ジョージ北峰の日記
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2014年08月21日(木) 悪性新生物、この化け物の正体を暴く

   発癌のメカニズムは、多くの研究者が血眼になって研究していたにも関わらず半世紀以上に亘って謎に包まれたままだった。誰もが遺伝子に何らかの変化が生じていると予測してはいたが、詳細は不明だった。例えそれが突然変異だと言っても、何の解決にもならなかった。そんな遺伝子が染色体上の何処にあるのか、それがどんな性質を持っているのかが全く分からなかったからだ。

  肺癌、胃癌や大腸癌などの癌の発生に共通の遺伝子が関与しているのか、それとも全く違った遺伝子が関与しているのか全く分かっていなかった(癌研究者にとっては、「癌」に共通する遺伝子は、出来れば一つか高々数個であって欲しかった)。

   人間の慢性骨髄性白血病(CML)ではある特定の染色体に異常のある事が指摘されていた。しかしその異常も全てのCMLに(100%)見られる訳ではなかった。乳癌や胃癌も、ある家系に多発する事は知られていたが、しかしその家系ですら、子孫に100%発生する訳ではなかった。
  又、以前から発癌しやすい遺伝疾患が知られていて、その家系では遺伝子の何処に異常があるのか、またその機能ついても分かっていたが、発癌機構との直接的な関わり合いを解明することは当時の技術では困難だった。

   一方、昆虫ではショウジョウバエの悪性黒色腫(癌の一種)は性染色体(X染色体)に異常のあることが分かっていて、その遺伝子異常の局在も機能も明らかにされていた。当時、この遺伝子の突然変異が唯一癌の発生に関わっていると知られていたが、人間の発癌モデルにするには、あまりにも単純すぎて、癌学者からあまり注目されなかった。

   しかし興味深いのは、このハエが色素細胞外の体細胞に癌と同じ遺伝子異常をもっていたにもかかわらず、悪性化する細胞は色素細胞に限られていたことだった。


   この研究で重要なことは、癌は突然変異と、ある細胞の形質発現(分化した遺伝子発現)とがうまく重なりあった時、その時に限り、癌化する可能性を示したことだった。繰り返しになるが、別種の細胞(色素細胞以外の細胞)では、同遺伝子の突然変異の影響を受けることはなく、癌化は起こらなかったのだ。 つまりこの研究が示唆する重要なポイントは、肺癌や胃癌が突然変異で発生したとしても、細胞種が異なると、その標的遺伝子は同じではなく、とすればいろいろな種類の癌の発生にかかわる癌遺伝子は一つではなく何種類もあり、その数は少なくないだろうと考えられることだった。


    又直接発癌機構の解明を目指した研究ではなかったが、カエルの癌を使った発生実験で、両生類のカエルの癌細胞(高悪性度)から核を取り出し、同核を、別の脱核した卵細胞に核移植してやると、癌ではなくオタマジャクシにまで発生したという驚くべき研究成果があった。

   この研究は、癌細胞の核を脱核(核の持たない)卵細胞に移植すれば、「癌」にはならず、卵細胞の細胞質因子の影響を受けて生体にまで発生しするという、「発癌」の常識をはるかに超える研究成果だった。つまり癌遺伝子は条件によってはその機能を発揮せす正常化する事を示したのだ(この研究はその後クローン動物の作製や再生医療研究の原点となった)。

   この研究のポイントは、癌細胞の核でも卵子の細胞質に存在する何らかの因子が作用すれば、癌の能力が失われ正常化するという、卵の細胞質に潜む驚くべき性質を示したことだった。

   この実験は、正常細胞には「癌遺伝子を抑制する何らか因子」が存在する。この因子は癌の分子生物学的研究がさらに進めば、癌の治療をも可能にするのでは?との期待を持たせるものだった。

   しかし当時、そんな遺伝子を実際に見た人はなかった。
 
   しかし、突然ショッキングな研究がイスラエルの癌学者によって発表された。彼等は染色体構成が比較的単純な実験細胞系を使って、癌遺伝子と癌抑制遺伝子が染色体上に実在すると発表したのだ。

   さらに興味深い研究成果が続いた。
同研究所で共同研究していた日本人学者が、白血病を使った研究で、ある因子を作用させれば白血病細胞が分化して増殖能を失うと発表したのだ(彼等はこの分化誘導因子をも分離・精製に成功した)。


    この実験は、生体の蛋白因子の作用によって癌細胞が正常細胞に戻る事をあきらかにしたのだ(この研究は、当時日本の癌学会でも大変な驚きをもって迎えられた)。
    また、別にアメリカの学者は、癌を生体から取り出し試験管で長期に亘って培養していると、癌の性質を失うと発表していた。


    当時これら現象は、一まとめにして「脱癌」と呼ばれ注目されたが、これらの現象は、癌がある条件下では(薬物ではなく、生体が作り出す蛋白因子によって)悪性性質を失うとことを示していた。

    
   発癌機構の解明が困難だった理由は、初めは癌研究者が、発癌のメカニズムは本当は単純で、すべての癌に共通する1個から数個の遺伝子の突然変異で起こるだろうと考え、そんな遺伝子探しに懸命になっていた姿勢に起因しているたのかもしれない。

     しかし実際には、発癌にかかわる遺伝子は多様で、機能の異なるいくつかの遺伝子(癌遺伝子や癌抑制遺伝子)が 複雑に絡み合って進行していたのである。



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