ジョージ北峰の日記
DiaryINDEXpastwill


2014年06月08日(日) 悪性新生物;この正体は

3. 癌研究の方向性
再度問い直してみる。癌細胞の悪性度は一方向にのみ進行するばかりで、一度発生すると決してなおらないのか?

その逆は絶対にありえないのか?

確かに(自然治癒)は滅多に見られないが、世界的には(母集団を大きくとれば)手のつけられない癌が、自然治癒した事例がしばしば報告されている。


発生初期では、癌は発芽した場所に限局しているが(0期の癌)、ある時点を境に、癌は坂道を転げ落ちるように悪い方向へ進み始める。

子宮頚癌を例にとれば、発生初期は粘膜上皮内に癌は限局、正常上皮細胞を圧排しながら増殖するだけだが、分裂・増殖を繰り返す過程で初期に発生した癌細胞と異なる性質の新しい変異細胞が出現、例えば多核白血球が血管を離れて末梢の組織へ移動するように、癌細胞は元の上皮組織から離れて周囲の正常組織に浸潤を開始する(正常ではこのようなことは決して起こらない)。

この新しい変異癌細胞は正常組織内で浸潤・移動する能力を獲得している(子宮の上皮組織は、皮膚表皮のように子宮頸部の表面を被覆して子宮粘膜を外部の細菌などの感染から守る組織で、正常頸部上皮は集団として機能を果たしているが、単独では機能を果たせないばかりか生存さえも可能でない)。

白血球は侵入してきた細菌を貪食したり、死んだ組織を消化する為、血管外の何処にでも進出できるが、役目が終われば分裂せずに数日のうちに死に絶えてしまう。

しかし癌細胞は分裂する能力があるので、
単に周囲に浸潤するだけではなく、浸潤した組織で正常組織を破壊しながら増殖できる。

癌細胞の変異はこの段階でとまらない。

さらに進んだ悪性の新しい変異細胞が出現するのだ。

(通常癌細胞も正常細胞と同様、細胞同士が結合している方が分裂に有利なのだが)新しく出現した変異細胞は、細胞同士が結合しなくても増殖しうるリンパ球のような性質を獲得、風来坊のように血管やリンパ管に侵入、親元(原発病巣)を遠く離れ、他の臓器や、組織にまで移動、移動した場所で浸潤・増殖して新しい腫瘍塊を作る(転移腫瘍)。

この過程で、癌細胞は単に浸潤や転移する能力を獲得するだけではなく、分裂速度も増強し、浸潤・転移の速度も速くなり、一層強い破壊能力を発揮するようになる。
同じことが胃癌、肺癌、その他の癌でも見られる。


つまり癌は発生した直後からその悪性度が、一方向性に進行するばかりのように見える。


化学発癌実験でも、発癌過程を(i)イニシエーション (ii)プロモーション(iii)プログレッションの3段階で説明出来ることが分かっている。この3段階のうち、初期のイニシエーションだけは、発癌物質による遺伝子の突然変異が必要だが、続く2段階は発癌剤の助けなく癌細胞自身が分裂を繰り返すだけで変異が進行する。


  このプロモーションとプログレッションの過程には突然変異は必要としないのだろうか?

 
  癌細胞の変異の研究を話す前に癌細胞の変異とはどんなことなのかについてもう少し考えてみる。

  一般的に「変異」と言えばだれでも「突然変異」の事を思い浮かべる。
たとえばウイルスの場合、しばしば人間に爆発的感染を引き起こす鳥インフルエンザの変異が思い出されるが、この変異は文字通り突然変異によって起こる。

   ウイルスの遺伝子数は人間の細胞に比べれば著しく少なく数個から数十個からなっており、変異が起こった場合、ウイルス遺伝子の何処に突然変異が起こったか簡単に調べることができる。
   一方、細菌はウイルスに比べると遺伝子は3000個から5000個からなり、遺伝子構成はウイルスに比べると複雑だが、それでも細菌の変異は突然変異で起こることが知られている(比較的簡単に突然変異部位を同定する事が可能なのだ)。


   微生物の変異は遺伝子構成が単純なので突然変異以外のメカニズムで変異は起こらないのだ。

   一方人間や、実験動物のような多細胞生物では、細胞の性質の変化には必ずしも突然変異(遺伝子の根本的な変化)で起こるとは限らない。

   多細胞生物の一個の細胞がもつ遺伝子数は30000個と言われている。
 
 1個の細胞が増殖するために必要な遺伝子数は、細菌の場合3000個から5000個ですむと考えると、少し乱暴かもしれないが、癌細胞も増殖するためだけなら矢張り同じ程度の遺伝子数で済むと考えてもいいだろう。とすると30000個の遺伝子のうちおよそ10%の遺伝子で癌細胞は増殖できることになる。
 残りの90%の遺伝子は増殖以外のはたらきをする遺伝子だと考えられる。

 つまり多細胞生物の細胞に発現されている遺伝子数はそのうちのほんの一部分なのだ。
 これらの遺伝子の(一定の法則に従った)一部の組み合わされ方だけで性質の異なる細胞がいくらでも作り出されるのだ

   たとえば骨髄で赤血球や白血球は生成されるが、そのメカニズムは、形も、機能も末梢血に見られる赤血球や白血球とは全く違った、分裂にのみ特化された幹細胞が分裂を繰り返す過程で、殺菌力のある白血球や酸素を運搬する赤血球のような分化細胞を生成する。
(このように幹細胞が分化した細胞(機能を獲得した細胞)へ変化するプロセスを分化という)


  このような分化は消化器や皮膚、肝臓などのような体中のありとあらゆる臓器で絶えず起こっている。


  従って人間のような多細胞生物に発生した癌細胞の変異は、ウイルスや細菌のように突然変異で起こったと一言では片付けられない複雑なメカニズムで起こっている可能性が示唆されるのだ。
  
   癌細胞に見られる(細胞の性質の変化)変異は、細胞自身が持っている変化(分化する)能力に依存している可能性も否定できないのだ。


  人間に奇形腫と言って、骨や、筋肉、軟骨、神経、消化器、呼吸器などの組織(生体を構成しているすべての組織成分)を含む腫瘍が発生することがある。
  この腫瘍は一個の幹細胞から発生することが知られているが、時に歯や毛、さらに腕のような組織さえ含んでいることがある。
  本来胚細胞(受精卵は幹細胞とは呼ばない)が、正常に発生すれば神経や骨、筋肉、内臓などの組織はそれぞれあるべき部位に配置・形成され、正常な生体を形成するが、奇形腫の場合、幹細胞に何らかの異常(例えば突然変異)が発生しているのか、正常の発生が果たせず、それぞれの組織がでたらめに入り混じった腫瘍塊を形成する。

   白血病のような癌細胞でも分裂増殖する悪性幹細胞から分裂の出来ない、多角白血球や赤血球を生成することがある。
つまり多細胞生物の場合、正常細胞に見られると同様、腫瘍細胞にさえ、遺伝子発現の変化(変異)が、分化発現のメカニズムの一環としても絶えず起こっているのだ。

   だから癌細胞の性質変化を微生物のように、遺伝子の変化による突然変異と簡単に断定する事はできない。 

  癌細胞は、体内に発生して、初期段階は比較的おとなしい性質だったのが、時の経過とともに悪性度がプロモーションやプログレッションの過程を通して増強する。


  しかしそれらが突然変異によるのか、それとも分化機構が作動して変化したのか調べる事は非常に困難なのだ。
  
   これまで、癌の「悪性」については、個々の悪性の性質例えば「転移」とか「浸潤」が分子生物学的には、どのような背景(メカニズム)があって起こるのか? などの研究は著しく進められてきた。


  しかし私は、微量の物質[ナノ(10億分の1);ピコ(1兆分の1)単位の濃度)を扱う化学的測定をする分子生物学的手法は好きではなかったので、細胞が変異する数理的モデルの確立に研究の焦点を当て進めることにした。

  多細胞生物が正常に発生するメカニズムは一方向性で、規則どおりに分化・成熟する。
 「悪性細胞が新生物であるとすれば、その変異の方向性も、正常の発生に似たメカニズムで起こっているに相違ない」

 「発癌の初期は突然変異が必要だが、その後に続くプロモーションやプログレッションは正常細胞に見られる分化と同じようなメカニズムで作動している可能性はないか」
  「発癌の初期段階では、癌細胞もおとなしい。しかし、プロモーションやプログレッションの過程で悪性度はどんどん増強していく。この段階の悪性度の増強は「突然変異」のような偶発的な事故ではなく、もっと法則性のある分化機構のようなシステムが作動しているのではないか?」

 その理由として
 (i)悪性の進行は一方向生である
 (ii)この方向性は、ほとんどの癌細胞に共通に見られる現象である。
 (iii)悪性と呼ばれる性質は、結局は正常細胞が持っている性質以上のものではない(ただ性質の組み合わせが正常でないだけである)
 (iv)悪性細胞には、しばしば正常分化組織(骨や筋肉などが混在してる
  
「癌の初期段階では癌細胞の性質はおとなしい。その後のプロモーション   やプログレッションのメカニズムで悪性度は進行する」

「この段階のメカニズムが解明できれば、悪性度の進行を食い止めること   が可能になる」

 私は「癌細胞も正常細胞が示す分化と同じメカニズムで変異する」と考え、(この仮説に基づき)研究にあたっては悪性細胞の変異の数理的背景(システム)に焦点をあてることにしたのである。


ジョージ北峰 |MAIL