『おいしい水』 盛田隆二 (光文社) - 2004年10月31日(日)
凄く現代的な小説だ。 掲載雑誌がリアルさを前面に押し出した(?)“女性自身”だというのも頷ける内容である。 30代の女性向けの“人生の提案書”のような作品と言ったらいいのかもしれない。 盛田さんの特徴である“女性作家顔負けの繊細な心理描写”が心地よい。 内容的には価値観が多様化している昨今、結婚生活・近所づきあいなど本当に日常的なことを書き並べている。 そのリアルさはきっと読者の身のまわりの人に登場人物ひとりひとりを当てはめることができるであろう(笑) 主人公の弥生はどちらかと言えば良妻賢母的なキャラとして登場している点が読者の共感を呼ぶ。 彼女のいい意味での平凡さが現代に生きる女性たちの不安を代弁している。 夫である大樹との夫婦生活に悩みパートとして働きに出る彼女を声援しながら読み進めた読者は多いはずである。 私が弥生の親だったら間違いなく離婚しなさいって言ってるでしょう(笑) 対照的に現実の世界でも何人かに一人かならずいる尻軽でヒステリーな女千鶴。 どうしても篠田節子さんの『女たちのジハード』の紀子とオーバーラップしてしまう。 でも千鶴みたいなタイプを好きな男性って本当に多いのが現状である。 いわば弥生と千鶴とのコントラストが本作の一番の読ませどころである。 結婚しても昔のように恋をしたい。ときめく気持ちを忘れたくない。女ならだれでもそんな思いを抱いている。でも、普通は憧れや興味だけに終わるものだ。弥生はそう思っていた。だから、自分の浮気を平然と告白する千鶴には違和感をおぼえた。 男性読者の私は少し“高見の見物”的で面白かった、女性読者特に30代の女性読者が読まれたら他人事ではないのであろう。 少しでも不安を抱えているあなたは本作を読まれることによってその気持ちが緩和されることだと思う。 逆にこんな人もいるんだと笑って読み流せる人って本当に幸せなんだろうね。 少し皮肉な意見かもしれないが、これから結婚される方は読まれたら結婚って本当に希望のないものかと思うかもしれない。 しかしそれは間違いである。 すべてあなた次第なのであるから・・・ 盛田さんはきっとそれを読者に伝えたかったのだろう。 千鶴の人生(少なくとも本書を閉じる段階においては)ハッピーエンドで終わらせなかったのはその証である。 個人的には弥生の心の揺れに大いに共感出来た。 少し結婚制度について根本的に見直す必要があるのかもしれない。 これからの人生、全部予想できたの。嫌なことや悲しいことが、これからきっとたくさんあるんだろうけど、でもわたしは目をつぶって、このままずっと電車に揺られていくんだろうって、そう思ってた。電車から飛び降りることなんて考えたこともなかったけど、でも、もしかしたら自分にはほかの人生があるんじゃないか、いまから別の電車に飛び乗っても、やりなおしがきくんじゃないかって・・・・。そんな勇気もないのにね はたしてあなたは“おいしい水”を飲むことができるであろうか? 飲むためにはまず本書を手にとって“パスポート”を手に入れることから始めて欲しい。 評価8点 2004年98冊目 ... 『ミルク』 大道珠貴 (中央公論新社) - 2004年10月27日(水)
『しょっぱいドライブ』で芥川賞を受賞された大道さんの作品を初めて読んでみたが、肩透かしを喰らった感は否めない。 七編からなる書き下ろしの短編集である、いずれも10代女性が主人公。 イマドキの女の子をリアルに描いているつもりであろうが、ストーリーに緊張感がない。 もちろん、若い女性をターゲットとして書かれてるのであろう。 果たして本書を手に取る若い女性が共感出来るであろうか? 甚だ疑問が生じた1冊であった。 初めて読む作家って、ある種のイメージを持って読む方が大半である。 読んでみて予想以上に面白かったら嬉しいし、逆の場合は落胆する。 本作は後者に属する。 読者にテーマが伝わってこないのである。 ネットの素人の日常日記を読むのと対して差がないのではないか。 描き方がやはり中途半端に感じられるのである。 退廃的というより怠惰な感じかな。 あと性描写に頼りすぎだな。 やはり主人公達が若いのに溌剌としてない部分が大きいのであろう。 たとえ溌剌としてなくとも訴えるものが大きければいいのだが、本当に素人の日常の日記を読んでいるみたいである。 読後も全7編、これといって心に残った作品は皆無であった。 もしこの作品集を純文学というカテゴリーに当てはめるなら、やはり純文学は凋落したと言わざるを得ないかなと強く感じる。 少し皮肉な意見かもしれないが、逆に素人っぽい文章の作品を読まれたい方には恰好の一冊かもしれない。 でもやはり他の女性作家と比べたら確固たるセールスポイントはないなあとは思ったりしている。 ファンの方ごめんなさい。 仮に若い方の大部分ががこの作品を大絶賛されたら、私はきっとカルチャーショックに陥るであろう(笑) そういう意味では読後の感想がどんなものであるかチャレンジしてほしいという気持ちはあるのだが・・・ 評価5点 2004年97冊目 ... 『海のふた』 よしもとばなな (ロッキング・オン) - 2004年10月26日(火)
版画家名嘉睦稔とのコラボレート作品で讀賣新聞に連載されていたものらしい。 海っていうのは人間の陽と陰の象徴みたいである。 ある時は開放感の表れであって、ある時は孤独感の象徴。 よしもとさんの作品ってその時の読者の気持ちを代弁してるような気がするのだが、本作はやはり少し落ち込んだ時に読むと作中のカキ氷のように口の中に清涼感が広がり読者の心を癒せることは間違いないであろう。 それにしても丁寧に書かれた作品である。 あとがきにもあるように作者の思いいれも強く感じ取れた。 ただ、美的感覚が欠けてる私には版画の素晴らしさを感じ取れなかったのが残念だ。 逆に感じ取れる方にとったら文字だけの小説で感じ取られる部分よりも数段感情移入できるんじゃないかなと思う。 いずれにしても、まりとはじめのひと夏の出会いがやがて“熱き友情”と言う固い絆で強固に結ばれていく過程は充分楽しめたことは記しておきたい。 あと“故郷”というものを持たれている読者はきっと自分の故郷と比較しつつページをめくったことであろう。 日本って四季があるから“故郷”ってより特別な物として感じられるのでしょうね。 私自身、あまりばななさんの作品は読んでないのであるが、かつてのヒット作品よりは前向きな作品が目立ったるような気がする。 時代の移り変わりが原因であろうか? それともやはりばななさん自身も子供が出来てから変化してるのかな? 不景気の続く現在においては前向きさが心地よい。 はじめちゃんの祖母の遺産相続なんかは現代社会への痛烈な批判であると感じ取れた。 心残りはやはり真夏に読むべきであったかな(笑) そう、澄み切った海を見つめカキ氷を食べながら・・・ 寒い時に読めば寂しさが助長されるかもしれません。 それはばななさんの作品のメッセージ色の強さの証である。 本作は自分の人生に少し重荷を感じた人には恰好の処方箋となることは間違いない佳作である。 明日を見据えて書かれている点は高く評価したく思う。読書前より“心のふた”が少しだけれど開いたような気がするのは気のせいだろうか? ここからの帰り道には、もうはじめちゃんはいないのだ。今夜、私はひとりでTVを観るのか。 評価8点 2004年96冊目 ... 『そのときは彼によろしく』 市川拓司 (小学館) - 2004年10月22日(金) そのときは彼によろしく 市川 拓司 電車はどんどんとスピードを上げ、ぼくをこの町の重力圏から放り出そうとしていた。花梨はもう表情も分からないくらい遠くになっていた。火星に向かう宇宙飛行士も、きっとこんなふうに地球のことを眺めるのだろう。この気持ちは、ぼくらにしか分からない。 市川さんの最新作は今までの恋愛や親子愛を深く描いた作品と少し異なったものとなっている。 恋愛のみならず友情や人生における夢を描き切った点に作者の並々ならぬ意気込みを感じた。 より幅広い年齢層の方から支持されるであろう。 彼の小説を読んでいる時ってどう例えたらいいのだろう? ちょうど、心臓がいつもより速く動くのを感じるのである。 特にタイトルのネーミングの由来ともなっている、主人公智史の父親の存在感が圧倒的である。 子を持つ読者が読まれたらきっと共感していただけるであろう。 ちなみに私は2回読みました。 過去の作品より奥深くなった証拠であろうか? いろんなテーマがてんこ盛りなんで、1回では上手く消化し切れなかったのである(笑) 1回目より2回目の方がより心が癒されたことを付け加えておきたい。 いや、学び取るべき点が多くなったと言う方が適切であろうか・・・ 市川さんの作品に出てくる男性主人公っておしなべて恋愛経験に乏しいというか奥手で繊細である。 誰もが薄らいでいく初恋の時の淡い気持ち。 はたしてあなたは智史や花梨になりきれるだろうか? 当たり前のことであるが、小説は作者次第でどのようにでも結末をつけれる。 そういう意味合いにおいてはたかがフィクションなのかもしれない。 しかしながら読者の人生の良きナビゲーターとなることは間違いない。 読者は心地よく市川さんの美しい文章に翻弄されてゆく。 まさに至福の境地である。 少し自分の人生を否定していないだろうか? 自分自身への戒めである。 人生は小説以上にもっといろいろであることを私たち読者はわかっているから・・・ 余韻に浸りつつも少しは前向きになれたあなたは本作が座右の書となった証である。 感動的な本というよりも感銘を受けた本といえるのかもしれない。 とうとうひとつステージが上がったな。率直な気持ちである・・・ 市川さんのインタビューはこちら 評価9点 オススメ 2004年95冊目 ... 『夜空のむこう』 香納諒一 (集英社) - 2004年10月16日(土)
香納諒一さんの作品は長年読みたいと思っていたが、どうしても手につかずそのままになっていたのであるが、今回本作を読んであらためて作家としての資質の高さに驚いた。 少し敬遠していたのはハードボイルド作家というイメージが強かったためであるが、本作にそのテイストはほとんどない。 どちらかといえば、力強さというより繊細さが目立った作品である。 少し固定観念を変えなければいけないような気がする。 本作は少し古い表現かもしれないが“青春グラフティ”といった感じの作品となっている。 雑誌に3年以上をかけて連載されてたものの単行本化のために、香納さんの思いいれも強いものであると容易に想像出来る。 青春と言っても登場人物はみな30歳前後。 連作短編ならではの特徴が表れており、少しづつ人生の“転機”を迎え変化をしていく登場人物たちに読者も一喜一憂しながら読書をしいられるのである。 ともかく“編集プロダクション”という、私たち読書好きの素人にはとっても羨ましい業界に携わる内輪ばなしが盛り沢山でいい勉強になること請け合い。 1番の共感どころはやはり巧く“世の中の厳しさ”と“夢を持ち続けることの大切さ”の間で懸命に生きる主人公たちを描いている点である。 あるものは命を落とし、あるものは強い失恋を余儀なくされる。 不幸にも見舞われるが、それぞれの人間模様の交錯が心地よいのである。 そう、読者が30歳ぐらいだったら自分の現在と比較したら良い。 30歳以下だったら未来の自分を想像するが良い。 30歳を超えてる方は過ぎ去った自分の過去と照らし合わせて読めばよい。 本作の魅力のひとつとしてやはり主人公篠原以外の登場人物の的確な描き方、とりわけ女性3人(佐智子・栄子・笙子)の描き方は三者三様素敵である。 読み終えた後、タイトルのネーミングと同一のSMAPの名曲のサビの部分をイメージした方も多いのだろう。 本作は表紙のすばらしさだけでなく本文もまさにエンディングのあとその部分が聴こえてきそうである。 登場人物がみな30歳ぐらいだからそれなりに爽やかさとほろずっぱさがミックスされて読者に程よい陶酔感をもたらせてくれた点は作者の高い力量の発揮である。 あと、作中に登場する“エイト”という飲み屋なんだが、こう言った店を仲間同志で行ける環境ってとっても羨ましく思った。 少し優柔不断だが信念を強く持っている人って魅力的である・・・私なりの主人公篠原公一の分析である。 あなたはいかに分析するであろうか? まずページを開くことが先決である。 男性が読んだら主人公シノさんになりきれる、女性が読めばシノさんに惚れるであろうと信じたい。 評価9点 オススメ 2004年94冊目 ... 『太陽と毒ぐも』 角田光代 (マガジンハウス) - 2004年10月14日(木)
11編からなる短編集であるがほとんどが同棲している男女のちょっとした性癖によるすれ違いを描いている。 登場人物はいずれも30歳前後。いずれも約20ページでカップルのどちらかが欠点や変な性癖を持つために相手がイライラする。 例えば1週間に2度ぐらいしか風呂に入らなくて平気な彼女、通販買い物マニアの彼、万引き癖が直らない彼女など。 タイトル名ほど毒は強くない。 角田さんの文章って山本文緒さんよりも甘いが江國香織さんよりもずっと辛い。 ただ決して角田さんは小説にて夢を見させてくれない。 山本文緒さんほど辛辣さはないが冷めたというか冷静な部分は角田さんの方が上であろう。 どちらかと言えば平凡で等身大であるために読者にとってはより現実的なものである。 少し詰めの甘い部分も見られるような気もするが、内容的には身に覚えのある方も多いんじゃないかな。 登場人物の年代も影響してるのでしょうが、日常的な現実を描くと言う点では秀でているような気がする。 ドロドロ感がないのがいいのかもしれません。 年代・性別によって感じ方は違うと思いますが、私的には本作に登場する人達の年代の恋愛ってきっと、まず“自分を大切にすることから相手を思いやる気持ちが生ずるのだろう”と思います。 実は私も少し心当たりがあります。 積読本が多いのにすぐ本屋で買ってしまうのです。 通販買い物マニアの彼の編(お買い物)なんかはドキッとさせられました。 でも同棲してないからいいかな(笑) 現在恋愛中(特に同棲中)の方が読まれたら、恋愛における“生きた良い教科書になり得る”ことには間違いない。 少なくとも自分を見つめなおす恰好の1冊となると確信しています。 評価7点 2004年93冊目 ... 『出口のない海』 横山秀夫 (講談社) - 2004年10月12日(火)
近年、現代小説の申し子的な感じで警察小説を中心に精力的に執筆活動を続けている氏の原点とも言える作品である。 形の上ではリライトされてるので新境地開拓の作品と捉えることも出来よう。 警察小説のように熱い心の葛藤はみられないが、戦争小説としても青春小説としても楽しめる点はさすがだと言える。 重厚感という点では少し弱いかもしれないが、日本で一番人気のあるスポーツである野球と戦争当時の世相を上手くミックスして練られて書かれている点は見逃せない。 主人公の並木は甲子園優勝投手であるが大学入学後に肘を故障。 しかしながら魔球=新しい変化球の完成を夢見て頑張るのであるが、情勢は学徒出陣へとなっていくのである・・・ いくつかの感動シーンが用意されている。 最後の帰郷で美奈子に別れを告げずに汽車が出るシーン 美奈子がいた。ホームにいた。走っている。一つ一つ車両の窓を覗き込みながら、美奈子が転げるように走っている。 横山さんの反戦的なメッセージが主人公に込められている。 少し断片的なきらいがあるのはこの枚数では仕方ないか。 克明な描写は他の作家にまかせておくべきなのかな(笑) しかしながら、人間魚雷回天の出撃場面は本当に手に汗握るシーンである。 私たち日本人が今あるのは彼らの並々ならぬ愛国心や家族を思う気持ちのおかげである。 読んだあとネットで回天のサイトを検索して少しだけだが勉強した。 遅ればせながら心からご冥福を祈りたい。 この作品における美奈子の存在は非常に大きい。 彼女の孫が最後に喫茶ボレロにて登場するシーンは微笑ましかった。 逆に対峙的な存在である北の描き方が少し物足りなかったような気がする。 皮肉な意見かもしれませんが、警察物の2時間ドラマや映画より本作のような作品を映画化(ドラマ化)していただけたらと個人的には思ったりしております。 巧いなあと思ったラスト近くの描写を引用したく思います。 半開きになったカーテンの向こうに小型テレビの画面が覗いていた。衛星放送のニュース番組だろうか、大リーグで活躍する日本人選手の姿が大写しになっていた。背番号「55」が躍動している。敵国だったあのアメリカに日本人が渡り、そこで伸び伸びと野球をしている。やはり途方もない時間が流れたのだ。 私も含めて、横山さんの読者の大部分は戦争を知らない。 でも昔教科書で習ったり、あるいは映画で見たりして得た知識よりは少なくとも胸に焼きついて本を閉じたことは間違いない・・・ 戦争って本当に悲惨であった。 本作は戦争を知らない横山さんが戦争を知らない読者に送る大いなるメッセージである。 評価8点 2004年92冊目 ... 『鬼あざみ』 諸田玲子 (講談社文庫) - 2004年10月11日(月)
諸田さん自身公式サイトの作品紹介にて「俺たちに明日はない」のボニーとクライドを思って書きましたとある。 まさにその通りで大ノワール小説となっている。 江戸中期、寛政の改革の頃、実在したといわれる窃盗軍団の鬼坊主一味の活躍を描いている。 頭の清吉は実在した模様であるがなんといってもヒロイン鬼あざみことおもんの破天荒な生き様が読者の脳裡に突き刺さる。 おもんの人生って壮絶でドラマティックだ。 誰にでも人生のターニングポイントとなったシーンて多かれ少なかれあるであろうが、本作においてもおもんが故郷から出奔した日に見た打ち首(“葵小僧”)によって彼女だけでなく鬼坊主一味の人生も変わるのである。 決して誰も真似は出来ない。 それほど吸引力が強く魅惑的な女性である。 一番影響を受けたであろう頭の清吉のセリフを引用したい。 だが、今はちがう。おなじことを訊かれたら、胸を張って答えるだろう。 いろんな読み方が出来る作品である。 エンターテイメント作品に徹して読まれるのもいい。 いや、それが一番かもしれない。 第一部の叔母の地位を奪う過程のシーンなんかハラハラものである。 私は一味の友情というか“団結心”に当時の庶民の生活の苦しさが反映されてるんじゃないかなと強く感じた。 少しでもその強靭な精神力を分けてほしいなと思われた方も多いんじゃないかな。 ただ、女性が読まれたら賛否両論かもしれないな。 それだけ主人公が強烈すぎるのである。 少しでもおもんの心意気が伝わればいいとは思ってますが・・・ <太字>男性が読まれたら“悪女”に酔いしれることが出来るであろう(笑)太字> 悪党軍団である鬼坊主一味の活躍が当時の若者たちに人気を博した点は、当時の本当に苦しい世相を反映している。 つまるところ、だれが悪で、だれが悪でなかったのか。いや、そうではない。だれ一人、抗うことができなかった。抗う意志がなかったのだ。悪に魅入られ、体の芯を燃え立たせて駆け抜けていった若者たちに、餞の言葉などかけられようか・・・。 諸田さんの作品は約半分読破したが、あらためてその引き出しの多さに驚いたことを最後に書き留めておきたく思う。 評価7点 2004年91冊目 ... 『小生物語』 乙一 (幻冬舎) - 2004年10月10日(日)
その独特の個性で持って多くのファンから支持されている著者であるが、なんとWEB上で書いていた日記が本となって刊行された。 幻冬舎らしいアイデアの勝利だといえそうだ。 乙一さんの小説っていつも面白いあとがきが書き加えられているのがファンにとっても楽しみなのであるが、本日記においてはまえがき・あとがきだけでなく本文の欄外にコメントが書き加えられている。 個人的には本文よりもコメントの方が面白かったような気がする。 だからWEB上で読まれていた方も是非読み直してほしいと思う。 凄い脚色が施されてるから・・・ 個性満点の日記であるが、読まれて満足できるか否かは乙一さんのファン度合いによって変わってくるであろう。 まるで好きな野球チームの応援をしているように没頭できる方もあれば、逆に興味のないチームの場合は試合自体が興ざめしてしまうのであろう。 乙一さんの作品を3冊以上読まれた方なら共感でき楽しめるんじゃないかなと思う。 きっとファンサービスの一環として出されたと納得出来るだろう。 “小生”というへりくだった一人称を使うことによって読者との距離を上手く保っている。 逆にあらたなキャラ(小説の登場人物に近い)を創り出せたといっても過言ではないだろう。 果たしてどこまで本当の乙一さんでどこまでが架空の話であるか。 読んだあなたが探偵役である・・・ いろんなエピソードが盛り込まれているが、少なくともサイン会での緊張を表した部分はは乙一さんの本音であったと受け止めたい。 あと印象的なのは滝本竜彦、佐藤友哉、西尾維新、乙一さんの4人で合コンをやったと言う話。お相手に島本理生さんがいたらしい、この話の内容は読んでのお楽しみだが爆笑物です、ハイ。 次は小説で頑張って欲しい。ライバルも多くなってるからね。 評価7点 2004年90冊目 ... 『ブラック・ティー』 山本文緒 角川文庫 (再読) - 2004年10月04日(月)
人間の奥底に潜む弱さをあぶり出した10篇からなる短編集である。 ちなみに再読である。面白い本って何回読んでも面白い。 まさしく魔法のような作品集である。 まず表題作の「ブラックティー」から読者は山本文緒の世界の虜になる。 置き引きをして生活をしている女性が主人公の話であるが、都会に住む者の孤独感がよく表れている。 ラストなんかは本当にハッとさせられた方も多いことだろう。 山本文緒は節操のない時代に生きる現代人のナビゲーターである。 他のどの作家よりも平凡に生きることの辛さ・難しさを読者に教えてくれる。 一生懸命に生きている10人の主人公達。 その誰もが弱さを持っている。 その弱さって本当に読んでいてよくわかる。 読者も他人事ではないからチクッ〜と胸に突き刺さるのである。 特に女性主人公の篇が読み応えがある。 文章に躊躇さがないから安心して読めるのであろう。 やはり同性の主人公の話は説得力があるんだよな。 登場する男性が馬鹿げているのも滑稽で心地よい(笑) 不倫など、珍しい世の中ではない。独身同士にしか恋愛できないなんて考えてみればおかしい。人間という感情の生き物は、法律では縛れない。人である限り、家庭があろうがなかろうが、恋をする時はするのだ。「夏風邪」より 再読してみて特に目についたのが刺激的な辛辣さの中にも身につまされる話のオンパレードである点である。 自分の危機をある一定のところで悟る展開がほとんどで、意外とメッセージ色が強いのかなと再認識した。 きっと“人間臭さ”が彼女の1番の魅力なんだろう。 本作って私たちの日常において自己を顧みるいい機会を与えてくれている。 少しは自分自身がいとおしくなれた気がするので良かったんじゃないかな。 そうなることによって他人への配慮が今以上に出来る気がする。 読書って本当に人生における貴重な体験を学べる機会でもある。 現在、体調を崩されている山本文緒さんのご復帰を心から願ってやみません。 評価8点 2004年89冊目 ... 『なぎさの媚薬』 重松清 小学館 - 2004年10月03日(日)
週刊ポストに連載されていたものを単行本化したものである。 昨年発売となった『愛妻日記』のような官能小説オンリーな内容ではない。 重松さん特有のほろずっぱさが漂ってる所がせめてもの救いであろうか? 少し胸をなでおろしたのも事実であるが・・・ 物語は二篇の中編から構成されている。 社会に出た男性なら少なくとも誰しも味わう孤独感に苛まれている典型的な男が主人公。 ひとりは敦夫で43歳で地方へのリストラ対象。もうひとりは研介で26歳の新婚であるが過去の女性とのトラウマで夜の生活が不能に陥っている状態である。 両篇になぎさという魅惑的な娼婦が登場する。 彼女は不思議な媚薬を持っている。 過去の世界へと連れて行ってくれる媚薬である。 今を生きているのに満足できなければ出来ないほど、過去の憧れの女性を助けたい。 男であれば誰もが青春時代に戻って過去の忘れ物を取り戻したい。 自分を取り戻すには青春時代に愛した女性を救うことが命題となって来るのである。 この設定は本当に巧妙である。 主人公の気持ちは男性読者が読めば本当に良くわかるであろう。 従来のファンからしたら官能小説と青春小説を足して2で割ったような作品である。 少なくとも読者(週刊ポストに連載したものだから男性読者を対象として書かれていると限定していいんじゃないかな)が作中の主人公敦夫や研介になりきることが出来るのも事実である。 ただ、官能シーンが多いので他作の感動度とはやはり比べ物にならないのではないか。率直な読後感である。 確かに週刊誌で読めば楽しめるかな。 いまはわからないだろう。だが、おとなになったら・・・人生に疲れてしまったら、わかる。思い出の中に初恋のひとがいることが、そのひとの幸せを祈ることが、ささやかな生きる支えになるんだ、と。 ただ、単行本で女性が読まれたらどうであろうか? 大いなる疑問である。 女性ファンが重松さんに求めているものとは少しずれてるかなというのが本音である。 女性ファンは男性の“本音”を知りたいのであって“本能”を知りたいのではないような気がする。 個人的な結論を言えば、重松さんの文章力で言えばこの程度書けて当然である。 いやここまで官能に力を借りなくても読者を動かせるはずである。 やはり出版不況のあおりを作家がもろに受けているのが1番の原因であろうか。 ファンタジーとして読むのには少しリアルすぎる。 もっとじっくりファンの心を揺さぶる物語を紡いで欲しい。 重松ファンとして心中が複雑極まりない1冊であった。 評価7点 2004年88冊目 ...
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