してきたことを少しまとめておこう。
正常細胞が増殖する場合、
 まず(1)細胞外の「増殖因子」が細胞膜の特異的な受容体に結合する(生体からの情報を伝える)
   (2)この情報を受けた「受容体」は活性化され、必要な伝達因子の合成を活性化、増殖情報は細胞内の伝達因子の働きに変換される。
   (3)この「生体の情報指令」は細胞内の複雑な伝達路に媒介され、
   最終的に(4)核内の増殖にかかわる因子(転写因子)に伝達される。
   (5)この転写因子が核内のDNAの増殖にかかわる特定の部位に働き増殖に必要な遺伝子を活性化させる。
   (6)これらの遺伝子の活性化が起点となって細胞は分裂へのスタートを   切る。
これらの正常細胞の増殖にかかわる多数の遺伝子群の幾つかに異常(突然変異)が発生することによって、いよいよ癌化スタートするのである。


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