ジョージ北峰の日記
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2003年04月27日(日) 雪女 ”クローンA”の愛と哀しみーつづき

 そう、だから体細胞の核を卵細胞に移植した場合、受精卵のように発生が初期からスムーズに順序良くスタートするのではなく、ある発生過程をとばして、ある段階からスタートする可能性がある。その場合、どのような固体が発生するのか全く分かっていない。動物では色々実験がある。例えば”かえる”を使った有名な実験では癌細胞の核を卵細胞に移植するとおたまじゃくし迄発生したが”かえる”にまで成長せずに死んだ、最近では羊、牛などの動物を使った実験に成功している。しかし本当の受精卵から発生した固体とは違っているいるらしい、かなり遺伝的な制約を受けて寿命が短いとされている。ただし、うまく成功すれば受精卵と全く同じ固体が発生するかも知れない。しかしその確率は極めて低いと考えられる。ましてや、年をとった動物を使った場合はそうである。
 彼女は祈るような目で聞いていたが、話が進むにつれて次第に顔が紅潮し、終わる頃には、彼女の美しい顔には、驚きとも困惑ともつかない、むしろ厳しいとも言える表情を浮かべていた。
 ではクローン人間はまだ人体実験の段階だと言うのですか? と、打って変わって冷静ではあるが気迫のこもった強い口調で言った。続いて、憂いとも、悲しみとも表現しがたい表情、それにそれまで一度も見た事が無い、彼女の不気味な、いや妖気とさえいえる、沈んだ眼差しに、私は一瞬背筋が”ひやり”とするのを感じた。

 IV
 薄い雲が高くゆっくり流れ、澄み切った、抜けるような青い空が何処までも続いているように見えた。田園には黄金色の稲穂、ススキが揺れ、中空にはトビが2羽、風にゆらり揺れながら旋回する、のどかな風景が広がっていた。秋祭りの準備が始まったのか太鼓の音が風邪に途切れ、遠くこだまするのが聞こえた。その日は天気も気候もよく、心が弾んできたのか彼女は隣村までハイキングに行きたいと言い出した。
 道は山の谷間に沿って複雑に迂曲し、途中昼なお暗く木の香が高い、しっとり濡れるような杉林を抜けると、すぐ峠の頂上にでる、其処から1km程緩やかに下って行くと数軒の人家が集落する小さな村に着いた。近くは秋の日差しに燃える山の斜面、遠くは煙るように霞む山の連なりが広がっていた。私達は田を囲む土手の一角に腰を下ろし昼食をとることにした。
 彼女は手馴れた様子でシーツを広げ昼食の準備を済ますと、先生、どうぞ、と言った。
 若いのに、君は何事も要領よく手早くするね、と誉めると、彼女は、母が早く死んだのと、父が外国人だったこともあって、人に頼らず大工、料理、農作業、何でも一人でする父を見てきた、と言う。それに父は年をとっていたのでA子のことを心配し、彼の死後も、一人で逞しく生きていけるよう色々教えてくれた、先生とは育てられ方が違うと笑った。
 私は子供の頃、腕白で山、川で遊んでいたことなど思い出話をすると、彼女は私の家族のことを何気なく聞くふりをしていたが、突然意を決したように、先生どうしても聞いて欲しいことがあります、と真剣な顔になった。
 どんな?
 しかしそれからの話は、私には俄かには信じがたい、驚くような内容だった。

 私は一度死んだ人間なのです。
 え! 死んだ! 私は一瞬言葉につまった。
 はい、そして生まれ変わった人間なのです。
 生まれ変わった?
 そうなんです。
 あまりに唐突な話、仏教の輪廻のような、現実にはあり得ない話に暫く沈黙していたが、彼女の方は心を決めたように、真剣な顔で話し始めた。
          つづく


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