カエルと、ナマコと、水銀と
n.446



 「なんで?」リピート

=「なんで?」リピート=

混乱。混乱。混乱。ボクはとりあえず、広辞苑で「混乱」とひいてみる。『混乱:いりみだれること。乱れて秩序のないこと』さて、今、ボクの頭の状態を「混乱」と表したとき、その文字は状態を表すのに妥当なのだろうか。たぶん、きっと、この状態を文字で表すとしたら「なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?」これが妥当。まず、どうしてこのユリの妹、サキちゃんがここにいるのか?その子がどうして、ボクの飼い猫を撫でながら「おねえちゃんは帰ってこない」なんて言ったのか?もし本当に帰ってこないとしたら、どうしてユリは帰ってこないのか?どうしてボクはクリスマスイヴに彼女の妹と家にこもっているのか?
ようやく、タバコに火をつける。一口吐き出した後、ボクは間抜けな顔をして「どうして?」と、サキちゃんに聞く。届いたのか届かなかったのかわからない。サキちゃんは猫を見てる。タバコの火はじりじりと燃えている。

2004年12月24日(金)



 転がり落ちた「え?」

=転がり落ちた「え?」=

コンビニのバイトを終えて、引き継ぎの女の子に挨拶をして帰る。「おつかれさま」唐突に、ボクは年老いていったとき、紳士よりも変なおじちゃんになっていたいと思った。アル中間際で、赤ら顔で、笑顔がチャーミングなおじちゃんになっていたいと思ってる。でも、きっとボクは「紳士」になるだろう。変なおじちゃんになりきれない、中途半端な紳士になっているのだろう。しわくちゃな千円札を自販機に入れ、キャメルのライトを三つ買う。二つ目の箱が落ちてきたときようやくボクは女の子のことを思い出す。三つ目の箱が落ちてきたとき、明日はクリスマスイヴだと言うことを思い出す。彼女は五時くらいには帰ってくる。きっと、「従姉妹が家出してきて…」なんて言っても彼女は信じない。なぜならボクの両親が二人とも一人っ子だと言うことを知っているからだ。ボクの妹はいるにしても、彼女は妹の顔を知っている。なんと言おうか、なんて考えるのをやめることにした。
家に帰り着くと、女の子は彼女のスウェットを着て、猫に餌をやっていた。「おかえりなさい」「ただいま」そうして、ようやくボクはそこに思い至る。「彼女の妹ではないのか?」ただ、ボクは彼女の妹の話を聞いたことがなかった。
「もしかしてさ」
女の子に向き合い、そう言葉を放つと、女の子は猫のことをぬいぐるみを抱きかかえるかのように胸に抱いて、視線を遠くへずらす。
「もしかして、君はユリの妹じゃないのかな?」
猫が、ミャア、と鳴いた。
「違う? 勘違いだったらゴメンね」
さて、どうしてユリの妹がここにいて、ユリはここにいないのだろう? 時計の針は、三時半を少し回ったところをさしている。猫がもう一度、みゃあ、と鳴いた。
「お姉ちゃん、しばらく帰ってこないよ」
「え?」
とりあえず、ボクのこぼす言葉は目の前にばっか転がり落ちる。

2004年12月23日(木)



 「なんだったろ」そう、呟いた

=「なんだったろ」そう、呟いた=

ボクは「猫を抱いて眠れば寒くないから」そういって、女の子をダブルベッドに眠らせる。「パジャマに」と、彼女のスウェットの上下を持って部屋にはいると、女の子はもうスヤスヤと寝息を立てている。もちろん猫は女の子の横で丸くなっている。そうやって、ボクは女の子と猫が不釣り合いなほど大きいダブルのベッドで眠るのを見た。ここに、彼女とボクは眠っているんだ、そう考えたときに不思議な気分になった。誰かが遠くからこのベッドを覗いたときに、もう、何年も昔に使っていたボクと彼女の幻像を女の子の上に見るんではないか。「朝早くにアルバイトに行くので、起きたらシャワーでも何でも使ってください。ご飯は冷凍庫に入っている冷凍食品でも解凍して食べてください。一応鍵を玄関の棚の上に置いておきます。多分、三時頃には帰ります」手紙を残して、部屋を出た。
電気を消して、ソファーに横になった。窓のカーテンを開けたままにする。夜の光は目一杯入ってきている。ボクは、自分が女の子と同じくらいだったときの事を考えた。
彼女の三人前の女の子だ。その頃僕は、例えば、線が細く白くて顔の綺麗な子が好みだったし、寒い朝方学校へ自転車を飛ばして見る、タバコを不味そうに吸う女子大生が好きだった。ただ、僕はその女の子と三年近く“付き合っていた”付き合っていた。のだろう、良い友達だった。クリスマスの少し前のことだったっけ。イルミネーションの綺麗な公園を見に行きたい、そういってその子を自転車に乗せて走っていた。公園を見て、公園を過ぎて、海沿いの公園へと出た。公園には誰もいなくて、ただっ広くて閑散と海がそこにあった。どうしたろ、確か、少しだけ突き出てる堤防へと柵を乗り越えた。そこで僕はタバコを吸い、その子は飛び込む真似をして笑っていた。吐き出した煙は、すぐ霧散する。いや、そうだ、少しもやのかかった夜だったんだ。海は、イルミネーションより何より好きだった。もちろん、その女の子よりも海の方が好きだった。のっぺりと見ていると、僕は海に倒れ込みたくなる。叫び出したくなる。「叫びたいわ」「ふーん、叫べば?」「無理」「なんで?」「それは、僕が一人だからだ。海! めっちゃおまえのことが好きやねん! タバコの吸い殻を投げ捨てるけど、好きだぞ! 唾を吐き捨てるけど、ホントに好きだぞ」「変な人ー」安心、してたんだろうな。付き合ってしまえば、僕はその子と結婚するんだろうな。しなくても、五年以上は付き合ってしまうんだろうな、と気付いていた。だから、僕は友達でいた。もし付き合ってしまったら、帰るべき場所、我が家が決まってしまう。そうなることで、僕には帰るべき場所が無くなってしまう。寝転がり、雲のかかった空を見つめながら、それを言おうか言わまいか迷っていた。結局、僕たちはそのまま時間切れのように帰っていった。「あー、ワタシ、このままあそこで寝てられたわ」「そう。うんじゃ、置いてきゃ良かった」「うん。うんじゃ、警察呼ぶよ」「へ?」「『変な人にお金取られて置いてかれました』って」ふぅ。もう一度公園を通って、自転車にのって帰った。あのときその子は僕の鞄の端っこを握っていた。もっと前に塾の先輩とデートしたときも、その先輩はそこを握っていた。自転車に乗せて、その女の子の頭が背中にもたれかかっているとき、ずっと僕は、例え僕が大人っぽい振る舞いをしたとしても、それはアンバランスなんだろうな、ってことを考えていた。そして、その子をバス停のそばで降ろした後、一人で自転車を漕ぐ僕は、月にかかっていた雲が晴れたのと、一人でのるオンボロ自転車はやけに音が鳴ることに気付いていた。
そう言う話。
時計の針はいつの間にか深夜二時を回っている。明日は五時に起きなければいけない。甘くハチミツを入れたホットミルクが飲みたくなったけれど、ボクは眠る。布団を身体にかぶせ、枕に頭を埋めて眠る。なんだったろ、ボクの青春。そして、おやすみ。その日に。

2004年12月19日(日)



 夕暮れ時の「さて…」

=夕暮れ時の「さて…」=

「お願いです。今夜、ここに泊めてください」泣きつかれたボクはだいぶ途方に暮れている。必死な女の子をなだめ、熱いコーヒーを出してやる。そしてボクは、タバコをふかす。さて、ボクは今タバコに火をつけた。ここから、どんな言葉を口にするべきなのだろう。「まぁ」そう言ってみたものの、その文字はぽとりと落ちていく。確かに、今日は、彼女はいない。彼女はいない。さて、さて、さて。とりあえず猫を抱こうとしたが、猫は女の子に撫でられてゴロゴロのどを鳴らしている。さて。彼女は、明日の朝十時に友達との旅行から帰ってくる。ただいま、と、おかえり。きっと、ボクが女の子を泊めたとしたら彼女は気付くだろう。村上春樹の小説に、似たような場面があったきがする。いや、それはただ、「女の子とただ一晩過ごした」だけだったはず。確かに、ボクは女の子と「ただ一晩過ごす」だけだろう。ボクに妹よりも年下の女の子なんて抱けはしないし、抱くつもりもない。でも、きっと彼女は怒る。どうせ、猫は知らんぷりだ。「あの、、君は他にあてはないのかな? ほら、従姉妹の家だとか、友達の家だとか」俯いたまま。「ごめんなさい、無いんです…」とりあえず、事の発端を思い返してみる。夕方アルバイトから帰ると、女の子がマンションの前に立っていた。それだけ。ボクは全くその女の子を知らないけれど、その女の子はボクのことを知っているという。それだけ。さて…。

2004年12月14日(火)



 「鍵かっこの中」のお話

=冬の朝方、ミルクの音=

雨の日は、窓の外を眺めてる。ソファーにもたれ、スウェットのズボンとトレーナーに包まれて、気怠く、気怠く、庭の木に飛んできたメジロなんかを眺めている。次第に、誰もいないリビングは熱を奪われていき、ボクは身震いをする。フローリングの床に落ちていたタオルケットを拾い上げて、身体にかける。ようやく立ち上がる。飼い猫が、足下にすり寄ってくる。彼のお皿にミルクと、キャットフードをついでやり、ボクはミルクを温める。電子レンジの中でミルクが回っている間、やめたはずのタバコに火をつける。キャメル特有の、乾いた荒野の匂い。電子音が鳴って、電子レンジが止まる。火をつけたばかりのタバコを消して、ミルクを一口飲んだ。ソファー座ると、膝に猫が飛び乗った。ミルクを一口すする。
雨の音が聞こえている。

2004年12月04日(土)
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